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わが連れ合いが 『急性大動脈解離』 を発症してから,ちょうど 2年が経過したが,日常生活には不自由しないほどに回復して
いるので,この機会に,世話になった医師や看護師さんたちに
お礼をしたいと思い,1月中旬に台湾に出掛けた。
台北松山空港に降り立つと,2年前の雰囲気と少しも変わって
いないように感じられた。
荷物が重かったため,ホテルまでタクシーに乗り,車窓に目を
やると,この街に再び足を踏み入れることが出来たことに,
大きな感慨を覚える。
2年前のあの日,連れ合いが地下鉄のホームで胸の痛みを
訴えて意識を失い,救急車で病院に運ばれて,6時間近くに
わたる大手術を受けた時には,もうダメだ,この街を再び訪
れることはないかも知れないと思ったのに,元気を取り戻した
本人と一緒に,この街並みを眺めることが出来るとは,夢の
ようである。
2年前と同じホテルに滞在したが,経営権が大陸系の企業に
移ったようで,そのせいかどうか判らないが,スタッフの多くは
入れ替わり,サービス全体も落ちた感じがする。
しかし,受付の女性スタッフの一人が,われわれ夫婦のことを
覚えていて,『ああっ,2年前の・・・』 と声を掛けてくれたのは,
本当に嬉しかった。
主治医のK先生,執刀したヤングK先生,人工心肺技師のM
女史に会うことができた。
K先生自ら車を運転して,景勝地の陽明山に案内してくれたが,
その日は生憎の雨で,ガイドブックに載っているような絶景を
望むことは出来ず,残念だった。
しかし,山腹にあるレストランでいただいた台湾の家庭料理は,
旅行者にとっては仲々食することが出来ないもので,特に,この
地の特産である地鶏の蒸したものに味噌をつけて食べるのは
美味である。
M女史と彼女の友人が,われわれが滞在中,毎日付き添って,
様々な場所に案内してくれた。
連れ合いが 『孫たちにお土産を買いたい』 と言うと,衣料品店
が建ち並ぶ,問屋街のような横丁に案内してくれた。
有名無名の様々な 『夜市』 にも連れて行ってもらい,屋台では
珍しい食べ物を頬張った。
私は,念願の,否,実は,清水の舞台から飛び降りる想いで,
臭豆腐も食した。
連れ合いは,入院中にデザートとして出された,青い棗子 (台湾
のナツメの一種) の味が忘れられないと言って,大粒のものを
数個買って食した。
淡水という街では,この街の名物の魚肉団子のスープなどを
いただいた。
歩き疲れた日には,彼女たちが 『北京ダック』 のテイクアウトと
ワインを持ってホテルを訪ね,小さなテーブルを囲んで,4人で
夜遅くまで大宴会をした。
お礼の積りで出掛けたのに,逆に,思わぬ歓迎攻めにあい,
台湾の人々の心の温かさに,再び触れることとなった。
改めて,隣国,隣人を大切にしなければ,と感じた旅であった。
上の写真は,淡水の夕景である。
2013-01-27 当ブログ管理人
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