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12月12日浄土真宗大谷派東大谷祖廟に12年前に無くなった父と2年前に無くなった母の納骨に参りました。 11月末の京都の紅葉に合わせて行こうと思いましたが、宿も取れず交通も混雑するとのことで、12月にずらしました。 お蔭様で、渋滞も無く観光地も余り混んでいませんでした。 子としての勤めが此れで果たせたと思っております。 山門 本堂 親鸞霊廟 東大谷祖廟ホ−ムページ |
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こんにちは、ゲストさん
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12月12日浄土真宗大谷派東大谷祖廟に12年前に無くなった父と2年前に無くなった母の納骨に参りました。 11月末の京都の紅葉に合わせて行こうと思いましたが、宿も取れず交通も混雑するとのことで、12月にずらしました。 お蔭様で、渋滞も無く観光地も余り混んでいませんでした。 子としての勤めが此れで果たせたと思っております。 山門 本堂 親鸞霊廟 東大谷祖廟ホ−ムページ |
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お父様、お母様のお納骨が無事に済まれて良かったですね。
千年以上の悠久の都で安らかにお休みにになられることでしょうね
2009/12/18(金) 午前 2:44 [ - ]
こんにちは。
ご両親さまを、
荘厳な親鸞霊廟に納められた事は、さぞかし〜ご両親も安らかなお眠りに入られた事でしょう。
なかなか〜足を踏み入れる事が出来ない所だけに、
画像を拝見しながら、時を感じておりました。
傑作
2009/12/18(金) 午前 9:07 [ reiko ]
mariko さん
おはようございます。
深夜まで頑張っていらっしゃるのですね。
いつもはフェリー、電車を利用していきますが、今回はナビを頼りに車で行きました。
紅葉シーズンも終わり案外すいていました。
2009/12/18(金) 午前 10:21
reiko さん
おはようございます。
私は、共産主義者では有りませんが、宗教は信じません。家元制度の金儲けの道具だと思っています。
が、しかし母の毎月の命日には、仏前で読経しております。
私の死んだ時は、葬式もいらない。海にでも散骨してくれと家族に言っております。
2009/12/18(金) 午前 10:27
親鸞霊廟は、どことなく東照宮ににていますね。
親鸞聖人のお言葉で、すきなのがあります。
『摂取して捨てず、これまこと如来のこころなり』
だったかな。
この言葉くらい感動したことはありませんでしたよ。
イエスキリストの・・・
『なんじの敵を愛せ』
これど同義語で、まったく同じことを言っているのに、びっくりしました。
2009/12/18(金) 午後 6:39
大谷派の土香炉のトラックバック貼らせていただきましたね。
2009/12/18(金) 午後 6:49
おはようございます。
コメント有り難うございます。また トラックバック有り難うございます。
摂取不捨(せっしゅふしゃ)については下記を御参考ください。
摂取不捨(せっしゅふしゃ)とは何を摂取して捨てないのでしょうか。十方微塵世界(じっぽうみじんせかい)の 念仏(ねんぶつ)の衆生(しゅじょう)をみそなわし摂取(せっしゅ)して捨(す)てざれば 阿弥陀(あみだ)と名づけたてまつる (阿弥陀経意 第一首)
この和讃(わさん)は、あらゆる世界にたくさんの念仏者がいますが、この教えを信じて念仏する人をごらんになって、光明(こうみょう)の中にとり込んで、決してお捨てにならずに、お浄土に往生成仏(おうじょうじょうぶつ)させてくださる如来さまを阿弥陀仏をお呼びしましょうという意味です。
親鸞聖人(しんらんしょうにん)は、「摂取して捨てざれば」の左横に、《ひとたび取りて永く捨てず、ものの逃ぐるを追わえとるなり。摂はおさめとる、取は迎えとる》と意味を詳しく書いておられます。
500字以上になりますので次をご覧ください。
2009/12/20(日) 午前 10:59
讃岐(さぬき)の庄松(しょうま)さんという妙好人(みょうこうにん)は、「摂取不捨とはどういう意味か」と問いかけたお坊さんに、両手を広げて掴み掛りました。びっくりしたお坊さんは逃げ出しましたが、とうとう追いつめられて捕まってしまいました。庄松さんは「摂取不捨とはこれだ」と言ったそうです。
煩悩に眼をさえぎられている私たち衆生には、仏さまから逃げているという感じはよくわかりませんが、阿弥陀仏からみれば背き逃げているありさまがあわれなのです。私たち衆生を、逃げるから追わないのではなく、逃げるから追っかけて、ついに抱きしめられるのです。
煩悩(ぼんのう)に眼障(まなこさ)えられて 摂取(せっしゅ)の光明(こうみょう)みざれども
大悲(だいひ)ものうきことなくて 常(つね)に我(わ)が身(み)を照(て)らすなり (高僧和讃 源信讃 第八首)
2009/12/20(日) 午前 10:59
浄土真宗大谷派はうちと一緒ですね。小学生の時に行った記憶があります。実家のお墓は箕面にあるので久しく行ってませんが。宗教の世界でも派閥があるようですね。うちはお東さん(東本願寺)と言ってますが、お西さんさんと分派しているのですかね。
2009/12/20(日) 午後 1:42
江戸時代にあまりに勢力が大きくなりすぎたので、幕府によって分割されたそうです。
今と同じで、宗教が政治に介入するのは国民にとって良くないことでしょう。
2009/12/20(日) 午後 1:55
おお、そういう経緯がおありでしたか。詳しい説明ありがとう御座います。
『摂取して捨てず、これまこと如来のこころなり』
これは、僕なりにこういうふうに解釈してきました。
あの人は苦手だなとか、
ああ、こういうめにどうして、オレは遭わなければならないんだ!
こなんのはオレの人生ではない!!
こんな仕事は、オレの仕事でない!
こんな人間と出会わなければ、オレの人生は、もっとまともな人生だった。
とか、人間って、勝手なことを思い勝ちであるが・・・
それすべてもあなたの人生、すべてを受け入れる勇気を持ちなさい。
否定ではなく、肯定でもなく、あなたのあるがままの人生をまずは、受け入れなさい。
そうすれば、そこから本当の道が開けるであろう。
そういう、聖人様のお諭しかと、勝手におもって参りました。(笑)
2009/12/20(日) 午後 4:47
仏教の真髄は、因果応報だそうです。
良い種を巻け撒けばよい実がなり、悪い種を撒けば悪い実がなる。
撒かなければ何も生えない。
撒けば必ず生える。と言うことらしいです。
難しい話になってきましたね。
2009/12/20(日) 午後 9:01
日本一のお寺さんです
ほっとしましたね・・・
2009/12/20(日) 午後 10:20 [ 夢想miraishouta ]
夢想さん
有り難うございます。
2009/12/20(日) 午後 10:43