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 多くの流体力学のテキストでは、流れの特性の一つに回転を取り上げ、回転とは、流体を局所的にとらえて剛体として扱い、その角速度ωの2倍がその場所の回転量としています。

 しかし、私は、流体の回転について、今の流体力学のとらえ方に異議を唱えたいと思います。流体はどんなに局所的でも剛体として扱うことはできないと、思います。


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 流体を局所的に考えると固体的な回転として考えることができると、ヘルムホルツが言い始めて、これが21世紀も20年も経つ今になっても正当だと考えられています。
 
 現時点では、私の考え方には誰もついて来られないと思いますが、いつの世になるか分かりませんが、私の考え方が理解できる時代が必ず来ると考えて居ます。
今の流体力学では、例えば、
「流体力学(前編)」裳華房;今井功:には、「渦運動と渦なし運動」の節で、「流体の微少部分を考えると、それはコマのように回転している。」とあり、
「流体力学」培風館;巽友正:には、「・・、流体の微少部分はωに平行な軸のまわりに角速度(1/2)ω(ω=|ω|)で剛体的に回転する。」とあり、
「流体力学」朝倉書店;日野幹雄:には、「最後に流体の回転について考えよう。図1の微小な流体塊(四辺形)ABCDの各頂点のA点に対する相対的な変位のうち、反時計回りの回転成分を取りだして考える。」とし、
すると、x軸方向の辺ABとy軸方向の辺ADの回転角度は、x軸方向の流速uとy軸方向の流速vを用いて、∂v/∂xと∂(−v)/∂yで示されるので、四辺形ABCDの平均的な回転角速度Ωzは、
Ωz=1/2(∂v/∂x+∂(−v)/∂y)
である、としています。すなわち、流体の微少部分ABCDは、角速度Ωで回転するとしています。
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図1 「流体力学」日野幹雄著;朝倉書店、P.41参考
3つの「流体力学」のテキストで示したように、今の流体力学では、流体の微少部分を考えると剛体的に回転していると考えています。が、本当に部分的に剛体として取り扱って良いのでしょうか。
流体の微少部分の回転は、イメージ 6で現されることになって居ます。2次元の場合、回転は、流れベクトルFのx軸成分をu、y軸成分をvとすると、
イメージ 6=∂v/∂x−∂u/∂y
となります。私自身もこの式で流れの場の「回転」を示すと言うことに、これまで何の疑問も持ってきませんでした。
しかし、一般に言われている回転を示すイメージ 6について、改めてよく考えてみると、これは、「回転」ではなく、「ずれ」の大きさを示していることに気がつきました。
 ”ずれ”は、流体の剛体的で無い運動とみることができます。
 イメージ 6の第1項は、v成分がx方向にどれだけ増加しているかを示し、第2項は、u成分がy方向にどれだけ増加しているかを示しています。どちらも単に“ずれ”を示す式です。ただ、ずれは、剛体としての運動ではありませんが、必ず”回転”を伴います。
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図2 ずれが回転を起こすことを示す図
はじめ横一列に並んでいた流体成分粒子は、ずれのために互いの相対的な位置は「回転」します。
しかし、数学的に、または物理的に、数式が示しているのは、各点(場所)におけるベクトルは直線として与えられ、その大きさがx方向に増加している量を示すだけです。テキストなどには、図2のようにベクトルの表示の間に回転する小さな粒子らしき物を描いている場合もありますが、回転している粒子が間に入って、意味を持っているわけではありません。
先に図1として示した日野の微小回転部分ABCDのBの部分を拡大して正確に描くと図3のようになります。 
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図3 剛体として回転すると、Bにはならない
∂v/∂xを日野は、BBとしています。これは数式を文字通り示すとこのようになります。ところが、一方では、この微小空間ABCDは剛体として“回転する”と言いたいのです。もしも回転するとしたいなら図のBBです。
図1の日野の図には、意図的なごまかしが隠されています。Bは式の意味が“ずれ”なので、BC上の上に描いていますが、一方では、剛体として回転していると、どうしても言いたいので、図1のように描いて誤魔化しています。彼はそれが分かっていながら、説明をごり押しするために、図1のようにごまかしています。

