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多くの流体力学のテキストでは、流れの特性の一つに回転を取り上げ、回転とは、流体を局所的にとらえて剛体として扱い、その角速度ωの2倍がその場所の回転量としています。
しかし、私は、流体の回転について、今の流体力学のとらえ方に異議を唱えたいと思います。流体はどんなに局所的でも剛体として扱うことはできないと、思います。
流体を局所的に考えると固体的な回転として考えることができると、ヘルムホルツが言い始めて、これが21世紀も20年も経つ今になっても正当だと考えられています。
現時点では、私の考え方には誰もついて来られないと思いますが、いつの世になるか分かりませんが、私の考え方が理解できる時代が必ず来ると考えて居ます。
今の流体力学では、例えば、
「流体力学(前編)」裳華房;今井功:には、「渦運動と渦なし運動」の節で、「流体の微少部分を考えると、それはコマのように回転している。」とあり、
「流体力学」培風館;巽友正:には、「・・、流体の微少部分はωに平行な軸のまわりに角速度(1/2)ω(ω=|ω|)で剛体的に回転する。」とあり、
「流体力学」朝倉書店;日野幹雄:には、「最後に流体の回転について考えよう。図1の微小な流体塊(四辺形)ABCDの各頂点のA点に対する相対的な変位のうち、反時計回りの回転成分を取りだして考える。」とし、
すると、x軸方向の辺ABとy軸方向の辺ADの回転角度は、x軸方向の流速uとy軸方向の流速vを用いて、∂v/∂xと∂(−v)/∂yで示されるので、四辺形ABCDの平均的な回転角速度Ωzは、
Ωz=1/2(∂v/∂x+∂(−v)/∂y)
である、としています。すなわち、流体の微少部分ABCDは、角速度Ωで回転するとしています。
図1 「流体力学」日野幹雄著;朝倉書店、P.41参考
3つの「流体力学」のテキストで示したように、今の流体力学では、流体の微少部分を考えると剛体的に回転していると考えています。が、本当に部分的に剛体として取り扱って良いのでしょうか。
流体の微少部分の回転は、
となります。私自身もこの式で流れの場の「回転」を示すと言うことに、これまで何の疑問も持ってきませんでした。
しかし、一般に言われている”回転”を示す
”ずれ”は、流体の剛体的で無い運動とみることができます。
図2 ずれが回転を起こすことを示す図
はじめ横一列に並んでいた流体成分粒子は、ずれのために互いの相対的な位置は「回転」します。
しかし、数学的に、または物理的に、数式が示しているのは、各点(場所)におけるベクトルは直線として与えられ、その大きさがx方向に増加している量を示すだけです。テキストなどには、図2のようにベクトルの表示の間に回転する小さな粒子らしき物を描いている場合もありますが、回転している粒子が間に入って、意味を持っているわけではありません。
先に図1として示した日野の微小回転部分ABCDのBの部分を拡大して正確に描くと図3のようになります。
図3 剛体として回転すると、B’にはならない
∂v/∂xを日野は、BB’としています。これは数式を文字通り示すとこのようになります。ところが、一方では、この微小空間ABCDは剛体として“回転する”と言いたいのです。もしも回転するとしたいなら図のBB2です。
図1の日野の図には、意図的なごまかしが隠されています。B’は式の意味が“ずれ”なので、BC上の上に描いていますが、一方では、剛体として回転していると、どうしても言いたいので、図1のように描いて誤魔化しています。彼はそれが分かっていながら、説明をごり押しするために、図1のようにごまかしています。
巽友正の「流体力学」;培風館でも、P.26に下図のような「渦度による局所回転」を示して、「したがって直方体はその大きさと形を変えること無く、あたかも剛体であるかのように...」などと、全くでたらめな記述を平気で書いています。この図で回転した直方体が大きさを変えてないなどと、子供をだますようなことを書いています。
図4 「流体力学」巽友正著;培風館、P.24「ひずみ速度による局所変化」
この図は、”回転した”直方体の角を元の直方体の辺上に描いていますので、
