天気

人生靭性、精々脆性

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一歩

電子書籍って読み心地いいんでしょうかね。
僕は、目が疲れそうだし、何かを書き込んだり印をつけることもできなし(知らんけど)、
本は雨に濡れようが落とそうが壊れないけど、電子書籍媒体は壊れるだろうし、
そんなこんなでその有用性について怪訝に思っています。
そりゃ使いたい人は使えばいいけど、必要以上にすすめられると必要以上に踏みとどまってしまいます。
そういうものでしょう。
 
4月になったということで、大阪に来てから丸1年が経過しました。
僕はセンチメンタルな面も十分に持ち合わせているので、
「う〜ん、1年かあ」と少々感慨にふけってもよさそうなのですがそういう気持ちはほとんど生じませんでした。
たぶん実家に足繁く帰っていることと、大阪の自宅は基本的に寝るだけの場所ということがその理由だと思います。
 
あともうひとつ。
最近何かと気持ちと身体の感度が落ちていることも理由だと思います。
気持ちの感度について言うならば、
合間合間には、気持ちを揺さぶりたくさんの言葉を連れてきてくれるような時もあるのですが、
それを持続させることができないというか上手に捕まえられないのです。
「嗚呼、私は今日の昼間に何を考えていたのだろうか」
「嗚呼、昨日私は何に心を揺り動かされたのだろう」
嗚呼と嘆息したときには、その所在は不明となっております。
寂しいことでございます。
気持ちさえもが、その時々で生じては消えていく消費の対象なのでしょうか。
身体の感度不調については、明らかな運動不足と摂取する栄養の偏りによるものだと思われます。
酒も肉もお菓子もアイスクリームもうまいし好きなのですが、
そいつらはきちんと摂取した分を消費しないと身体に纏わりつきお荷物と成り果てます。
 
けれど、今日は久しぶりに30分弱ほどですが、
大阪城公園周りを走ることができましたので感度快方への第一歩を踏み出したといえます。
 
 
何よりも今日は松井選手が新天地での開幕戦で、
ホームランを含む2安打の活躍をしたことが嬉しいかぎりです。
 
松井と巨人がよければ気分がいい。
巨人は負けましたけど。
 
第一歩、第一歩。
 
 
 
 

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おかえりなさい

お立ち台でのヒーローインタビュー。
「見事なバッティングで勝利に導きました。いかがですか。」
一時の間をおいて歓声を噛み締める高橋由伸。
帽子をとって観客席を見渡してまた噛み締める。
「ここに帰ってこれて本当に嬉しいです。」

これにはもうグッときます。
だからプロ野球(巨人)を好きなんです。

そこらの人が言えば「キレイ事言いやがって」となるのに、
BON JOVIが歌うと本当のポジティブなメッセージに聞こえてくるように、
高橋由伸が普通に受け答えした昨日のヒーローインタビューも
とてもかっこよく見えました。
 
高橋由伸が巨人に入団したのは、僕が中学生のときだと思います。
高橋由伸がアルマーニを好きだと言っていて僕はアルマーニを覚えました。
今も、学生服を着てTHE・サンデーに出演した画が頭に思い浮かびます。
おかえりなさい。
「今戻ってきても居場所がないよなあ」
なんてちょっとでも思った僕をお許しください。そんなこと思ってごめんなさい。
 


好きな俳優だったり、
好きなグループだったり、
そんな人たちを見るときどうしても胸が躍る人がおります。
僕はあの巨人軍のユニホームを着た人たちが
試合をするのを見ると胸が躍ります。

昨日はスポーツニュースをはしごして、
巨人の公式HPでハイライトを2回見て、
今日の朝はズムサタを見ました。

時間が許すときには、
開幕戦が始まる前はテレビの前に正座して待つのが僕の儀式です。
昨日は無理でした。
今日は開幕戦ではありませんが、実行したいと思います。

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養老孟司からの“知”

帰省。

最近は帰ってくると、
身体が地元の空気に急速に溶けいっていくような感覚を覚える。

久しぶりにゴルフの練習へ。
まあこんなもんやろう。
ゴルフ行きたいな。

吉田修一「パレード」を先週で読んだ。
細切れで読んだせいか、よくわからなかった。
入りきれなかったということかな。

今日は佐々木譲「屈折率」を購入。半分くらい読んだ。



養老孟司「まともバカ」の「“自己”からは独立した知」という言葉を
最近よく反芻してしまう。

僕が仕事で得る手法や知識や対策は、
それ単体としてはまさに「“自己”からは独立した知」なのだと思う。
これも受け売りの言葉だけど、
ひとつの操作可能性を得たにすぎない。
だからそれを得ても充足されることはない。