巽友正の「流体力学」;培風館でも、P.26に下図のような「渦度による局所回転」を示して、「したがって直方体はその大きさと形を変えること無く、あたかも剛体であるかのように...」などと、全くでたらめな記述を平気で書いています。この図で回転した直方体が大きさを変えてないなどと、子供をだますようなことを書いています。
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図4 「流体力学」巽友正著;培風館、P.24「ひずみ速度による局所変化」
この図は、”回転した”直方体の角を元の直方体の辺上に描いていますので、イメージ 6が「ずれ」であることに注目していることが分かります。図1と比べると良くわかります。、その点は評価できます。が、回転で大きさが変わっていることに目をつぶって、「剛体的に回転している」とするのはいけません。
 流体力学の基本的な渦の解説では、どの本もどこかに無理な説明が見られます。これらは、すべて、ヘルムホルツの渦に対する考え方の勘違いが今の世の中になっても誰一人訂正できずに来たことから起きています。

ベクトル中の「回転」に関する考え方は、もともとファラディーの発見した「磁界の中で光の偏向」について、トムソンがSpinning molecular vortex と言う言葉を使ったことに影響を受けてマックスウェルが考え出した考え方です。
マックスウェルは、その考えを図に示していますが、分子的な回転する場が必要だと思って、図5の左のような場のモデルを考えました。その図に影響を受けて、流れの場と電磁場の違いが分からないヘルムホルツが、“うずいと“(Wirbelline)などと言う誤った考えを現しました。
この時代では、(今でも殆どの学者は気づいてないが)電磁気学の扱うベクトルと流体力学の扱うベクトルとの違いが分かって居ませんでした。
トムソンやファラディ−、マックスウェルなどは、磁界の中で光が偏向するのを知って、何か回転するモノを必要と考えたのは、当時としては無理からぬことでしたが、実際には、空間にベクトルのずれがあれば、その場所で分子的に回転している必要はありません。そのことは、図5を見れば分かります。
 当時の感覚では、光は線上に飛行すると考えたのでしょうが、光は一定の幅を持って進みます。その際、電磁ベクトルポテンシャルは「空間的なずれ∇×A」があれば、偏光します。これを回転と考えたトムソンの考えに、ベクトル場の回転なる考え方がスタートし、今に至っています。
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図5 イメージ 6は、単に空間的なずれの分布だけで諸々の説明ができる
 
今の流体力学は、ヘルムホルツの分解定理はじめ、回転に関して全くと言って良いほど出鱈目です。
 流体にcurl  vorticity  rotation などの概念は無用ですし、邪魔になる考え方です。流体力学は、ナビエ・ストークスの方程式だけで考えるべきです。
私がもう少し若ければ、流体力学をはじめから書き直したいと思うくらいですが、先日、運転免許更新のために「認知症テスト」を受けさされてきたくらいで、昨日のことも思い出せない位で、ちょっと無理でしょう。
流体力学は「ナビエ・ストークスの式」の非線形方程式がすべてです。
電磁波は、ヘビサイドが纏めた「マックスウェルの電磁方程式」ですべてです。
どなたか、流体力学の改革に一緒に頑張ってくれませんか。このブログの内容が理解できる人で、一緒に頑張ってもよいとお考えに方下記メールアドレスに連絡頂けませんか。
光藤高明
 なお、このブログの内容についての間違いを教えて下さる方は、時間の無駄ですからご配慮ご無用にお願いします。これまでに既に沢山の方から教えを受けていますので。

 私の「ヘルムホルツの分解定理は間違っている」という記事にいくつか、反論を頂きました。これまでに反論を下さいました方々にお礼を申し上げます。


 反論に反論すると言うことは、頂いた先生方の考えと違うことを言い連ねて、先生方の感情を逆なですることになるので、これまで、記事にすることを控えてきましたが、全く学問的な意向により良かれと思って敢えて掲載したいと思います。
 
以前、すでに取り上げさせて頂いているモノもあるかもしれませんが、反論に対する反論という意味で、再度取り上げさせて貰って居る記事もあるかと思いますが、お許し下さい

1.mm2*p*さんのコメント
頂いたコメントの一つは、
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まず、この方の、
「流れ場は、一般的に非線形方程式で記述されるためベクトル場ではなく、何らかの近似やモデル化によりベクトル場とみなされます.現実の流れ場がベクトル場を成していないことは明らかです」

というのは、ベクトル場という言葉をポテンシャルのある場という言葉に代えると、私と同じ考え方になります。「ベクトル場」の考え方が、少し世間とは違っていますが、基本的にはこの方の考え方は、かなり私の考えに近い考え方です。

 私の考え方の基礎的な間違いと言われますが、流体の速度ベクトル場と電磁ポテンシャル場との違いが分からない人に、基礎的な間違いと言われたくないですね。ベクトル場についてもう少し一般的な考え方について勉強して、ポテンシャル場との違いを勉強してほしいものです。

