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(3)定寿命制の導入

①なぜ、古代の文明は滅亡した?
 古来、高度に発展していたにもかかわらず滅亡した文明が、数多くあるようだ。
私が思うに、これらの高度な文明が滅亡した最大の理由は
「高度に発展してしまったこと」そのものに
あるのではないだろうか。鉢植えの植物がその限界まで成長してしまうと、植え替えをしなければ枯れてしまうように、社会にも成長や発展の余地が必要である。土地、食料、原材料、社会制度,etc.あらゆるものに成長の限界がある。頂点に達すれば、何れは衰退に向かわざるを得ない。
 
②病・死の克服によって直面する課題
 人は、病や死を遠ざける(「克服する」というべきか)努力を積み重ねてきた。
生物はせっかく身に着けた経験情報を捨て去り、遺伝情報のみを引き継ぐことによって環境の変化に柔軟に対応して来た。個体としての永遠の生を保つ事は、一見経験則を蓄積し、永遠に賢くなるように思えるが、実際は過去の成功体験に縛られ、柔軟さを失ってしまう。
個体としての生存を捨てることによって、種としての生存を継続
しようという戦略である。
 したがって、現在人類が目指している病や死の克服は、個体としての存続を優先し、結果として種としての終焉を手繰り寄せていることに他ならない。要するに、何れは訪れる人類の滅亡を早めているだけである。
人類が生死に関して神の領域に踏み込んできている以上、生も死も自らが選ぶ方式に何れは移行せざるを得ないだろう。
 
③日本の現状
 日本は、超高齢社会(65歳以上の人口が総人口に占める割合が21%以上の社会)である。しかも人口減少社会になっている。
平均寿命は約80歳以上にもなり、しかも毎年記録を更新している。
人の設計寿命は35歳という説があるそうである。電化製品でいえば、35年が保証期間である。それまでは、取り扱いを誤らなければ正常動作が保証されている。80歳と言えば保証期間の2倍以上である。いろんなところにガタがきても当然である。
 寿命が延びても生きる喜びよりも苦しみのほうが増している気がする。前の世代が長生きすることによって、次世代(若者)の成長を阻んでさえいる。
社会全体で介護の為に多くの労力と費用を費やしている。遂には老々介護まで発生している。仮に寿命が100歳まで伸びてしまったら・・・と想像すると末恐ろしい。
 
④日本への処方箋
 さて長々と書いてきたが、超高齢社会の問題点の一つの解決の処方として、私は「定寿命制の導入」を提案したい。
 
定寿命を仮に80歳とすれば、国民は基本的に80歳の誕生日に寿命を迎えることとする。政府による安楽死により死を迎えるのだ。80歳を超えて生きたい場合は、1年更新で生存税を国に治める。生存税が収められる人だけが、80歳を超えて生きられる。逆に、一人暮らしで身寄りがなくても国が責任をもって安らかな死を与える。
 
 日本人(特に老人)は、将来が不安だからせっせと貯金をしてお金を使わない。でも、死ぬ時期が分かって(決まって)いれば、計画的に使うだろう。そうすれば、経済もより回るかも知れない。
死ぬ時期が分かっていれば、明確な人生設計と自身で満足のできる人生の最期が迎えられる。
高齢者に対する経費を抑え、若者の負担を減らすことができる。
 
 さて、倫理的には極めて問題の多い提案ではあるが、十分に一考の価値があると思うのだが。

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