流体力学の基本的な渦の解説では、どの本もどこかに無理な説明が見られます。これらは、すべて、ヘルムホルツの渦に対する考え方の勘違いが今の世の中になっても誰一人訂正できずに来たことから起きています。
ベクトル中の「回転」に関する考え方は、もともとファラディーの発見した「磁界の中で光の偏向」について、トムソンがSpinning molecular vortex と言う言葉を使ったことに影響を受けてマックスウェルが考え出した考え方です。
マックスウェルは、その考えを図に示していますが、分子的な回転する場が必要だと思って、図5の左のような場のモデルを考えました。その図に影響を受けて、流れの場と電磁場の違いが分からないヘルムホルツが、“うずいと“(Wirbelline)などと言う誤った考えを現しました。
この時代では、(今でも殆どの学者は気づいてないが)電磁気学の扱うベクトルと流体力学の扱うベクトルとの違いが分かって居ませんでした。
トムソンやファラディ−、マックスウェルなどは、磁界の中で光が偏向するのを知って、何か回転するモノを必要と考えたのは、当時としては無理からぬことでしたが、実際には、空間にベクトルの”ずれ”があれば、その場所で分子的に回転している必要はありません。そのことは、図5を見れば分かります。
当時の感覚では、光は線上に飛行すると考えたのでしょうが、光は一定の幅を持って進みます。その際、電磁ベクトルポテンシャルは「空間的なずれ∇×A」があれば、偏光します。これを回転と考えたトムソンの考えに、ベクトル場の回転なる考え方がスタートし、今に至っています。
図5
今の流体力学は、ヘルムホルツの分解定理はじめ、回転に関して全くと言って良いほど出鱈目です。
流体にcurl vorticity rotation などの概念は無用ですし、邪魔になる考え方です。流体力学は、ナビエ・ストークスの方程式だけで考えるべきです。
私がもう少し若ければ、流体力学をはじめから書き直したいと思うくらいですが、先日、運転免許更新のために「認知症テスト」を受けさされてきたくらいで、昨日のことも思い出せない位で、ちょっと無理でしょう。
流体力学は「ナビエ・ストークスの式」の非線形方程式がすべてです。
電磁波は、ヘビサイドが纏めた「マックスウェルの電磁方程式」ですべてです。
どなたか、流体力学の改革に一緒に頑張ってくれませんか。このブログの内容が理解できる人で、一緒に頑張ってもよいとお考えに方下記メールアドレスに連絡頂けませんか。
光藤高明
e-mail mitufuji@ba.wakwak.com
なお、このブログの内容についての間違いを教えて下さる方は、時間の無駄ですからご配慮ご無用にお願いします。これまでに既に沢山の方から教えを受けていますので。
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2019年04月20日
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私の「ヘルムホルツの分解定理は間違っている」という記事にいくつか、反論を頂きました。これまでに反論を下さいました方々にお礼を申し上げます。
反論に反論すると言うことは、頂いた先生方の考えと違うことを言い連ねて、先生方の感情を逆なですることになるので、これまで、記事にすることを控えてきましたが、全く学問的な意向により良かれと思って敢えて掲載したいと思います。
以前、すでに取り上げさせて頂いているモノもあるかもしれませんが、反論に対する反論という意味で、再度取り上げさせて貰って居る記事もあるかと思いますが、お許し下さい
1.mm2*p*さんのコメント
頂いたコメントの一つは、
まず、この方の、
「流れ場は、一般的に非線形方程式で記述されるためベクトル場ではなく、何らかの近似やモデル化によりベクトル場とみなされます.現実の流れ場がベクトル場を成していないことは明らかです」
というのは、ベクトル場という言葉をポテンシャルのある場という言葉に代えると、私と同じ考え方になります。「ベクトル場」の考え方が、少し世間とは違っていますが、基本的にはこの方の考え方は、かなり私の考えに近い考え方です。
