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『宇宙の秘密が知りたくなった、と思うと、いつのまにか自分の手は一塊の土くれをつかんでいた。そうして、ふたつの眼がじいっとそれを見つめていた。すると、土くれの分子の中から星雲が生まれ、その中から星と太陽とが生まれ、アメーバと三葉虫とアダムとイブが生まれ、そこからこの自分が生まれてくるのをまざまざと見た。
・・・・・・そうして自分は科学者になった。
 
しばらくすると、今度は、なんだか急に唄いたくなって来た。と思うと、知らぬ間に自分の咽喉から、ひとりでに大きな声が出て来た。その声が自分の耳に入ったと思うと、すぐに、自然に次の声が出て来た。声が声を呼び、句が句を誘うた。そうして、行く雲は軒ばに止まり、山と水とは音をひそめた。
・・・・・・そうして自分は詩人になった。                  大正9年8月  寺田 寅彦』
 
 
 
 物理学者にして随筆家、夏目漱石の弟子でもあった寺田寅彦。科学者として、そして詩人として生きた彼の姿勢があらわれた一文だ。科学の記述により物質とエネルギーの法則に関して理解することができる。一方で、人間の感情は一部で解明が急がれているものの、いまだその全容は科学のメスを拒み続けている。職場でミスをしたり、濡れ衣を着せられて頭に血が上ったり、それなのに思っていることを口に出せず悶々としたり、帰って愚痴を言う相手も居ず、どうしようもない哀しみ、孤独感にさいなまれたり、そういった感情を脳機能、神経伝達物質やホルモンなどの働きとして説明したところであまり意味がない。そこにあるのは人情である。世界の記号知である「科学」だけでなく、世間の暗黙知としての「常識」。このふたつの認識網を見出し表現していくことが、ひととして時間を費やすということなのかもしれない。物質は均一なランダム状態に向かっているという熱力学の第二法則(エントロピー増大の法則)。物質と同じように、世情も絶えず最大の混乱状態に向かっているのかもしれない。エントロピーの増大に抵抗し、まともさ(秩序、恒常性)を維持することに努めるしかない。アメリカ同時多発テロから10年、東北大地震から半年のこの日に。
 
 
 

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