當麻物語(歴史)

當麻の里に伝わる物語を紹介します。そして歴史の数々を

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蜘蛛の行ない

蜘蛛の行ない
 倭の五王の中国南朝との交渉のなかで、七夕の物語や儀礼も伝えられたと推察されるが、その傍証はないだろうか。
 そこで参考になるのが、允恭紀に記される衣通郎姫(そとほしのいらつめ)説話である。彼女は允恭天皇の皇后忍坂大中姫(おしさかおほなかつひめ)の妹で弟姫(おとひめ)と称したが、その容姿が比べようもなく絶妙で色香が衣を通して輝いていたので衣通郎姫とも呼ばれたという。なお、『古事記』は衣通郎女を忍坂大中津比売命の娘の軽大郎女(かるのおほいらつめ)のまたの名とし、下記の歌物語も見えない。系譜伝承は後次的なもので、本来は河内(和泉)の茅渟(ちぬ)宮の衣通郎姫物語として独立に伝えられていたものと考えられる。
 さて、允恭紀八年二月条は、次のような衣通郎女の歌物語である。
  允恭天皇が藤原宮の衣通郎姫のもとを密かに訪ねた。そのことを知らない彼女は、「是夕(こよひ)」天皇を恋い慕って、
    我が夫子(せこ)が、来(く)べき夕(よひ)なり ささがねの
  蜘蛛(くも)の行(おこな)ひ 是夕(こよひ)著(しる)しも
  と歌った。この歌を聞いた天皇は心を打たれ、
    ささらがた 錦(にしき)の紐(ひも)を 解(と)き放(さ)けて
    数(あまた)は寝ずに 唯一夜(ひとよ)のみ
  と歌った。(中略)その後、皇后の嫉妬を憚(はばか)り、衣通郎姫のために河内に茅渟宮を造営し、足繁く行幸した。
 ここでの問題は夕方の「蜘蛛の行ひ」にある。日本古典文学大系『日本書紀』上(四四三頁)は、この歌謡を「私の夫の訪れそうな夕である。笹の根もとの蜘蛛の巣をかける様子が、今、はっきりと見える。」と訳し、「蜘蛛が来て人の衣に着くと、親客が来訪するという俗信が中国にあり、それで蜘蛛を喜母という。それと同じ俗信が日本にもあったのであろう。」と述べ、後者の歌謡を、「ささら模様の錦の紐を解き放って、さあ、幾夜もとは言わず、ただ一夜だけ共寝しよう。」という意の、天皇が衣通郎姫を誘った歌とする。             
他方、土橋寛氏は次のように述べている。まず、『古今集』に「今しはとわびにしものをささがにの衣にかかり我を頼むる」(773)とあることから、ササガネは笹の根元ではなく蜘蛛の異名で、前者の歌謡ではクモの枕詞に用いており、「こよいはあの方がおいでになるに違いない。(ささがねの)蜘蛛のふるまいが、こよいは格別著しいから。」と口訳する。また後者の歌謡は、「細紋模様の錦の紐を解き放して、あまたの夜を寝たいと思っているのに、それはできずにただ一夜だけの共寝とは、辛いことだ。」と、過去の体験を歌ったものとする。ただし、後者の歌謡は允恭紀の物語の展開にとらわれないで、新編日本古典文学全集『日本書紀』△睛兇げ里箸垢襦憤谿豢緤如砲茲Δ法衣通郎姫に一夜の共寝を誘ったと解するのがよいかも知れない。
 問題の「蜘蛛の行ひ」については、『毛詩』(詩経)豳風(ひんぷう)「東山」の「嘯蛸(しょうしょう)在戸(クモ)」の孔穎達(コウヨウタツ)の疏(注釈)に、「荊州では蜘蛛を喜母というが、それは蜘蛛が人の着物に止まれば親客が訪れる前兆として喜ぶからである。幽州でも蜘蛛を親客という」、とあるのを土橋氏は紹介する。そして、『荊楚歳時記』七月七日条に、七夕に庭中に並べた瓜の上に蜘蛛が網をかければ願いごとが叶う前兆だとあるのは、上の俗信が拡大したものと説く。
 また、これと先の歌謡の「蜘蛛の行ひ」の関係については、ササガネ(ニ)という語が歌以外には見出されないことや、『古今集』の歌があまりにも中国古典の記述そのままであることから考えると案外中国古典の知識によってまず貴族社会に広がった俗信かもしれないと述べている。
 「蜘蛛の行ひ」が我が国古典に孤立した所伝であることから、土橋氏が説くとおりそれは中国伝来の俗信とみてよかろう。その伝来状況は土橋説も一案であるが、別の考え方もできよう。つまり、その歌謡は衣通郎姫物語と一体であるが、天皇がうたった歌謡に「錦の紐」が詠みこまれていることなど、機織り文化との関連も推察される。
 さらに、機織り文化との関係は衣通郎姫という主人公の名自身からも考えられる。この名は単に彼女の美貌を言うのではなく、その身にまとっていた衣裳に由ると思われる。つまり、彼女はその肌が透けて見える上等な薄手の薄手の衣裳を着ていたので、衣通郎姫と呼ばれたのである。
 ところで、布目順郎氏によれば、織目の透いた薄手の透目(スキメ)絹は福岡県甘木市栗山遺跡と佐賀県神埼郡吉野ケ里遺跡(いずれも弥生時代中期)、島根県仁多町比久尼原横穴群五号墓(古墳時代後期)、千葉県八日市場市鷲ノ山横穴群A・一三号墓(古墳終末期)などから出土している。中国では透目指は華中に多く、その出土は華中との交流を示し、我が国出土のそれは大陸からの渡来人もしくはその子孫が織ったものだという。
