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			<title>僕の半生（仮）</title>
			<description>タイトルは決めていませんが、内容は自分の半生を元に
した創作にします。駄文かと思いますが、よかったら
読んでください。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/taichi1272</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>僕の半生（仮）</title>
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			<description>タイトルは決めていませんが、内容は自分の半生を元に
した創作にします。駄文かと思いますが、よかったら
読んでください。</description>
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			<title>第２話　転勤ベイベー</title>
			<description>　前回のあらすじは以下に。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/taichi1272/34704715.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/taichi1272/34704715.html&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　さて、こうして僕は生まれたが、よくミルクを飲み、よく笑う赤ん坊だったようだ。&lt;br /&gt;
特にミルクは一日哺乳瓶１０本近くを飲んでいたようで、ミルク代だけでもかなりかかっていたらしい。&lt;br /&gt;
親父も、僕が生まれてからは、外で飲んで帰宅せず、まっすぐ家に帰るようになった。&lt;br /&gt;
「ほ～ら、大地く～ん。パパでちゅよ～！」&lt;br /&gt;
とか言いながら、すぐに抱き上げてあやしていたって。&lt;br /&gt;
　知能も、２歳で平仮名なら字が読めるようになっていたらしい。その後のできの悪さからは、にわかに信じ難い話だけど・・・。&lt;br /&gt;
　さて、僕が生まれてから３ヵ月後の３月、大阪への転勤を命じられ、一家で大阪市内へ。最初は&lt;br /&gt;
吹田市、それから大東市へ。この時期は転勤が続いて、両親とも結構大変だったらしい。関西での生活に慣れてきたかと思ったら、１年後に大東、さらには和歌山へと転勤＆転居。住む先は行く先々に社宅が&lt;br /&gt;
あったからよかったものの、母の方は社宅ならではの人間関係の難しさ、さらに父は関西での仕事の進め方で違った面もあったらしく、両親ともストレスが溜まり、母は大阪時代はあまり僕を外に出さなかったようであり、また僕も、物心がつく前だったこともあり、その当時のことの記憶はほとんどない。住んでいる人たちは、人情味があり、人懐っこくて、いい人たちは多かったものの、水がおいしくないこと、空気がよくなかったことがきつかったようです。和歌山へ転勤になったときは、父も海が好きだったので、海岸のすぐ近くに住むことができて、だいぶストレスも解消されてきたようだし、母も関西の生活に慣れてきて、自転車の前かごに僕を載せて出かけることも多くなった。その時の僕は、かごの中でキャッキャ言っていたようである。また前述の通り、父が海が好きだったこともあり、よく近くの海岸などに連れて行ってもらっていた。砂遊びをしたり、海辺を走り回ったり・・・。当時は後に繋がるのか、電車に興味を持ち始めたらしく、また家の近くは国鉄の線路もあったので、電車が通ると、どんなに遊びに夢中になっていても、魅入られたかのように電車の方を見て微動だにしなかったという。何か、怪しい新興宗教見たいな感じもするけど。この当時は、他に高野山や白浜方面にドライブに行くなど、行動の幅を広げて行った。でも、繰り返すが、僕はこの当時のことは覚えていないので、高野山の様子などは、全く分からない・・・。白浜は後に行ったが、高野山は行っていないだけに、余計に残念・・・。そして、またも転勤に・・・。今度はどこへ？</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/taichi1272/34958329.html</link>
			<pubDate>Mon, 17 Mar 2008 22:14:50 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>第１話　誕生（導入部分あり）</title>
			<description>みなさんこんばんは。僕の名前は中村　大地。３５歳独身。横浜市内に両親と妹と一緒に暮らしています。&lt;br /&gt;
　職業は現在医療器具会社の事務職。その前は医薬品卸の会社の営業、機械製造会社の事務職、そして現在の仕事に。趣味は、サッカーや野球、ラグビーなどのスポーツ観戦、読書、ネットサーフ、自分自身でもブログを書くこと。子供の頃から勉強はできない、スポーツも満足にできない、大人しくていじめにも遭った時期もあるさえない奴でした。が、今はその当時が嘘のように、ネットや趣味いろんな人と会って話ができるようになるなど、人生が楽しくってしょうがないです。&lt;br /&gt;
　今回、この小説を書いてみようと思ったのは、３５歳という、ちょっとした節目になる年齢になって自分の過去を振り返り、基本となる自分史をしっかりと作成した上で、自分を基にした小説を書いて見たく思い、筆を執った次第でございます。&lt;br /&gt;
　では、そろそろ始めますか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　１９７２年、１２月２４日のクリスマスイブ。とある産婦人科病院で、中村美貴子は陣痛に苦しんでいた。中村夫妻にとっては、初の子供が生まれようとしている。しかし、本来の予定日よりも、もう１週間も過ぎているのに、お腹の中の赤ちゃんはまだ出てこないのである。だが担当医、看護婦とも慌てている様子はない。それどころか看護婦達は、&lt;br /&gt;
「どうせならクリスマスに生まれたほうがいいかもねえ。」&lt;br /&gt;
なんて、陣痛に苦しんでいる美貴子を尻目に、暢気なことを言っているのである。&lt;br /&gt;
チラリとその会話を耳にして、美貴子は、&lt;br /&gt;
「人の気も知らないで！」&lt;br /&gt;
と思いながらも、必死で陣痛をこらえていた。&lt;br /&gt;
病院の廊下では、美貴子の両親が、初孫が無事に生まれるかどうか、そわそわして、落ち着かなさそうな表情で座っていた。何しろ初孫が生まれようとしているのである。当然であろう。&lt;br /&gt;
 夜１０時過ぎ、残業を終えた夫、大輔が病院に駆けつけてきた。時期が時期なので、忙しいのである。&lt;br /&gt;
病院に駆けつけたくて駆けつけたくてしょうがなかったのだが、何とか仕事を片付けて病院に到着。&lt;br /&gt;
「お義父さんお義母さん、まだですか？」&lt;br /&gt;
「大輔さん、まだだよ。でも、どうか無事に、健康な子が生まれてきてほしいねえ。」&lt;br /&gt;
大輔は落ち着かなくなり、タバコを吸い始めた。おなかの子供に影響が出るかもしれないので、タバコは止めていたのだが、いても立ってもいられなくなったのだろう。&lt;br /&gt;
　それから２時間後、もう時計は１２時を過ぎ、クリスマスになった頃、担当医が出てきて、&lt;br /&gt;
「おめでとうございます！１２月２５日、０時５分、男の子が生まれましたよ！」&lt;br /&gt;
「よかった！！」&lt;br /&gt;
この少し前から雪がちらつき始めていた。そう、僕はホワイトクリスマスにこの世に生を受けたのである。名前は大地のように大きな人間になってほしいと言うことで、「大地」と命名。ここに中村　大地が&lt;br /&gt;
誕生したのである。&lt;br /&gt;
　</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/taichi1272/34704715.html</link>
			<pubDate>Fri, 14 Mar 2008 00:29:39 +0900</pubDate>
			<category>読書</category>
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