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海の彼方のニッポンを訪ねての旅──これは台湾人が言っているキャッチ
フレーズではありません。日本から見た「海のかなたのニッポン」なのです。
「海のかなたのニッポン」そもそも一体どこの国でしょうか?
それは、海の彼方の第二の日本と言うべき所は、まさしく台湾なんです。
地理的、歴史的に一番近くて親しい南の常夏の国、台湾には、今日に至るも
「日本的なもの」がしっかりと残っているのです。
それでは、今に至るも「日本的なもの」が残っていた実話を今回紹介します。
台中に元日本海軍兵の人たちのグループがあります。そのグループの責任者で
ある楊啓文さんの自宅を訪問した時のことです。日本語の達者な楊さんに
「あんた、教育勅語知っているかい?」と聞かれたので
「ええ、知っていますよ。」と答えたら
「じゃあ、こっちに来てご覧」とある部屋に連れて行かれました。
なんと、何とその部屋の壁には「教育勅語」の額が飾ってあったのです。
楊さんは言いました。
「僕たちは小学校の頃、この勅語を暗記させられたんだよ。あんたは日本人
だからもちろん読めるだろう? ちょっと読んでみて。」
「チンオモウニ ワガコウソ----」
最初の出だしは良かったのですが、なししろ初めての文章でいきなり昔の文
語体で書かれた文章なので途中からしどろもどろ。すると、楊さんはそばで
すらすらと念じ始めたのです。全く脱帽してしまいました。
「以前明治神宮に参拝しに行った時にね。面白いことがあったよ。」
と言うので、どんな話だろうと思っているとこう続けて話したのです。
「参拝の後、この教育勅語を諳んじていたんだよ。」すると、神主さんが
「お客さんはどちらから?」と尋ねるので
「ぼくは台湾人だけど」と答えると、中年の神主さんは信じられない顔で
「日本人でさえ諳んじる人がいないのに、どうして、台湾の方が。」と聞くので
事の顛末を教えてあげたら、すっかり先方から敬服されてしまってね。
あの時の神主さんのぽかーんとした表情と言ったら、おもしろかったなあ。
ハッハハハハハ。
読者の皆さんの中には許國雄博士をご存知の方もいるかと思います。博士のことは「台湾と日本、
交流秘話」の本が発刊された時知りました。
7年前にこの本と前後して初めての著作「見た!聞いた!知った!台湾見聞録」を、先生の創立
された東方工専科学校(現:東方技術学院)に贈呈する際、本人に直接電話したのが始まりでした。
ただ、先生とは、全然お会いしたことがなく、いつも電話や年賀状のやりとりをするだけでしたが、
一昨年前東京で会う約束をしていて非常に楽しみにしていました。しかし急用で博士の宿泊ホテルに
行かれなくなり、その後お目にかかる機会もなく過ぎてしまい、昨春亡くなられたことを後日知り、
大変悔やまれてなりませんでした。
生前先生から、キャンバス内にある新世紀総合ビルの日本間(10階)の壁には「教育勅語」が
掲げていることをお聞きしたことがあります。
前述の楊さんにしろ先生にしろ、教育勅語は「日本と台湾」の二つの祖国に生きた人たちの精神的
支柱だったのでしょう。
先生は著作「台湾と日本がアジアを救う」の中で次のように述べているのです。
戦後の日本には教育勅語がないから、「夫婦相和」せず離婚率が高いのです。
「朋友相信ジ」ないから、「いじめが」絶えないのです。
「博愛衆に及ボ」さないから、電車で老人に席を譲らないし、
「一旦緩急あれば義勇公ニ奉ず」る精神が失われたから、利己的な人間が増え国全体の名誉が
蔑ろにされてしまうのです。
許博士及び博士の著作についての詳細は下記HPよりご覧下さい。
許國雄博士〜台湾人の大和魂 http://briefcase.yahoo.co.jp/kisousan/
著作「台湾と日本がアジアを救う」明成社発行
http://www.meiseisha.com/katarogu/taini/taini001.htm
注:この記事はメルマガ第73号(2003/12/26)に配信されたものです。
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>「博愛衆に及ボ」さないから、電車で老人に席を譲らないし
あなたは敵兵を愛せますか?
左翼主義者を愛せますか?
死刑囚を愛せますか?
その程度の覚悟もないのに軽々しく博愛を語るべきではありません。
2018/10/21(日) 午後 11:19 [ hay**e20*32002 ]