 この人に限らず、現代のベクトル関係者は、∇×FをFの「回転」と考えて居ますが、正しくは、この式は「ずれ」の式です。ヘルムホルツの”うずい”となどに、頭を混乱させられた現代の学者さんには、ずれと回転の区別がつかないのも道理かもしれませんが。このことについては、後日纏めて示します。
 

<2.さる大学の先生から頂いたコメント。
さる大学の先生から次のようなコメントを頂きました。

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 この先生の間違いは、「境界において法線成分と接線成分が与えられると、境界における速度ポテンシャルと流線関数が得られる」と考える点にあります。

 境界で接線成分や法線成分が分かっても、その点のポテンシャルの値は得られません。何か大きな勘違いをしています。境界の1点だけのベクトル値でその点のポテンシャルは決められません。

 特定の境界線における接戦成分や法線成分は、何の意味もありません。その点を通る境界線はいくらでも引くことができます。Wikpediaiなどにヘルムホルツの定理の記事を書いて居る人の中にも、接線成分、法線成分が発散成分、回転成分と勘違いしている人が居ますが、点におけるベクトル値だけで発散や”回転”が決まることは無く、ポテンシャル値も決めることはできません。

 電磁波の現象のように、ポテンシャルのあることが分かっているポテンシャル場であれば、各点にポテンシャルが得られますが、一般的に流体の中にポテンシャルがあると言うのは、現代の流体力学の間違いです。
 
また、同じ先生が、次のようにも述べられて居ます。

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 これまで、何人かに同じことを言われてきましたが、非常に簡単な理屈がなぜ分からないのか、私には、全く理解ができません。

 渦があれば速度ポテンシャルが無く、発散があれば流線関数が無いことがわかって居れば、両方あれば速度ポテンシャルも流線関数も無いのは、当たり前ではありませんか。
 

<3.通りすがりさんからのコメント>
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この方と、同じ指摘と思われるコメントをアメリカのドクターに質問したらコメントを頂きました。併せて掲載させて頂きます。

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 こちらの先生は、私にフーリエ変換後の・・と難しいことを言ってもどうせ理解できないだろうと、an abstract mathematical orthogonality と言ってくれています。通りすがりさんと同じく、共に現実のベクトルの分解とは関係なく、数学のある領域で「直交性が保たれているので、ヘルムホルツの分解定理は正しい」と言われています。

 現実のベクトル場での分解を行うために用いられるヘルムホルツの分解定理であるのに、「現実世界での直交性は無視できる」との考え方は、正しいと言えるのでしょうか。

 ヘルムホルツの分解定理の説明に、ベクトル成分の級数展開やデルタ関数を用いて、無理矢理ベクトルを分解する説明が英文Wiki などにもあげられています。が、それには,二つの問題点があります。

 一つには、点に与えられたベクトルだけではいくら高級な級数展開を行っても空間微分で得られる∇×Fと∇・Fの計算はできません。点のデータだけでいくらデルタ関数を使っても空間微分値が出ると考えるのは間違っています。そのベクトルにポテンシャルが存在していて、そのポテンシャルが分かっている場合には可能ですが、一般にベクトル場にポテンシャルのあることは保証されていません。

 もう一つは、∇×Fと∇・Fの計算のどちらにも寄与する成分があるため、それぞれの計算を行っても、分解はできていないことです。

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 極座標で発散と回転と言われている成分の計算式を見ると、どちらにも寄与する元のベクトルの成分があることが分かります。

 現実にヘルムホルツの分解定理を用いて気象関係機関が現した「速度ポテンシャル」と「流線関数」から得られる成分は直交性を示してなく、現実のベクトル場である風のベクトルが直交性を示していないのはヘルムホルツの分解定理の間違いを示している証拠です。 


Encyclopediacomのヘルムホルツによると、、
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と書かれています。(四角の中は、ネット上で空白)
ヘルムホルツの考えでは、流体の回転∇×Fの定義の空間微分を極限に小さく考えることによって、最後は流体の微少部分は剛体と考えることができるとしています。
そしてその回転粒子は、その回転のために回転軸方向に共通する軸をもった粒子と共に“Wirbelline(うずいと)を構成するはずだと言っています。現代風に言うと、「渦度ベクトルを流線のようにつなげた線」は渦線を構成する、と言う事になります。
微少部分が剛体として回転するとすると、隣り合った微少部分の回転はどう考えれば良いのでしょうか。隣り合ったうずいとはこすれあって、大変なことにはならないのでしょうか。

