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磐田市といえばヤマハ

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「過去・現在・未来」と「コミュニケーション」をキーワードにヤマハ発動機とその製品を紹介する企業ミュージアム「YAMAHAコミュニケーションプラザ」に行ってきました。
せっかく浜松に行ったので隣の磐田市にあるヤマハ本社に接するこの施設を見ないわけにはと思い行ってきた次第です。だってオイラのスクーターは「ヤマハ製」ですから!(笑)

まず目についたのがトヨタ2000GT
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え、トヨタの車じゃね〜の?
いえいえ、エンジンはヤマハで担当したクルマだったんですよ!

YA-1(1955)
ヤマハ発動機の第1号車。黒一色で重厚なデザインがモーターサイクルの常識だった当時、シンプルなフォルムとモダンな栗茶色で登場したYA-1 は、「赤トンボ」の愛称で親しまれたという。
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YD-1(1957)
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YDS-1(1959)
YDS-1は、国産初の5速トランスミッション、エンジン回転計内蔵のコンビネーションメーターなどの装備を持ち驚いた記憶があります(今から40数年前)。
高校生のころ同級生が乗っており、2サイクルエンジンのため白い煙がモクモク出たことを覚えています。
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館内で人気があるのは、やはりレーサーコーナー!
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オイラには特に、この薄紫にカラーリングされたマシン(YZF750)には思い入れがあります。
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なぜかと言えば今から24年前の'85年、若かれしオイラは、このレースを見に三重県・鈴鹿サーキットまで行ったからです。資生堂のスポンサーでK・ロバーツと組んで参戦した鈴鹿8耐、平忠彦さんは残り20分で惜しくも涙をのんだという悲劇があったんです。

しかし、'90年平忠彦/E・ローソンという夢のコンビ(SHISEIDOテック21レーシングチーム)を組んで鈴鹿8時間耐久レースに再チャレンジ、みごとヤマハ発動機に3回目の優勝をもたらしたマシン(新YZF750)がこれ。
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巡り合えました、このバイクに。軽量・スリム・低シート高とジャストサイズボディのセロー225。今から20年以上前に所有していたバイクと同型です。
まさに初恋の人と20年ぶりに出会ったような錯覚を覚えました。しかも当時の容姿そのままで!(笑)
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まだまだ紹介したいバイクが多いですが、紙面ならぬWEB面の都合でここまでに!
バイクに興味がある方はこちらのブログで!

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taishi
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