私の考え方の基礎的な間違いと言われますが、流体の速度ベクトル場と電磁ポテンシャル場との違いが分からない人に、基礎的な間違いと言われたくないですね。ベクトル場についてもう少し一般的な考え方について勉強して、ポテンシャル場との違いを勉強してほしいものです。
この人に限らず、現代のベクトル関係者は、∇×FをFの「回転」と考えて居ますが、正しくは、この式は「ずれ」の式です。ヘルムホルツの”うずい”となどに、頭を混乱させられた現代の学者さんには、ずれと回転の区別がつかないのも道理かもしれませんが。このことについては、後日纏めて示します。
<2.さる大学の先生から頂いたコメント。
さる大学の先生から次のようなコメントを頂きました。
この先生の間違いは、「境界において法線成分と接線成分が与えられると、境界における速度ポテンシャルと流線関数が得られる」と考える点にあります。
境界で接線成分や法線成分が分かっても、その点のポテンシャルの値は得られません。何か大きな勘違いをしています。境界の1点だけのベクトル値でその点のポテンシャルは決められません。
特定の境界線における接戦成分や法線成分は、何の意味もありません。その点を通る境界線はいくらでも引くことができます。Wikpediaiなどにヘルムホルツの定理の記事を書いて居る人の中にも、接線成分、法線成分が発散成分、回転成分と勘違いしている人が居ますが、点におけるベクトル値だけで発散や”回転”が決まることは無く、ポテンシャル値も決めることはできません。
電磁波の現象のように、ポテンシャルのあることが分かっているポテンシャル場であれば、各点にポテンシャルが得られますが、一般的に流体の中にポテンシャルがあると言うのは、現代の流体力学の間違いです。
また、同じ先生が、次のようにも述べられて居ます。
これまで、何人かに同じことを言われてきましたが、非常に簡単な理屈がなぜ分からないのか、私には、全く理解ができません。
渦があれば速度ポテンシャルが無く、発散があれば流線関数が無いことがわかって居れば、両方あれば速度ポテンシャルも流線関数も無いのは、当たり前ではありませんか。
<3.通りすがりさんからのコメント>
この方と、同じ指摘と思われるコメントをアメリカのドクターに質問したらコメントを頂きました。併せて掲載させて頂きます。
こちらの先生は、私にフーリエ変換後の・・と難しいことを言ってもどうせ理解できないだろうと、an abstract mathematical orthogonality と言ってくれています。通りすがりさんと同じく、共に現実のベクトルの分解とは関係なく、数学のある領域で「直交性が保たれているので、ヘルムホルツの分解定理は正しい」と言われています。
現実のベクトル場での分解を行うために用いられるヘルムホルツの分解定理であるのに、「現実世界での直交性は無視できる」との考え方は、正しいと言えるのでしょうか。
ヘルムホルツの分解定理の説明に、ベクトル成分の級数展開やデルタ関数を用いて、無理矢理ベクトルを分解する説明が英文Wiki などにもあげられています。が、それには,二つの問題点があります。
一つには、点に与えられたベクトルだけではいくら高級な級数展開を行っても空間微分で得られる∇×Fと∇・Fの計算はできません。点のデータだけでいくらデルタ関数を使っても空間微分値が出ると考えるのは間違っています。そのベクトルにポテンシャルが存在していて、そのポテンシャルが分かっている場合には可能ですが、一般にベクトル場にポテンシャルのあることは保証されていません。
もう一つは、∇×Fと∇・Fの計算のどちらにも寄与する成分があるため、それぞれの計算を行っても、分解はできていないことです。
極座標で発散と回転と言われている成分の計算式を見ると、どちらにも寄与する元のベクトルの成分があることが分かります。
現実にヘルムホルツの分解定理を用いて気象関係機関が現した「速度ポテンシャル」と「流線関数」から得られる成分は直交性を示してなく、現実のベクトル場である風のベクトルが直交性を示していないのはヘルムホルツの分解定理の間違いを示している証拠です。
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