回転軸方向には、隣り合った流体粒子との“連動”を求めていますが、回転面の隣との“連動”は無視するという、勝手な理屈で、この”うずいと”は考え出されています。

ヘルムホルツの考え方は、「流体の回転」を「流体を構成する粒子のスピン」に変えてしまっています。つまり「“ずれ”と“伸張”を伴う流れの中で、どのように向きを変えていくかという量である“流体の回転∇×F”」を、微分の間隔を極限に小さく考えることによって「その場所の流体粒子が剛体としてどのように回転しているかの“スピン量2ω”」に変えてしまっています。

下図で見て明らかなように、明らかにこの二つは同じモノではありません。

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1 流体粒子のスピンと流体の場の回転


流体粒子は、微少時間では、ただ真っ直ぐに“直線的に”進むだけで、回転をしながら進んでいるのではありません。それぞれの場所の粒子は、その場所に与えられる速度で微少時間の間に直線的に移動しているのですが、場所によって、速度に差があり、その差によって“ずれ”や“伸張”が起こり、これによって、「回転∇×F」と「発散∇・F」が生じています。


しかし、ヘルムホルツ先生が言うと、反論することが難しいらしく、今でも、たとえば、”Wikipediaのうずいと”によると、「流れの中に微小領域をとったとき、微小時間で考えれば、その領域は渦度ベクトルの方向を軸に角速度(1/2)|ω| で剛体的に回転する。」と言って居ます。この記事が特別な人の考え方では無く、今でも、一般的に流体力学の学者のほとんどが同じ考え方を持っているようです。


本庶先生がおっしゃっているように、テキストにも間違っていることもあります。自分で納得できる理屈に従いたいものです。流体を局所的に考えても、∇×Fや∇・Fの定義による物理量は、決して剛体として扱うことはできません。ヘルムホルツがこのような記事を書いたのをオイラーが見たら、きっとそんな馬鹿な考え、と指摘したであろうと思います。


ヘルムホルツの言う渦線をつなげると、渦管(Wirbelfinie)となります。
実は、この渦線、渦管に相当する考え方は、マックスウェルも、磁場に対して持っていました。ファラディ−やアンペールの実験結果を参考に、「磁場は、回転する多数の「セル」でできている、と考えて、「磁場が強いほどセルの回転は速くなる」としています。
下図は、「The Great Equations(世界でもっとも美しい10の物理方程式 / RobertPCrease / 吉田三知世)」からの抜粋ですが、マックスウェルは、渦線に相当する線が平行に存在することに“問題意識”をもって、思考上の対策を考えていますが、ヘルムホルツは、それさえ考えること無く、平気で“渦管”を考えており、全く問題になりません。こんな考え方が、今でも流体力学の学者の間で、信じられていることが、私には信じられません。

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マックスウェルもヘルムホルツもベクトル場の「回転」に“渦線“や”回転するセル“を必要と考えたところに間違いが発生しています。流れ(ベクトル場)の回転や磁場の強さを表すために、その場所(点)での回転(スピン)は必要ありません。空間的なベクトル(“直線的な”方向と大きさ)の分布によって、その空間的な変化量が、ベクトルのずれや伸張を起こし、回転(渦)や発散を引き起こしています。
具体例により、回転や発散の卑近な例を考えて見ましょう。

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上の例は、仮想のベクトル場を描いています。仮想の流線に仮想のかなりいい加減なベクトルを考えて見ました。中央のベクトルの周辺に大きさや方向の異なるベクトルが存在すると、それぞれのベクトルが直線的に流れていくことによって、ベクトルの回転や発散の定義に従って、有限の大きさを持った回転量や発散量が計算できます。計算領域(セルと言うこともできますが)が回転するのでも無く、中央のベクトルが回転や発散するのでも無く、周囲のベクトルの差(ずれと伸張)で、回転、発散が出てきます。
ちなみに、実際の天気図でこれらのオーダー(大きさの概略)を見積もるとdx、dyは、数百Kmで風速の差は、数m/s程度ですので、回転も発散も
≒1/100×1000=10−5 sec-1位の値になります。
ヘルムホルツの分解定理を信奉する人たちは、この変形こそが、回転と発散の合わさった結果だと言うかもしれません。彼らは「ヘルムホルツの分解定理」ありき、ですべて考えるので、真実が見えていません。回転の流れが発散の流れと独立して流れているなら、先に述べた回転を受け持つ微少剛体と隣り合った剛体との摩擦“こすれ”はどのように考えるのでしょうか。
ヘルムホルツだって、マックスウェルだって、当時の知識で考えるには、制限があります。後世の人間が正して行かなければ、科学の進歩はありません。私は、この先そんなに長くは、議論ができない歳になってきています。この年で名声が欲しいわけではありません。偶然のことで、ヘルムホルツの分解定理の間違いに気づき、理解者を求めているだけです。
このあと、これまでに頂いたコメントによって、ヘルムホルツの分解定理が、どのように誤解されて信じられてきているか、いろいろな誤解の仕方があるモノだと感心していますが、それらを明らかにしていきたいと思って居ます。

