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【 Q−sai合宿 2日目 <その2>からの続き 】 「心が折れた」なんて、いくらなんでも落ち込みすぎだったように思いますが、実際あの時はそうでした。 でも、あのときボクが感じていたのは、仕事における“壁”とか“ヤバイ”とかいうのとは質が違ってたんですね。 なんでだろ? で、気付く。 いわゆる自己実現が賭かってたからなんですね、たぶん。 プププ…、大げさですが。 多くの人がかかる“はしか”のように、ボクも学生時代にギターをホンのちょこっとだけいじりました。でも、弾けるなんてレベルではまったくなく、瞬間なんとなーく触って、瞬間なんとなーく止めてるワケです。でもギターに対する淡い思いというか、憧れ的なものはずっと燻っていて、どっかでまたやりたいなぁ〜とか思ってた。 それから10数年。 たまたま3年半前にあるオジサンに誘われ、たまたまこの仕事を始め、たまたま『タイヨウのうた』という素晴しい映画に出会い、たまたまYUIと「Good-bye days」にひどく心を打たれ、たまたまその映画の宣伝チームに加わる事になり、たまたま1号さんにタイヨウ兄弟という企画に誘われ、たまたまフェンダーさんのご好意でギターを頂戴し、たまたまQ−sai@代表の上條さんとご縁があった。 ずっと燻ってたギターへの思いをどうにかするには、これ以上ない機会が巡ってきた事で火が付いてしまい、もはや知らず知らずのうちに仕事モードじゃなく、もっと個人的な“素”の部分に立脚してこの合宿に挑んでいたんですね。 なので、ズバリ言って、すごくリキんでました。 てか、そもそも仕事より個人的な事の方でリキむって、それ自体も問題のように思いますが、ホントなので仕方ありません。 はい、音楽がしたかったんです。 なので弾けないと「イヤだー!」と必要以上にショックを受けて、余計にガッカリしちゃってたんだと思います。 が、ここで思考が極端なトコに振られがちな自分の脳ミソが追い討ちをかける。「てか、これ個人的な問題だからこそ、ここで弾けるようになんなきゃ、東京帰っても仕事も遊びも何も出来ない人になるんじゃないか…」。 もはや意味が分かりませんが。 でもそんなコトが頭をよぎった瞬間、ナゼか少しラクになったというか、じゃあ絶対がんばろー、と、いきなり気持ちがフラットになり、少しづつ前向きに。で、ひたすら練習、練習、練習…。 このヘンあんまうまく書けなくて、すみまそん。自分の心の動きをちゃんと書こうと思うと難しいですね。 もっと本とか読んで言語力を向上させます、押忍。 夕食(手巻き寿司/ほうとう)。 前向きになってきたところで食欲が回復。 子供のころ母方の叔父さんに、「イカは腹が冷えるから食いすぎるな」と、いまだにウソなのかホントなのか分からないアドバイスをされたものの、あれは人の分までイカをドカ食いするボクへ圧力をかけるための、でっち上げだったのだと信じ、今日は思い切ってイカを集中的に摂取。 手巻き寿司においてイカは不人気なのでちょうどいい。 各バンドごとに練習。 ボクらの練習はきりばやしさんがガッチリモードで見てくれる。 まずはとにかく、ボロボロでも完奏できるようにならないと話にならない。それに加え、どうしてもボクらはどうしても“走る=演奏のテンポが途中からドンドン早くなってしまう”クセがあり、光がピコピコ点灯するタイプのメトロノームを目の前にして練習。 でもゼンゼンうまくいかない。押えるコードを気にすればテンポがおざなり、テンポを気にしてるとコードを忘れる。何度も何度も繰り返し。ひたすらひたすら練習。 でも、この時点で別な問題が。 いくらここが「音楽民宿」とはいえ周りは民家に囲まれており、住民の方々への配慮から、ジャガジャガ大きな音が出せるのは20時まで。つまりそれまでにヘタなりにでも仕上げねば。 とはいえあっという間に20:00になりタイムアップ。ここからは入浴時間でございます。本来ならこの合宿での練習はオール終了。 それでもきりばやしさん、「温泉から帰ってきてからもやりましょう。絶対に出来るようになるまでやりましょう」。 思わずグッとくる。 入浴。 昨日とは違う温泉へ。 ただでさえこの近辺は標高850m以上の場所なため東京より遥かに寒いのだが、この日はさらに格別。でも気温の低さが露天風呂の熱さを一層際立たせ、もはやありえないほど気持ちE〜(忌野清志朗)。 そしてこのあと民宿に帰り、ギターの音量に気を払いながらの深夜練習へと突入するワケですが…。 ここからタイヨウ兄弟にとって最大最高のヤマ場が、いや、修羅場が訪れるワケでございます。 |

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