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(6)学校教育

①ゆとり教育と脱ゆとり教育
来年度は脱ゆとり教育元年らしい。1980年から始まったゆとり教育は、学力低下を招いたという反省から、揺り戻しが起こり、脱ゆとり教育に移行するのだという。
ゆとり教育の趣旨は、児童や学生にゆとりを持たせ、のびのび育てることだったらしい。
いろいろな人の思惑と対立が教育行政を揺さぶって来たのだろうが、何がしたいのか分からない。
今の子供がかわいそうとか、もっとゆとりを持たしてやろうとか、今の子供の目線で教育環境を考えたり、どんな能力が必要かも考えずに学力が低下したからもっと教育レベルを上げないといけないとか、そんな視点で教育を考えるのは間違っていると思う。
 
②これからの教育制度
今いる大人は、皆かつては子供だった。というのと同じように、
 今いる子供は将来必ず大人になって、
 日本の明日を形作って行く担い手になるのだ。
ならば、将来日本をどんな国にしたいのかのビジョンを作り、その為に必要な人材をいかに育てるか。その視点に立って教育制度、教育内容を決めるべきではないのか。
今の教育行政は中身の無い張りぼてのようなもので、いくら体裁を整えてみてもビジョンがなければ何をやっても無駄だと思う。
 
 
今の日本からは直ぐに将来ビジョンの形成ができるとは思えないが、少なくともこんな教育だけは頂けないと思う。
 
③これだけは頂けない1
社会に出れば超競争社会なのに、学校の徒競走で全員でそろってゴールするような間違った平等主義
競争させてはかわいそうだからと競争させないのは、過保護以外の何物でもない。そんな温室環境で育ててしまったら、2度と外界には出られないが、実際は学校教育は何時かは卒業して社会に出なければならない。社会に出てから使い物にならない教育をする方がよほど子供たちが可哀そうである。
 
④これだけは頂けない2
たった唯一の正解があるケースなどほとんどないのに、短時間に唯一の正解を効率的に求める能力だけを要求する教育。
確かにそれも必要ではあるが、それだけでは社会では生きて行けない。
正解なんてない、あるいは、全てが正解であることの方がはるかに多い。
むしろ、唯一の正解を選択することより、選択したものを成功に導く努力や方法論の方がよほど重要である。
 

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