追記:
ヘルムホルツもマックスウェルも、電磁波と流体の流れを同じベクトル場として、まとめきれなくて、苦労をしていた形跡があります。
電磁現象に関して、マックスウェル自信は、30ほどの沢山の報告をしたようですが、ヘビサイドがまとめたような、きれいな「まとめ」ができていません。この原因は、流体の流れと、電磁現象を共にベクトル場として扱い、流れのポテンシャルに対して彼の考えをまとめきれなかったところにあるのでは無いかと思います。
ヘルムホルツも、晩年20年ほど、電磁波と流れのベクトルをまとめることに苦労していたような記述があります。
電磁波の現象は、ポテンシャル場で、ヘビサイドがまとめた「マックスウェルの電磁方程式」、考えることで問題は解決します。
一方、流体の流れは、ベクトル場でナビエ・ストークスの式で解決されます。この式は非線形方程式系で、自然界の大気や流体の流れに、これ以上に簡潔にまとめたり、その”完全解”を求めたりすることはできません。ミレニアム懸賞問題と言うのがあって、天才少女がその完全解を求めるという映画を見ましたが、そのようなことはありえません。
流体の流れには、「発散が無い」または「回転が無い」という、特別な条件が分かっていない限り、ポテンシャルは存在しません。「流れの中の発散成分から捻出した速度ポテンシャル」や「流れの中の回転成分から捻出した流線関数」を考えることは、できますが、それらは、元の流れ成分の「共通成分」を持っているため、流れを分解していません。
したがって、気象庁などが出している「速度ポテンシャル」図から求めた風だけが「発散・収束」を担っているわけではありません。「流線関数」から求められる風にも発散成分が入って居ます。














流体の流れの場は、まさにベクトル場です。

ただし、実際に時間を止めた瞬間の空間に分布しているのは、「物質の位置」の分布だけです。空間に分布している各物質の位置が次の瞬間(Δt後)にどこに移動したか、異なる二つの瞬間の位置の差「ずれ」を時間差Δtで割ったベクトルの分布を、たとえば後ろの瞬間の空間に代表させて表示したものを「流れの場」と、便宜上しているだけです。

したがって、厳密には、時間という次元を持たない瞬間の空間に「速度場」という場はありません。

流れの場は、実際には、流れを構成している流体で占められています。場合によっては、空間が流体の物質で埋められなくて「真空」になっていることもあるかもしれませんが、二つ以上の流れの物質が同じ瞬間に同じ場所を共有することはありません。

すべての現象は、3次元空間の「ぱらぱら漫画」であり、gifアニメのように、物質の位置の分布が、次々と変化すると考えるべきです。
 
一方、電磁気学が取り扱う電場、磁場は、ベクトル場として、一般に数学的には、流れの場と同じく「ベクトル場」として扱われていることが多いですが、実はベクトル場では無く、「ポテンシャル場」です。

「ポテンシャル場」とは、「ベクトル場」とどのように違うか、以下に説明をします。

二つの電荷または、質量があるとき、その間に働く力は


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の形で示されます。Q1,Q2は電荷または質量で、距離r離れた場所でお互いが受ける力を示しています。原子などは質量も電荷もともに備わっていて、電気力(クーロン力)は万有引力場に比べてけた違いにおおきいのですが、天体間の力は、電気力と同じ数式で表現できるので、以下、電場のみで話をいたします。

二つの電荷があると、互いに他に力を及ぼします。または、互いに相手から力を受けます。この一方に電荷Qを置き、もう一方を単位の電荷とすると、単位電荷には互いを結ぶ線上の方向に、大きさが
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の力ベクトルが与えられます。

この「もしも単位電荷を置いたとしたら与えられる力ベクトルの場」を一般に電場ベクトルと言っています。

この電場ベクトルは、電場を作っている電荷Qのある点にすべて向かっていて、その距離rだけの関数で与えられますので、回転は全くなく、∇×=0の条件を満たしているので、スカラーポテンシャルφを持っています。そのスカラーポテンシャルφは、