先日、セトジマさんから深遠なる問いを頂戴した。
「マツダくん、転職していいことあった?」
その場では「人生勉強ですかね」と意味のない答えをしてしまった。
会話は難しい。
市役所から構造設計事務所への転職。
いいことか、そんなふうに考えたことはあまりなかった。
こうなると“いいこと”とは何かを考えてしまう。癖である。
構造設計の勉強ができているというのは違う。
自分で選んだことができているのは恵まれたことだと思うけど、
ここは甘んじて外させてもらう。
深く考えずにいうなら、
家庭もお金もない、付き合いも少ないような身軽な状態で
「ああ、しんどいわ〜」と思えることができていることだろう。
狄品”という字が示すように、
辛さは抱きいれるように迎えるものである、
と桑田真澄が言っていたのを中学生の時にきいて実践に努めてきた。
けれど、抱きいれるにも余裕が必要だ。
余裕がなくなってくると辛いものは辛いという当たり前のことになってくる。
けれど、その余裕がなくなってきた状態で「ああ、しんどいわ〜」と思えることがひとつの“いいこと”なのだと思う。
辛いのはいやなんだけど、
「なるほど、これが余裕がなくなったしんどさか」
と少しでも得心できればよろしい。
これは僕にとって「“自己”からは独立していない知」となる可能性を十分に備えている。
長渕が“恋ってやつはいつも歌を連れてくる”と歌っていた。
恋じゃなくても、
なんでもいいから僕に僕の中から言葉を連れてきてくれればいい。
言葉にならなくても、感情の所在だけでも知らせてくれればいいのだ。
誤解のないように断わっておくと、
しんどさに打ち勝ったとか負けたとかそういうのはどちらでもよろしい。
仕事上はよくないのだろうけど、ワタクシ個人にとっては。

身の軽いうちにいろいろ実験したほうがよい、とつねづね思っている。
いろんなものを背負い込んでいくと、
実験結果は直接参照できるものにはならなくなっていくのかもしれない。
でも無いよりはいいでしょう。

こういう建物に地震による力がかかると、
現代の計算常識で計算するとこんな変形でこんな力がかかって、
ここには気をつけないとだめよね。
ていうのが平日の僕の表層では大切だし興味深いことなのだけど、
そんなことはまあよろしい。
怒られたり蔑まれたりするかもしれないけど、別にいい。
それよりも、
ワタシにこんな環境や状況が強いられると、
こんな挙動をして、とくに気をつけるのはここで、
というようなことが分かってくるほうがよろしい。

何の話をしてたのか。

とにかく僕は操作可能性を増大させるだけの知には、
ぐっとこないのだ。

そんなことだっけ。
まあいいや。


SENTENCEDの「THE COLD WHITE LIGHT」をamazonで取り寄せた。
やっぱりいいな〜。
前田岳彦が“慟哭ヘヴィメタル”とよく分からない評をしていたが、
分かる気がするのがいい。

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ジュンク堂は僕にとってのオアシスです。
あそこで「今のワタシはどんな本を読みたいのか」と
考えながらうろつくのが好きです。

最近全然本が読めてないものですから、
未読の本がたまっているのに、
また今日も買ってしまいました。 そして読んでしまいました。
「武士道シックスティーン」文春文庫、誉田哲也。
成海璃子、北乃きい主演で今年映画がするそうです。
見たいです。

勝敗に以上に拘る剣道一筋の香織と、
勝敗に拘らずマイペースに剣道を楽しむ早苗の物語。

僕も勝敗には拘らない人間です。
それは結果的または意識的に
勝敗から逃げていることになっていることも自覚しています。
一寸の迷いもないわけでありませんが、
でも僕はそんな自分を卑下しません。別にいいでしょ。

勝敗に拘って頑張るのもいいけど、
そのときの気持ちに流されて自分を実験していくと
自分というものの勉強になります。
“頑張る”ってのは頑と気張っているわけだから、
覆い隠されているところも多いと思うのです。

剣道部顧問の先生が、
勝ちに拘泥する香織を揶揄してこう言う場面があります。
「おまえには、折れる心すらないのか」
香織は戦う者にとって折れるような心に何の価値があるのかと
そのときはその意味がわかりません。

僕は、
折れる心や寂しい気持ちやできないもどかしさといったような
負ける気持ちから自分が遠ざかるのをひどく恐れています。
落ち込んでいる人に正論を言うような阿呆にはなりたくないからです。

勝敗や物財の多寡や学歴や見た目とかで
ものを判断するものさしはとても脆弱な気がします。
強い人やそういう世界で生きる人にはその方がいいこともある。
でも僕はたぶんそういう世界で生きてはいきません。
だから今のうちから
僕が生きていく世界で必要と思われる感情を涵養しているつもりなのです。


話は変わりますが、
昨日ちょっとだけ読んだ養老孟司「まともバカ」で、
知ることについて書いてありました。
今の若い人にとって、

― 「自己」と「知ること」は別になっている。

そして

― 知ることは自分とは独立したことなのです。


自分が言い表せないことを見事に代弁してくれるのは、
本を読むひとつの大きな楽しみです。


書き足りない。
考え足りない。


ゆっくりと本読んで、あれこれ考えたり、書いたりしたいわい。

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