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台湾の思い出

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家鴨(あひる)天国

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  (童謡)  あたたかいお日がさす まるい池に
        あれあれ家鴨が百も千も
        並んで進むよ スルー スルー スルー
        残らず進むよ 残らず鳴く
        クヮクヮクヮクヮクヮクヮ

 水の上には無数の家鴨が賑わしく泳ぎまわっている。
ここ家鴨天国である。近くの農家からこの川に今連れて
こられたばかりの家鴨達。我先にと水の中に。
水しぶきをあげ羽をバタバタさせるもの、潜ってどぢょう、
魚等をとらえるもの、スーイスーイと気持ちよさそうに泳ぐもの-----

あひる番のラホヤー(老人)は紺麻の薄い夏着を纏い、餌籠と
卵籠を天秤棒で担げて今ここまで家鴨達を追って来た。
ここで暫くひと休み----- 木陰でアイクン(昼寝)か?
家鴨は泳ぎながら小魚を腹ひとつ食べ、充分に遊ぶ。

頃あいを見て目を覚ましたラホヤー(老人)
    ビィ、ビィ、ビィ、ビィ、ビィ、ビィ、ビィ、
声を聞いて家鴨達、遊びをやめて急いで老人のもとに帰って
くる。  そう餌の時間だ。 
餌を食べ終わるか終らないうちに老人は指揮棒で巧みに
誘導してもと来た道を我が家に急ぐ。
途中生み落とした卵は拾って籠の中へ。
 
 現在台湾では車が多くなってこういうのんびりした姿は
あまり見かけなくなった。

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● てっぱい(竹筏)

刺竹で忘れられないのが、昔台湾でよく見かけたあの河の上の王様・
竹筏(てっぱい)である。刺竹の真っ直ぐなものを12〜3本並べて同じ
長さに切り揃え、横木をつけて針金またはじょうぶな蔓のようなもので
固定して造った実に素朴な舟、筏である。

 河漁には欠かせないものの一つ、軽くて移動の際も便利。途中で穴が
あいて水が入り込むなんて絶対にあり得ない。安全性満点。
戦時中輸送船などにはどれほど積み込んだものか。
 
 たとえ本船が沈んでも竹筏はひとりでに浮上する不沈てっぱいであった。
その恩恵に浴した兵士はどれぐらいいたことか。忘れられない貴重な舟である。
 
 今日このてっぱいは台湾で使われているだろうか? 格好のいい伝馬舟や
プラスチック舟に押されてその存在すら忘れられてしまったのではなかろうか。
気になる話である。

もう一度思い出して見よう。
あの戦争の最中、このてっぱいを御用船、輸送船に沢山積んで鬼畜米兵を唱えながら、
刺竹米英の舟が大量に応召していったことを------。

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● 民家の柱

 当時台湾の民家(特に農家)では土造り茅葺の家が多かった。
家の壁が土造りである。これは一応合理的なものであると考えられる。
熱帯地方の建築様式として古くから使われてきた。

 家の中に入れば、真夏でも外の強い日光の熱を遮断し、涼しさを感じさせる。
これは日本の土蔵造りと似かよった一面を持つ。ところが、土蔵造りと少し趣を
異にする。と言うのは、材料が田んぼの粘土質の木枠(型)に入れて固めて作った
土角と言うものを積み重ねて造り泥で上塗りをするといった手法だが、その支柱
(コンクリート建築なら鉄骨鉄筋にあたる)となる材料にこの刺竹が使用された。

 刺竹は竹の厚さが極端に厚く、太くて丈夫だが質が固く粗なるをもって細工物
(工芸用)には適さない。
したがってこの竹の性質を生かした家屋の柱や小川に架ける小橋の材料に使われた
ことを思い出す。

 ところで土角造りの家廉価にして夏涼しいという長所がある反面、短所として
窓が多くとれないので部屋が暗く陰気くさいこと、そして何よりも最大の欠点は
地震にもろいことである。

 これは昭和十年四月に起きた台湾中部大震災のとき大甲郡の土角は殆ど全滅と
いう苦い経験がそれを物語っている。

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● 防壁(ぼうへき)
その昔台湾各地の田舎に入ると台湾人(当時は本島人と呼んでいた)部落が各所にあり、
そこには林家、張家など一族がまとまって住んでいた。
部落の一角に門構えがあり、中に入ると何十軒という家が立ち並び、中央の奥まった
所に正庁といってその一族の祖先を祭る祭壇を備えている建物があった。
部落の周囲は刺竹(しちく)という刺(とげ)を持った竹が取りまいており天然の
防壁となっている。

これはその昔台湾ではどこでも見られた大家族制殿名残をとどめたもので、その昔
経済の主体が農業だったこと、治安が悪かった時代土匪に対する防衛の意味から
このような姿が生まれたのだと聞いている。
このような一族も多い所では百戸も越える部落もあったとか。
昔台湾で生活する民衆から生まれた知恵の一端といえよう。

(注:本記事は吉田道夫絵画集『台湾風物情』P116、117より転載)

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 その昔、中国では纏足といって、婦人の足を大きくしないため、小さい頃
から布をかたく巻きつけるという風習があった。足が小さい程美人であると
いう考え方で、ひところは、それを競ってやっと立ち歩き出来る頃に布を巻
きつけるといった、今日の常識からは考えられないような事が行われていた
ようである。

 子どもの頃、彰化においても、その名残といえるような老婆をよく見かけ
た思い出がある。
 近所の民家にも纏足の婆さんがいたが、年齢は五六十歳ぐらいだったろうか?
いくらか白髪まじりで背のあまり高くないや、前屈みのおとしよりだったが、
足は五〜六歳の子どもより小さいくらいで、布製の刺繍入り黒の靴を履いていた。

 夕方薄暗くなると家族のものが靴を脱がせ、布をといて洗って後、再度新しい
布で巻きなおして靴をとりかえるわけだが、白い赤ん坊のような足で型に填めた
異常な足姿であった記憶が生々しい。

 何故?そんな風習が長く中国(台湾でも)に伝わったのだろうか、そんな疑問を
誰しも持つことだろう。
 一説に…古い中国の封建社会時代権利、財力を持った男性はその力恣にし、一夫
多妻の習慣もあり、妾を何人も置くということは日常茶飯のことで珍しくながった、
その女が逃げられないために、小足美人説をふりまき、このような風習が生まれた。

 一説に…足を小さくする事により女性は歩行が不自由になる、その不自由な状態で
歩けば、腰を左右に動かし歩くことによって女性の内股(局所)の筋肉が発達し性感が
強調されるとの意(ハイヒールも同意)等等。

 しかし、ほんとのことは、今にして謎である。

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