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で与えられます。
 
もしも、電荷が複数個ある場合は、ここの電荷により複数個の電場のスカラーポテンシャルができますが、このポテンシャルはスカラーですから、足しあわせができます。

これらの計算を行うと、はじめに電場ベクトルEが存在していて、そのベクトル場からスカラーポテンシャルが求められたように思われますが、実態は、電荷Qがあると、その周辺にポテンシャルφが存在し、任意の場所に単位電荷を置くと、そのポテンシャルによって、電場Eを得ることができると言うことを認識しておくべきです。これが電界Eと言うベクトル場です。

それは、万有引力場における質量が受ける力に関しても、全く同じです。
 
再確認しておきますが、電場のベクトルは実際に空間に満ちているわけではありません。電荷Qがある周辺の空間に実際に存在するのは、電場ポテンシャルΦがあるだけで、このポテンシャルがあっても、その空間に電荷を置かなければ、力のベクトルはありません。ポテンシャルが空間に広がっていて、“ベクトルを考えることのできる空間”がそこにあるということです。
 
磁場もポテンシャルです。ベクトルポテンシャルとベクトルの名がついていますが、物理的な意味は「単位電流(単位の電流の中に単位長さを考えると)」がそこにあれば、その電流の流れの方向と磁場のベクトルポテンシャルの間にベクトル積を取ることによって物理的に意味のある「力ベクトル」を考えることができる、と言うポテンシャル場です。
 
 
そのベクトル場を電界Eや磁場Hとして、流れのベクトル場Vと同じように、一般には扱われています。

しかし、ベクトル場とポテンシャル場は、基本的に違いがあります。
 
ポテンシャル場が流れのベクトル場と違う点の一つは、流れの場が正確には二つの瞬間の「物質の位置rの微少な時間微分」であるので、瞬間値が存在しないのに対して、ポテンシャルの値は、掛け値無しに「その瞬間」に値が決められる点にあります。

従って、ポテンシャル場である電場や磁場によって与えられる(力)ベクトルも瞬間に考えることができます。ポテンシャルの分布が決まっているので、「点」における空間微分値が決定できると言うことです。ポテンシャルが与えられるとベクトル場は、必ず決定できます。
 
それでは、逆にベクトル場があると、必ずポテンシャル場は存在するでしょうか。ベクトル場というのは、空間のどのポイントにもベクトルが与えられれば、ベクトル場と言うことができます。極端な例を挙げると、各空間にランダム関数で成分を与えた場合でもベクトル空間と言うことができます。

流体の流れの分布は、結論から言うと、ナビア・ストークスの非線形方程式で与えられます。私の「ヘルムホルツの分解定理は間違っている」の記事に

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のようなコメントをいただきました。


彼の言うベクトル場とは、ポテンシャルのあるベクトル場で、言い換えると、ポテンシャルから導かれるベクトル場のみがベクトル場と言っています。


「ベクトル場」の言葉の使い方は、私と違っていますが、流体の流れの場が、非線形方程式で表されるべきモノで、現実の流れの場に一般的にポテンシャル(彼はベクトル場と言って居ますが)が無いと言う事については、同じ考えです。


彼の言って居るポテンシャル場から得られるベクトル場は、「回転の無いベクトル場か、発散の無いベクトル場」しかありません。回転も発散もあるベクトル場は、彼の言う意味でのベクトル場は、数学的に存在しません。数学の得意な彼ならその証明はできるはずです。


流れの場に、もし回転(渦)が無ければ、速度ポテンシャルが、発散が無ければ流線関数というポテンシャルが存在することが数学的に保証されます。

これらの関係は、すなわち流れの場に「渦がある」と「速度ポテンシャルが存在する」こととの関係、および流れの場に「発散がある」ことと「流線関数(ベクトルポテンシャル)が存在する」こととの関係は、どちらも「必要十分条件」です。


したがって、もしも流れの場に「発散も回転も、両方」あれば、回転があることにより速度ポテンシャルが、発散があることにより流線関数の存在が否定されます。

こんな簡単な科学的、基本的類推が現代の科学者には理解が出来ず、さる権威ある先生から

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とのコメントを頂きました。もうずいぶん前になりますが、他の権威ある先生から同じことを聞きました。これだけの権威ある先生方が、同じように言っているのだから、正しいのでしょうか。


例えば、流れの場を何かの容器に例えましょう。


この容器(流れ)には形で言うと直方体の容器と円柱型の容器があります。他の形の容器はありません。直方体の容器には空色の金平糖が入っていますが、円柱型の容器には空色の金平糖は入っていません。形は回転があるか無いかを表しており、回転がある流れは円柱形の容器で、回転が無い流れは直方体の容器で表しています。


一方、容器は黄色と白色の2種類の色が塗られています。他の色の容器はありません。白い容器には赤い紙に包んだ飴が入っていますが、黄色い容器には赤い紙に包んだ飴は入っていません。容器の色は、発散があるか無いかを表しており、発散がある流れは黄色い容器で、発散が無い流れは白い容器で表しています。

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さて、黄色くて円柱型の容器には、ケーキと飴が入っているでしょうか?


