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頂いたCDブックから 印象深い文章を 抜き出してみました
意思を持って「あきらめる」
日本人固有の感覚として「粋」(いき)があります。
たとえば「粋だねえ」といえば、それは執着しない「あっぱれ」な行動であり
覚悟を決めて全てを受け入れるような感覚です。あるいは、人情の裏表を通じ
た遊び心とでも言える、庶民感覚の悟りともいえます。
つまり運命に対するあきらめ、すなわち「手放すこと」を意図的に行うと
いう美意識を「粋」と呼んだのです。
「粋」とは「積極的にあきらめる」という、非常に複雑な感覚ですが、心の中
の動きを現実世界に投影させる独特な表現が、平和な時代の日本人にはあったのです。
(一部略)
「意思を持ってあきらめる」ということは、放棄することではなく、大いなる意志
を自分のものとして受け入れることです。
そうはいっても、あきらめられないのが人間というもの。
言葉を換えると、それは「執着」です。もしかすると「執着」することが、実は
人間の本質なのかもしれませんね。
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「あきらめる」と表現すると 何か後ろめたい気持ちや、力不足だったんじゃないかと
思ってしまう私・・・これもきっと固定観念。
「手放す」と表現すると 何か情緒的で そおせざるおえなかった時の流れを感じて肩
の力が抜けるような気持ちになる。
「積極的に あきらめる」と表現すると フムフム・・・。と感じる。
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