おでかけ静岡

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先だって、修善寺の街を30年ぶりに歩いてみました。
伊豆には数えきれない程行っている私ですが、修善寺有料道路の開通でこの町は通過するばかり。

クルマを市営駐車場(\300/1日)に預け、歩いて5分の 修禅寺 からスタート。拝観を済ませた後、桂川ベリを歩くことに!
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お寺の正面にある虎渓橋をわたり突き当りの階段を昇ると 指月殿・頼家の墓 があります。ここで源氏の悲哀を偲び、次に向かったのが竹林の小径。

さわさわとそよぐ竹の葉の音を聞きながら、木漏れ日の下をゆったり歩きたいものです。
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桂川にかかる赤い楓橋をわたり川沿いの細い散歩道を歩き、修禅寺方面に戻ると独鈷の湯(とっこのゆ)が。1200年前に弘法大師が発見した、伊豆最古の温泉といわれ、かっては露天風呂でしたが、現在では入浴禁止です。ただ見学と足湯程度なら可能です。

楓橋(かえでばし)
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桂川のど真ん中にある独鈷の湯
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ここでは、人力車の姿やお土産物屋さんも楽しめます。
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源氏滅亡哀史・修善寺

修善寺町(現・伊豆市修善寺)には源氏滅亡の哀史に綴られた歴史の町といわれます。

正岡子規は、この哀史をこう詠んでいます。

此の里に悲しきものの二つあり 範頼の墓と頼家の墓と

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/20/01/taishininomiya/folder/1464263/img_1464263_45953293_8?1187256928

名刹・修禅寺 の前の桂川にかかる虎渓橋を渡ると小高いところに指月殿があり、その奥まった所に頼家のお墓があります。

源 頼家は正治元年(1199)正月、父・頼朝が急死すると家督を継ぎ、わずか18歳で2代将軍になった。しかし甘く育てられた頼家には御家人を統率出来る指導力がなく、権力を振りかざしての暴挙な行動が目立ち、幕府組織の体制維持が成り立たないと見て、頼家にとって祖父である北条時政、母である政子は、頼家を廃して政子のもとで養育されていた頼家の弟・千幡(後の実朝)を次期将軍にしようと画策した。

これに対抗して頼家と義父・比企能員は北条氏の打倒を謀った。これを知った北条時政・政子は、比企能員を自邸におびき寄せ殺害するとともに、北条一族はじめ、畠山重忠、小山朝政、三浦義村、和田義盛らの御家人を動員し、比企一族が立てこもる館(現在の妙本寺)を急襲し、一族の象徴にされた一幡(頼家の子供)も殺され、ここに比企一族は全滅した。建仁3年(1203)9月29日頼家は伊豆の修善寺に幽閉され、翌元久元年(1204)7月17日、頼家は北条氏の放った刺客によって暗殺された。このとき頼家は23歳という若さであった。

殺した政子が頼家の供養に建てた指月殿
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頼家のお墓
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時間の都合で範頼のお墓には廻れませんでしたことを補記いたします。

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幽玄な伊豆・修禅寺

源頼朝の息子で鎌倉幕府2代将軍の源頼家や頼朝の弟・範頼が幽閉され、その後この地で殺害されたとしても知られている修禅寺に行ってきました。

静岡県伊豆市の修善寺温泉(しゅぜんじおんせん)の中心地にある曹洞宗の寺院、山号は福地山。地名は修善寺であるが寺名は修禅寺(しゅうぜんじ)と書く。夏目漱石の「修善寺の大患」、岡本綺堂の「修善寺物語」など小説にも出てくる名高い名刹である。

朝から訪れる参詣者は多かったです。でも境内の紅葉はマダマダ(悲)
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https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/20/01/taishininomiya/folder/1464263/img_1464263_45953293_7?1187256928

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』でお勉強してみました。


平安時代初期の大同2年(807年)に空海(弘法大師)が創建したと伝えられ、当初は真言宗に属していた。当時は周辺の地名が桂谷であったことから、桂谷山寺と言われ、『延喜式』には「伊豆国禅院一千束」と書かれる程の寺院であった。

鎌倉時代初期の建長年間(1249年〜1255年)に元の密偵と疑われていた蘭渓道隆が避難のために来住し、それに伴って臨済宗に改宗された。

南北朝時代の康安元年(1361年)の畠山国清と足利基氏の戦禍を受けたり、応永9年(1409年)の大火災で伽藍が全焼・荒廃したが永徳元年(1489年)、伊豆一国を収めた伊勢新九郎長氏(北条早雲)が、彼の叔父の隆渓繁紹に曹洞宗の寺院として再興させた。

現在の本堂は明治16年(1883年)に再建したものである。

きのこ祭イン修善寺

修善寺「虹の郷」の手前にある静岡県きのこ総合センターの前を通りかかったら「きのこ祭」が開催されていました。伊豆地域の特産品である「しいたけ」の消費拡大を図るためのイベントだそうです。

焼椎茸の試食や展示販売ブースには人の群れが・・・
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醤油で味付けした焼椎茸に静岡産の生ワサビをつけていただきました。
クルマの運転さえなければ、この焼椎茸で缶ビ●ルなんて飲みたかったんだが・・・・!
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「IZUオカリナサークル風の音」のみなさんによるオカリナ演奏会。
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「天城連峰太鼓」さん達による迫力ある太鼓演武もイベントに花を添えていました。
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秩父宮記念公園の紫陽花
所在地 静岡県御殿場市東田中1507-7 TEL:0550-82-5110
撮影日 2007/06/30
東名高速道路・御殿場インターチェンジを降りたところにこの秩父宮記念公園があります。
今は紫陽花が見頃となっていますが、ここの紫陽花は丸くなるセイヨウアジサイは入口にあるだけで、ガクアジサイなど和風?がほとんど。
入場料を払い園内に入り紫陽花にはさまれた散策路を歩くと秩父宮の別荘が・・・・意外にも藁葺きの質素な造りでした。
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上の銅像は秩父宮殿下です。殿下の視線は富士山に向かっています。
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