この権威ある先方生は「直方体の容器にケーキがあり、白い容器に赤い紙に包んだ飴が入っていることを証明しただけで、直方体でなく白くない容器に飴やケーキが入ってないことは、証明出来ない」といっています。この説明で世間は納得しているのです。この考え方によって、ヘルムホルツの分解定理と言う定理は成り立っているのです。


私には、幼児がだだをこねているだけのように思えますが、これが現状です。


 


彼らは、なぜこんな簡単なことが分からないのでしょうか。流れの場Fには、発散の場Fも回転の場∇×Fも計算によって求めることが出来ます。これらの計算ができるだけで、それらが独立して存在していると勘違いしています。


それらが、互いに独立していると証明出来れば、彼らの主張が正しいのですが、その証明も出来ないままに、独立していると勘違いしています。


流れFを用いて、F∇×Fが計算できれるので、流れの発散の分布も流れの回転の分布も得ることができます。発散の分布が分かれば、その分布は、回転の無い流れ成分による発散分布であり、別に回転の分布が分かれば、その分布は発散の無い流れ成分による回転の分布と考えると、ヘルムホルツの分解定理には、何の問題も無いと考えています。


しかし、元の流れFに、両方の計算に寄与する成分があると、流れFが回転成分と発散成分にきれいに分解は出来ません。(ヘルムホルツの分解定理を前提にして、発散成分、回転成分と言って居ますが、もともと発散成分や回転成分というのはありません。成分とは点ベクトルにも付随しているもので、周辺のベクトルとのありようで決められる発散や回転の量は成分と言うことはできません)

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流れFには、発散に寄与する成分、回転に寄与する成分があることは、∇・Fと∇×Fが計算できれるので容易に考えられます。発散にも回転にも寄与しない成分は、一様流を考えると、簡単に理解できると思います。問題は、「発散にも回転にも寄与する成分」があるか、どうかが問題です。

発散と回転を求める式を極座標で見ると下図の通りです。
 
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見ると両方に寄与する成分があることは、発散、回転の両方にすべての成分が関係しているので分かります。

たとえば、極座標成分を(極中心方向r、経度変化方向φ、(90度−)緯度変化方向θ)と呼ぶことにします。すると、発散と回転とを計算している点のUrの値の変化は、発散にも影響を与えますし、回転にも影響を与えることが分かります。他の成分もすべて、その変化が、どちらにも影響を与えています。

すなわち、流れの場Fから求められる・Fの分布から得られる発散分布と∇×Fから求められる回転の分布は、互いに独立して存在するモノでは無く、下図のイメージに示すように互いに共通する成分を持っています。
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上の図は、流れべくとるF から∇・Fと∇×Fが求められても、発散に寄与する成分と回転に寄与する成分が共通の項を持っているため、元のベクトルが「発散成分」と「回転成分」に分解できないことをイメージしています。

私が、「ヘルムホルツの分解定理は間違っている」と言うと、電磁気学関係者から反論を頂くことがあり、多くの流体力学の関係者には無視されています。あの大学者のヘルムホルツの言うことに間違いがあるはずが無い、と。

ヘルムホルツがどうしてベクトル場が発散のみのベクトル場と回転のみのベクトル場からなるという考えに至ったか、少し歴史を調べてみました。
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1)オイラーにより流れの場がベクトル場として世に出た
ベルヌーイ(ヨハン:16671748、ダニエル:17001782)により管の中を流れる流体の力学が生まれ、オイラー(17071783)、ラグランジェ(17361813)により、流れと言うベクトル場が数学的に表現できるようになり、18世紀に流体力学が発達しました。

すなわち、流体の流れの場が「ベクトル場」として扱われるようになりました。
 
2)マックスウェルにより、電磁場がベクトル場として世に出た
一方、電磁気学はファラディー(17911867)の卓越した考えに基づいた実験により多くの知見が得られ、図に描かれた説明がなされましたが、それらの特性を数学的に表記するのがマックスウェル(18311879)でした。

