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【バンコク出発の日】
 朝、携帯電話の目覚ましで4時に起きた。昨日は22時30分に寝ていつもは夜中に目が覚めるのだが、目覚ましが鳴るまで寝ていて寝過ぎで逆に眠たい。
 両隣の部屋の人を起こさないように静かに荷物をまとめているとドアがゴンゴンとノックされた。前日4時

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30分にチェックアウトするので保証金を返してくれと言ってあったので、ゲストハウス(以下“GH”)のオヤジは寝ずに待っていたのだろうか、少々機嫌が悪い。保証金の200バーツをチップとして幾らか欲しいらしく、手に握ったまま返金してくれないので『冗談じゃない!』といって保証金全部を取り返した。
 少々早いが4時30分にGHを出てバス停に向かう。夜明け前だというのにほとんどのレストランは開いていて西洋人たちは酒を飲みながら会話をしている。よくもまぁ一晩中話があるものだと感心する。ワシは昔から女房と話す話題が無く、頭の中では『こんな話をしたらどうだろうか?しかしオモローないし…、あんな話をしてもオモローないじゃろーし…』と頭で考えると話せなかった。3時間のドライブをしてもお互いが黙って前を見ている不思議なカップルだった。しかし、西洋人はどんな話をしているのだろうか?会話が上手くなるのであれば、少し彼らの爪の垢でも煎じて飲んでみたいものだ。
 5時に待ち合わせ場所に女性がバスチケットを確認しに来て、『こっちへ来い』と言う。『バスはここに来ると言うとったで。そっちの路地へ入りゃ、道が狭いけぇ、バスは入らんわい』と言うと、女性は『とにかく来りゃエエんじゃ!』と怒って言われた。朝早いので機嫌が悪いのだろうか?とにかく怖い女性だった…。『空港へ行くリムジンバスがこんな狭い路地へ入って来んわい!!』と下を向いてブツブツ言いながらその女性の後を付いて行く。
 指示された場所で待っているとピックアップワゴンがやってきた。『なんじゃ、この車かぁ!20バーツ安いはずじゃ!』と思いながら車へ乗った。以前は150バーツでリムジンバスだったが、今回は130バーツだったのだ。カオサン周辺の宿の数ヶ所で車は泊まり人を乗せていく。空港で搭乗手続きをせにゃいけんのに、間に合うのかとドキドキしたが何とか6時前には空港に着いた。
 搭乗窓口へ行くとビックリするほど混んでいた。約30分並んで手続きをした。飛行機へ預ける荷物は広島まで運んでくれるのかと思ったら成田までだそうだ。税関の審査があるためだろうと理解した。
 しかし、眠たい。頭がボーっとしている。タイのお金もきっちり使っていたのでビールも呑めない。少し早いがC-1ゲートへ行き、リュックからセーターとパーカーを持ってトイレに行き着た。ここタイは夏で暑いが帰る日本は12月の年の瀬で寒いのだ。
 今回の旅行を思い返すとBackpackerの師匠からMissionを言い渡され、広島から成田、成田からタイのバンコク、そしてチェンライとここまでは飛行機で移動。チェンライからチェンコーンまでバス。チェンコーンから国境のメコン川を渡りラオスのフエサイヘ入り、メコン川下りの船に乗りパークベン、そしてルアンパバーンへと向かう。それからバスの旅となり、ルアンパバーンからビエンチャン。そしてベトナムのフエに移動。これは初めての長距離バスで本当にきつかった…。狭い空間に閉じ込められて21時間の移動。フエに着くと観光もせず、泊まりもせず、すぐに次のバスでニャチャンへ移動。途中日本の青年男女と会い、ロシア人の女性と知り合う。ニャチャンへ着くとまたすぐにバス移動でホーチミンへ。ホーチミンで1泊して、カンボジアのシェムアップへ移動。そして最終目的地のタイのバンコク、カオサン通りへと超ハードな旅だった。
 途中、ベトナムへ入るとGHにも泊まらずバスで移動を繰り返していると、今日は何日で何曜日なのか?分からなくなったこともある。街から街へと移動また移動と繰り返したので、頭の中で混乱してしまい、行き先はバスチケットを買うので分かるが、バスに乗っていると昼は明るく夜は暗いとしか意識が無く、いったい何処を通っているのか、何回夜が来たのか分からなくなったこともある。ベトナムはホーチミンしか知らない。しかも怪しい奴らと食堂でたらふく食って呑んで楽しい時間だったが、1箇所しか知らない。もったいない話だが他のベトナムの街は通っただけだ。
 しかし、最初に船とバスの移動で今回は計画通り行けるかどうか自信がなかったが、終わってみると100%計画通りにできたように思う。言葉も通じず、移動手段のバスの乗り方や船の乗り方だって分からない、宿泊する宿も決まっていないし、国境の越え方も分からないまま、人の身振り手振り、またワシのジェスチャーや言葉のニュアンスでお互いが最低限のコミュニケーションで旅ができたのだ。Impossibleと思われた旅をやり遂げられた充実感はある。
 今回の旅は計画通り、100点満点の上々の出来ではなかったろうか…。
本日の移動距離、バンコクから成田、広島までの飛行距離 約5333km
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【移動距離と時間】  
スローボートの移動   約 170km  14時間30分
長距離バスの移動   約 3,313km  86時間30分
飛行機の移動 約11,333km 16時間
合計                   約 14,816km  117時間 
【使用した金額】
 広島からタイへの往復飛行機代 83,230円
 (諸経費含む)
 バンコクからチェンライ飛行機代 7,575円
 (諸経費含む)
 交通費・飲食費・土産代 52,000円
 (ビール代合計金額不明…食事代より多いかも…いえ、そうでも無いと思うけど…含む) 
合計使用金額 142,805円
今回の『行けるまで行ったらんかい!』の罰ゲームの旅…ToughでDirtyなMission Impossibleの旅は無事終わりました。

