「Yahoo!映画」が育んだタイヨウ1号ブログ

映画ブログではじめましたが最近は暗中模索な歴史・旅コラムばっかりで。。

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関東大震災

現代の日本人にとっては90年前は大昔と変わらない。

それは懐かしいとかではなく、すでに歴史の教科書の世界のことです。
だから昔のことを掘り返されて、戦争責任だ賠償などと言われても、
ちっともピンと来ない。
この21世紀の自分たちに責任があるなんて思ってもみないわけです。

でも、踏み倒していいかっていうと、そうでもない。
現代に影響を及ぼしてるし、知らないっていうのはさらにまずい。


1923年9月。
群馬県藤岡町で警察に保護を願い出た朝鮮人14名を、巡査から
鍵を奪った自警団が猟銃、竹槍、日本刀で全員惨殺。

千葉県船橋市では護送中の朝鮮人鉄道労働者38名を自警団150名が虐殺。

埼玉県本庄町では自警団は86人の朝鮮人を、警察署内で皆殺し。

つまり、
関東大震災のときの話ですが、震災のどさくさに紛れて一部で在日朝鮮人
及び中国人が殺されていたっていう話は歴史の時間にも教わった人もいると
思いますが、ここまでとは、ちょっと同じ日本人として滅入りますよね。


だって、
「自警団」て別に固有の行動団体ではなく、土地土地の普通の住民たちですよ。
そのへんの常識的なおじさんとかお兄さんがこういうことをしていたってことが
重要なんですね。恥ずべき事ながら、日本人はその時どうしたのか?と思います。
この「時代の気分」は一方で作られたものだったと思います。

ひとつの原因は明らかに軍部で、
大震災後の戒厳令下(つまり首都圏は軍部の管理下におかれた)で、
次々に共産主義者や無政府主義者を拘束し、殺していきました。
どういう理屈かというと震災の混乱に乗じてこういった不逞の輩が騒乱を
起こすのを未然に防ぐという、治安維持の名目を最大活用したわけです。
中国人の指導者的立場とみられた留学生・王希天も震災後、行方不明といわれて
いましたが、調べてみたら陸軍に殺されていた。

まあ国がそうですから、「自警団」の一般人がよりによって警察の中で虐殺
などという考えられないことができてしまうのでしょうね。

(続く)

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