ロバート・P・クリース著, 吉田 三知世訳;{世界でもっとも美しい10の物理方程式}によると、

マックスウェルは、混沌の状態にあった電気科学をすでにできあがっていた流体や熱の流れのベクトル場の考え方を類比して数学的に表現しました。
彼は、電荷は、水のような非圧縮性の流体を強制的に流れ出させるポンプのようなもので、電場は、ひとつの電荷から別の電荷へと伸び、空間の至るところ満たしている沢山の力線からなるという(漠然としており数学的ではない)ファラデーの考え方を仮に正しいとし、これらの線の上にあるそれぞれの点には、方向と強度という属性が付随している」と考えました。

このように流れの場の考えを類比することによって、マックスウェルは「電気磁気論」を書き上げました。

ただし、実はいわゆる現在言われている4つの式からなるマックスウェルの電磁方程式は、マックスウェルその人が書き上げたものでなく、ヘヴィサイド(18501925)が、ある意味勝手に、マックスウェルの難解な論文を纏めて、電磁方程式として世に出したものです。

ここに、電磁気学の扱う場も、流体の流れの場と同じく「ベクトル場」であると認識されました。

しかし、電界や磁界は実はベクトル場ではなく、ポテンシャル場で、その場に電荷や電流を置くと力のベクトルを考えることが出来る、と言う仮想のベクトル場です。流れの場のようにベクトル値が場に広がっているのではなく、ポテンシャルが空間に広がっているので、実際は、流れの場と、電磁場には大きな違いがあります。
 
3)ヘルムホルツは、マックスウェルの電磁方程式に心酔した
ヘルムホルツ1821 1894は、マックスウェルと同時代の人で、マックスウェルの方程式に賛同し、自分の弟子のヘルツにマックスウェルの電磁方程式の実験的確証を得るよう要請しています。

マックスウェルが流れの場を類比して作り上げたこの電磁方程式に魅了されたヘルムホルツは、電磁場を流れの場と同じものと考えたことは容易に想像できます。その電磁場は、回転のない発散だけを示す「力線」である電界と、発散のない回転だけを示す磁場からなっており、流れの場も発散だけの成分と回転だけの成分からなっていると考えてもおかしくありません。

しかも、このころ発達した、微分公式のベクトル3重積が、ひとつのベクトルが明らかに発散だけの成分と回転だけの成分からなるとする式もあって、ヘルムヘルツの分解定理ができあがったことが分かります。
 
以上の歴史的背景を纏めると、マックスウェルは、目に見えない混沌とした電界、磁界を目に見え簡単にその姿を見ることができる水の流れなど流体の流れの場と同じように考えて電磁方程式を作り上げました。この方程式の見事さに魅せられて、水のような流体も電磁場と同じように振る舞うと考えると、流れの場は、「発散のみの流れ」と「回転のみの流れ」からなると考えるようになるに至ったのだと思います。
 
そして、その考え方が今に引き継がれて、ヘルムホルツの定理として残っています。
 
しかし、実際には、流れの場は、空間をベクトルそのものが埋め尽くされている場であり、ナビア・ストークスの方程式で示されるとおり、非線形方程式系のベクトル場です。そのベクトル場はポテンシャルが明確に存在すると確認されていないベクトル場です。

確かに渦がない流れには、速度ポテンシャルの存在が、発散のない流れには流線関数(ベクトルポテンシャル)が存在することは、数学的に保証されています。だが、流れが発散も渦(回転)もある流れは、渦があることにより速度ポテンシャルの存在が否定され、発散があることによってベクトルポテンシャルの存在が否定されています。

ヘルムホルツの分解定理を信じる人たちは、流れのベクトルがあると発散の分布も渦(回転)の分布も計算できることで、それらが独立して存在していると勘違いしています。

流れベクトルの中には、渦にも発散にも寄与する成分が存在していて、それらの二つの分布は、互いに独立していなく、ヘルムホルツの分解定理が言うような、独立した「発散だけの成分」と「渦だけの成分」に分解されてはいません。このことは、この定理を用いて等圧面の風を分解し、速度ポテンシャルと流線関数を示していますが、これらの二つの風は互いに独立していなく、直交してい無いことからも分かります。

このことを指摘すると、彼らは、「抽象的な直交性」が保たれて居るので、現実の二つの成分の風が直交して無くても問題ないと言います。「抽象的な直交性とは「発散成分」と「渦(回転)成分」の直交性を言っています。現実の空間で直交して無くて、どこが「直交性が保たれている」のでしょうか。今の気象学者は、数学も物理学も無視して、自分たちの世界で悦にいっています。
 
 一方、電場、磁場は、明確にポテンシャル場が存在しており、そのポテンシャル場に電荷や電流を仮に置くと、力のベクトル場が「考えられる」というもので、流体の流れの場と、電磁気の場は全く異質のベクトル場であることに気づかないままであります。

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