閑話

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①ゴパン
今巷では、ライスブレドクッカー:ゴパンが爆発的に売れているという。ライスブレッド=米粉を使ったパンのこと。
今までも米粉を使ったパン焼き器は存在したが、
米粉を入手するのが難しく、全く売れていなかったそうだ。
ゴパンの画期的なところは、一般的な米粒を入れると
米粉を作り自動的にパンまで仕上げてしまうところだ。
アマゾンで見たら¥99,800−だそうだ。
 
開発者の言葉:
「おいしいものを作りたい。食料自給率を上げて社会に貢献したい。」
 
すごいな。この人に国民栄誉賞を上げたいよ。
そこまでいかなくても農林大臣賞は当確だろう。
 
②学校給食
戦後、日本の国土は敗戦で荒廃しており、食料自給もままならなかった。
この惨状を見かねた米国は児童の食料事情を改善すべく、
学校給食を始めた。
しかも給食に使用する小麦は米国から提供されたのである。
何たる博愛。
かつての交戦国に対して、無償の援助を行うなど、
なかなかできたものではない。
日本は原爆を投下されたことをいたずらに非難すべきではない。
米国はかくも日本に対して慈悲深い態度をとってくれたことに
感謝すべきである・・・
 
③米国の穀物輸出政策
戦後、米国の小麦は大量に余っており余剰小麦の処理に困っていた。
そこで目を付けたのが給食である。
当初はヨーロッパ向けに行われていたが、
これがひと段落してしまい、新たな消費先を必要としていた。
 
次のターゲットになったのが日本である。
この為1945年の敗戦に対して、
学校給食が始まったのは1950年からである。
しかも日本は江戸時代には、
『米本位制』が取られていたくらい、コメ中心の食文化の国であった。
当然給食も米飯食で実施すればよかったのであるが、
上述の通り小麦の消費を促す必要があったので、
学校給食=パン食になった訳だ。
 
④小麦消費拡大政策
日本を小麦の一大消費国にすべく、当時の米国は
相当したたかな戦略を立てている。
 
i)ターゲットは子供
大人の食生活はなかなか変わらない。むしろ食習慣が定まらない子供の内に、給食でパン食になれさせれば、その食習慣は、子からさらにその子、孫へと引き継がれ、消費は拡大の一途をたどるはずである。
 
ii)欧米食=優良食生活
最近、「伝統的な日本食」こそが理想的な食生活であるとして、
アメリカ人(特にセレブ)が盛んに真似ているらしい。
ところが当の日本人は、
「うそー。なんで??」という思いが強い人が多いのではないだろうか。
これこそ米国のイメージ戦略の絶大なる効果のたまものである。
米国は学校給食と共に大々的なアジテーションを行った。
ご飯よりもパンの方が栄養価が高く健康に良い。
日本食は塩分が多く、たんぱく質が足りないので、
パン食+牛肉を食べるべきである。
実際は、パンには相当な食塩が使われており、
一般的には、ごはん+味噌汁よりも食パンの方が塩分が多いそうだ。
(もちろん味噌汁の塩加減によるが)
 
この戦略は、実際の効果からすればイメージ戦略というよりも
日本国民全部を巻き込んだ洗脳と言って良いレベルである。
 
⑤日本の農業政策
戦後、日本の農林水産省は、農家の保護ばかりに目を向けてきた。
農家票が選挙の大きな組織票として機能していたからに他ならない。
一方で、米飯の拡大に対してはほとんど対策らしい対策をしてこなかった。このつけが、年を追う毎に米飯離れを招き、
コメ余り、米価下落、農家の補償拡大といった、
底の無いスパイラルを招いて来たのだ。
戦略を持っていた米国の穀物輸出産業
全く戦略を持たなかった日本の農林水産行政の差がここにある。
 
⑥農業政策とTPP
今更TPPを避けては通れない。
TPPを農業に対する外圧(黒船)と考えるか、
日本の農産物を海外に安く提供できるチャンスと捉えるか。
それによって、当然政策は180°異なるが、
ワールドワイドで日本の農業をもっと早くとらえていれば、
これほど愚かな状況にはならなかったのではないかと悔やまれる。
 
からでも遅くない。
日本の農業政策の視点を早く転換してもらいたい。
たまには息抜きの話題を・・・
 
①アメリカン・コーヒー
アメリカで本場のアメリカンコーヒーを飲んだことはありますか?
 