 肌の透ける透目絹は限られた一部の人々にのみ着用可能であって、とくに女性に好まれたようだが
男性も使用した。『源氏物語』「賢木」には、
  羅(うすもの)のなをし、単衣(ひとえ)を着たまへるに、透(す)き給(たま)へる肌つき、ましていみじう見ゆるを、年老(としお)いたる博士どもなど、とを(ほ)く見たてまつりて、涙落としつゝゐたり。
とある。
いずれにしても、衣適郎姫の名の背後に高級な絹を織った機織り文化が存在したことは間違いない。
 また、物語の歌謡が衣通郎姫との一夜の共寝を主題にしていることから明らかなように、彼女が一夜妻であったことも重要である。たとえば、先にも触れた『肥前国風土記』の狭手彦伝説の歌謡にも「……弟姫の子ぞ さ一夜も 率寝てむ時や……」とあるが、一夜妻の本質は神との共寝、一夜の神の妻にあった。『古今集』仮名序に、「小野小町は、いにしへの衣通姫の流なり」とあり、待つ女の典型とみなされたが、本来彼女が待ったのは寄り来る神であり、その原像は一夜妻であった。ただし、一夜妻も一年にただ一度七夕にのみ逢瀬を許された牽牛・織女の物語と同じであり、これも我が国固有のものであったか否かは再考が必要である。
 それはさて措き、二首の歌謡を中心とする衣通郎姫物語の背景には、機織り文化と神婚説話の余光を見ることができる。さらに、中国では蜘蛛を用いたト占が『荊楚歳時記』の伝えるように七夕の儀礼であったことを思えば、我が国の「蜘蛛の行ひ」も個別に伝来したのではなく、機台付きの機を中心とする機織り文化複合のなかの七夕の儀礼のひとつとして伝えられたと考えたほうが実際的である。
 このように、衣通郎姫説話の「蜘蛛の行ひ」からも、機織り文化とともに七夕の儀礼の伝播が推察された。ただ、それが七夕に必須の儀礼ではなかったため、後にはわずかに前掲の歌謡のなかにのみ孤立的に残されたと考えられる。
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 倭の五王の中国南朝との交渉にともない、機台付の機(はた)やその技術をもつ織女らと共に七夕の儀礼や説話ももたらされ、彼らだけでなく国内の機織り集団に新しい器具や技術とともに受容されたと推察される。そうしたなか、応神紀四十一年二月条の、呉から渡来した工女を胸形大神へ奉納したとの所伝は、かつては胸部に鱗形の入墨をしていたという宗像系海人の拠点として知られる福岡県宗像郡玄海町鐘崎(かねさき)に、延喜式内名神大社の織幡(おりはた)神社が鎮座することと結びつくであろう。
 また、これは雄略紀九年二月甲子朔条にわざわざ凡河内直香賜(おほしかふちのあたかひかたぶ)と采女を派遣して胸形神を祠(まつ)らせたと伝えることとも関わり、宗像神社を奉斎した宗像氏や配下の海人が中国南朝との交渉に少なからぬ役割を果したことを示している。さらに、それを明示するのが宗像神社の沖津宮が鎮座する「沖ノ島」の祭祀遺跡と、金銅製龍頭などの出土品である。御金蔵の出土と伝える金銅製地機のほか、七〜
八世紀の金銅製の桛(かせ)・たたり・麻笥(おけ)・刀抒(とうじょ)など紡織具の雛形品も数多く出土していることは、後になっても宗像神社とその祭祀が機織りの文化や集団と密接な関係にあったことを示すものである。
 さらに雄略紀十四年三月条の、呉から渡来した衣縫兄媛の大三輪神への奉献は、活玉依毘売(いくたまよりびめ)のもとに夜ごとに通う男の正身が、密かに彼の衣のすそに縫いつけた「閇蘇紡麻(へそを)」(環状に巻いた肺糸)をたどることによって美和山の神(大物主神)だとわかったという、繊維品が重要な役割を担っている崇神記の苧環型三輪山説話とかかわるであろう。
 神と織姫の結びつきには、二つの理由が考えられる。その一つは、神に捧げる貴重な布を織ること自体が、神を迎えて喜ばせる予備的行為とみなされたことである。もう一つは織姫が神の一夜妻となるという神婚儀礼であるが、この両者は対立するものではなく、同時的かつ一体的に存在したとみてよい。
 こうした神と織姫の深い結びつきも、当時の機織りや織姫の重要性を示すものである。とくに、呉から渡来した織姫の奉献やそれと関わる神婚説話のみられることは、それらと当時の祭儀が一定の関係にあったことを示している。
 つまり、中国南朝からの、機台付の機や高度な機織り技術をもつ織姫らの渡来が、単に機織りだけでなく、当時の我が国の祭祀・儀礼・神話などにも強い影響を与えた可能性が大きい。巫女が水辺で機を織りながら寄り来る神を迎えるという、我が国の神話によく見られる織姫の神婚を核とする物語も、渡来した機織り文化や集団との関係を除外しては考えられない。

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