日本で飲むアメリカンコーヒーは、深入りで少しばかり薄めのコーヒーです。大抵レギュラーコーヒーより一回り大きめのコーヒーカップに入って出てきますが、そう言われなければアメリカンと分からないものも多いと思います。
 
アメリカでは、 「アメリカン・コーヒー」という言葉ありません。
アメリカでコーヒーを頼むともれなくアメリカンコーヒーが出てきます。
限りなくうすーぃコーヒーで、
日本茶でいうと相当な出がらしの状態で、
「こんなのコーヒーじゃないよー。」って、
思ってしまいます。
しばらくいると日本の濃いコーヒーが無性に飲みたくなりますが、
めったに出会うことはありません。
 
②ボストン茶会事件
ボストン茶会事件Boston Tea Partyは、
1773年にアメリカのボストンでイギリスの植民地政策に憤慨した植民地人が、イギリス東インド会社の船荷の紅茶箱をボストン湾に投げ込んだ事件です。
 
当時アメリカはまだ独立戦争前夜であり、イギリスの植民地であった為、生活文化もイギリスのものが多く持ち込まれており、紅茶を飲む習慣が流行していました。
イギリスはこの生活必需品であった紅茶に対して課税を行いました。これに反対してボストン茶会事件が発生したのです。
 
以来、アメリカには紅茶が入って来なくなってしまいました。
でもどうしても紅茶の飲みたいアメリカ人が「紅茶の代用品」として発明したのが「アメリカン・コーヒー」だったのです。
アメリカン・コーヒーが紅茶のように薄いのも当たり前です。
限りなく紅茶に近づけたのがアメリカンコーヒーなのですから。
 
③ティーパーティー運動(Tea Party movement
オバマ大統領の「大きな政府」政策に反対し、
小さな政府を推進しようという運動です。
このティーパーティーは、ボストンティーパーティーに由来しています。
Tea PartyTEAには、
   Taxed  Enough  Already(もう税金はたくさんだ)
の頭文字の意味もあるのだそうです。
 
アメリカでは紅茶を飲む人は少数派なので、ティーパーティー運動をしている人たちの集会ではやっぱりアメリカンコーヒーを飲んでいるんでしょうね。

平均回帰の法則

親が美男美女だと子供も美形になるはず。
親が優秀なアスリートなら子供にもその才能が遺伝するはず。
親が社長だから子供も社長として会社を引き継ぐべき。
etc.
 
ごく一般的に多くの人が賛同するだろうと思うが、
実はこれらが全く間違っているのだという。
最近読んだ本で、あまりにも目から鱗で感動したので、
本ブログの主題とはおよそ離れているが、取り上げてみた。
 
「たまたま The Drunkard’s Walk 日常に潜む『偶然』を科学する
 レナード・ムロディナウ著 田中三彦訳 ISBN978-4-478-00452-4
 
平均回帰:
   遺伝的につながっている測定では、
   一方の測定量から遠く離れている場合、
   他方の測定量は平均に近くなる
 
<具体例>
長身の親から生まれた子供達の平均身長が親と同じであったとすると、
親よりも長身の子供がいるはずであり、
この傾向が何世代にもわたって続いてしまうと、
永久に身長が高くなり続けてしまうことを意味する。
これが起こらない為には、子供の世代は平均に近づく
(平均回帰)せざるを得ないということである。
 
つまりこういうことだ。
特に長身の親からは平凡な身長のあるいは
平均よりも低い身長の子供が生まれる可能性の方が高い。
 
タイガーウッズの子供は
ゴルフの才能を持たずに生まれてくる可能性が高い。
 
美人の女性と天才の男性からは
美形、かつ、天才の子供が生まれるよりも
ごく平凡な子供や不細工で頭の悪い子供が生まれる可能性が高い。
 
優秀な親は、優秀な子供を期待するのは間違っているということだ。
逆にこれといった才能もなく、平平凡凡な親も悲観することはない。
トンビがタカを生むことは十分にあるのだから。
 
まぁ、結局非常にシンプルな結論にたどりつく。
親は親、子供は子供。全く別の人格であり、
親から引き継ぐべき何かを期待したり、
親の何かを押し付けるべきではない。
 
とにかく、如何に人間の認識が、間違った先入観に支配されているかということを思い知らされる本だった。
私のつたない文章では伝えきれないが、対象にしているテーマの範囲が広大で、著者の見識の広さには脱帽である。
久々に面白い本を読んだと思う。機会があれば是非一読されることをお勧めする。
①つぶやき
・どうして、私だけこんな目に合うんだろう。
・私は世界で一番不幸だ。
・どうしてあんな親なんだ。子供は親を選べない。
・私には生きる価値なんかない。
・世の中はなんて不公平なんだ。
 
②輪廻転生:精神世界と現世の往復
人は、魂の世界と現世を何度も往復しているという。
現世を中心に考えれば、輪廻転生しているということだ。
魂には、グレード(階級)が存在し、上がることも下がることもあるが、
魂の世界では、全てが安定していて何も変わることがない。
グレードが変わることができるチャンスは、
現世における行動によってのみである。
 
③バースビジョン(Birth Vision)
生まれる前に持っていた現世での課題・目的・道しるべ
          バースビジョン   という。
精神世界において、
「次の人生ではこの課題を克服しよう」という計画を立てる。
それがバースビジョンである。
ところが、出生とともに全ての記憶を失ってしまう。
人生とは、
    年を重ねながら、
    自ら設定したバースビジョンを思い出し、
    それを実現する為の行為          である。
 
④バースビジョンから見た人生
・子供である私自身が、親を選んで生まれてきた。
 逆に親は子供を選べない。
・自分の如何なる境遇も自らが望み、設定したものである。
・それが如何に過酷と思える境遇であろうと、
 その境遇からそれを乗り越え何かを成す為に私は生まれてきた。
・この世界に平等などという概念はない。
 一人一人が異なる境遇で異なるバースビジョンをもって
 生まれてきたのだ。違っていて当然である。
・私が生まれ、この世に生を受けたことには意味がある。
 自分の人生の意味は、自らの境遇と自分自身を見つめることから
 自ずと導かれる。逆にそれ以外に方法はない。
 
⑤バースビジョンて本当?
輪廻転生があるのか、精神世界があるのか、私には分からない。
しかし、バースビジョンの考え方は、人生を肯定的に生きること
に繋がる非常に有用な思想だと思う。
その意味で私はバースビジョンを信じている。
 
⑥国家とバースビジョン
そして、国家にもこのバースビジョンは当てはまるものと考えている。
日本にしかできないこと、日本がなさねばならないことがある。
それを日本国民が皆思い出さなければならないと思う。
人のことを学名ではホモ・サピエンス(homo sapiens)という。
これは、知恵のある人」という意味であるそうな。
どうもこの知恵というのも浅はかな知恵に思えてならない。
 
たとえば・・・
あらゆる病を取り除き、無病、不老、不死を目指しているように見えるが、本当に不死を得てしまったら人は死を自らの意志で選択しなければならなくなるだろう。実際、徐々にそうなりつつある。
 
南国の未開人のところに先進国の偉い人(知識人)が訪れた際の会話:
知識人:「君たちは、知恵もなく、経済的にも貧しく、哀れでならない。
          我々が教育を授け、職を与え、経済的に自立できるように
          してやろう。」
未開人:「ふーむ。そんなことをして何になるんだ。」
知識人:「一生懸命働けば、お金を貯めて・・・
          最終的には遊んで暮らせる。」
未開人:「そんなこと、今やってるけど。」
知識人:「 ・・・ 」
 
人類は有史以来、指数関数的に発展して来た。このまま発展を永遠に継続することは不可能である。いづれ、何らかのカタストロフィーに直面するだろう。その事に当の人類は気付いているのだろうか?
  
私は、人はホモ・オニオン・ピーラー(homo onion peeler)ではないかと感じている。 「タマネギの皮をむく人」である。
まさかめったにタマネギの皮をむく人はいないだろう。 なぜなら結果は分かっているからだ。
結果・・・・・・どんな結果か、どこまで皮をむいたって何も無い。全部が皮なのだから。皮をむく行為自体が無意味である。そんなこと誰でも知っている。・・・知っている?本当に知っているのか?
タマネギ・・・どうする?そう、そのまま丸ごと食べればいいのだ。
 
神は(もしいるならだが)人の前にそっとタマネギを置き、
 「さぁ、どうする?・・・人よ! どうする?」なぞかけをしているように思えてならない。浅はかな知恵の・人は、ただひたすら皮をむき続けている。一体何時になったら、皮をむくのを止めるのだろう。

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