【終わりにひと言、言わせてつか―さい】
 ワシがこの拙く下品な旅行記を書こうと思うたんは、近頃の若いモンは一生懸命生きとるモンもおるじゃろうけど、ワシの眼からすりゃまだまだケツが青いんよ。何をするんも受け身で、手に持っとる携帯電話や情報端末で情報過多になり、その情報だけで正否を判断しとる気がして『こりゃ、いけん』と思うたんじゃ。
 目の前にある物が『熱いか冷たいか、触ってみにゃ分からんじゃろ?』と言いたいんよ。
 ヘレンケラーさんもサリバンさんにそういう教育をされて偉ろうなったそうじゃけぇ。何でも若い時ゃ、経験せにゃイケンと思うんじゃ。この拙く下品な旅行記じゃが、ホンマは若いモンに読んでもらいたいと思うとるんじゃが、何かの縁があってこうして広島経済大学CP通信に載させてもろーたが、若いモンは今からの日本を背負って立つ人間じゃけぇ、声を大に『やらずして語るな!』と訴え、終わりにしたい…んじゃ。
 長い連載で申し訳ありませんでした。ありがとうございました。
おわり
【明日は我が家】
 何故か目覚めが早い。今日も3時半、4時半、5時半と目が覚める。明日、日本へ帰る時に4時に起きることができればよいのだが…と不安になる。明日寝坊していては今までの苦労が台無しになる。
 日中の散歩は暑いので7時半ごろから近辺を散歩する。以前通った道や街を確認しながら、もし今度ここへ来たら何処のゲストハウス(以下“GH”)へ泊まろうかと見て回った。というのは今回泊まったGHの玄関がBarになっていて、全然くつろげないのだ。日中、暇なときにGHの前に椅子を出して日向ぼっこもできないのだ。他のGHは表でくつろげるところが多い。
 また夏からのタイ大洪水も気になり、船の発着場も見たいと思い行ってみた。川の水は見た目多く感じたが、洪水だと言っていた割にはそのような感じが少なかったのは、カオサン近辺はあまり被害がなかったのか?十数年前に会社の倉庫が水害に遭い壁に水の通った線が付くが、見落としたのかカオサン地区では気が付かなかった。


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 川岸を歩いていると電話が急に鳴り出した。メールかと思ったが電話だった。幼稚園、小学校時代兄弟のようにしていた友人…いや寝食を共にした幼稚園の先生の息子ノムラヨシオ君からだった。電話に出ようかどうしようか悩んだが出なかった。今回の旅では携帯電話を使用しないと決めていたからだ。電源はほとんど切っていたが、ときどき音楽を聴いたり目覚ましに使ったりして電源を入れたりしていたら、NTT関係からメールが2つ必ず入ってきて困った。内容は『海外パケ放題は契約されていません。業者は○○です』という連絡。1日ごとの精算ということだから、ワシが何処の居るのか分かっているのなら自動的に海外パケ放題にしてくれれば良いものを!お客さんの気持ちになっていないNTTだ。家庭の電話機を設置するときも、10万円債権を買わされたのに、今じゃ取られ損だ。NTTと言う会社は詐欺師もいいところだ

『拝啓、ノムラ ヨシオ様』
 お元気でいらっしゃいますでしょうか。と言っても私が出した絵葉書を見て海外にいることを知って電話してこられたのだから、きっと元気なのでしょうね。
 先ほどは、せっかく携帯電話に電話をお掛け頂いたにも関わらず、電話に出なくて申し訳ありませんでした。
 今回の旅行では、電話、携帯のメールを一切使わないと思い日本を出ました。電話が鳴り、貴方の名前が表示された時には一瞬出ようと思ったのですが、明日の8時には飛行機に乗って帰りますし、今電話に出れば今まで携帯電話を使用することを我慢していたことがフイになると思い心を鬼にしました。 日本に帰ったら必ず電話してお詫びしますので、このご無礼をお許しください。
 また、貴方のお父様は、お元気でいらっしゃいますでしょうか。お元気でいらっしゃるなら、3人で塾の同窓会でもしたいですね。
 以前、お宅へ突然お邪魔しましたときには、お母様もお元気でお話することもできましたが、今は亡くなられたのかと思うと、何故早くお伺いして4人でビールかお酒で…貴方はウイスキーかな?昔の思い出に花を咲かせたかったと後悔しています。
 余談ですが、私の息子と娘には、一切塾には通わせませんでした。幼稚園、小学校は外で友達と遊べ、中学、高校はクラブをした方がよい。大学選びは『今、現在自分が何をしたいのかで大学を決めろ。友達が行くから自分も行く…では大学は行かせない。将来でなくても良いから、今現在、何か取り組んでみたい、やりたいと思う大学を選べ』と言ってきました。
 やはり、私が幼稚園時代に貴方の家であなたと合宿して勉強した辛い思い出がトラウマになっていたのです。何故、幼稚園児の私が家族から離れ、幼稚園の先生の家で合宿をしなければならないのか、と言うことがあったせいだと思います。私の思いが通じなかったのか、進むべき道が見えなかったのか、息子は2浪し、やりたいことを見つけ、日本史や古墳発掘などの史学がやりたいとその道の大学へ行きました。娘は高3の時から自分のやりたいことを見つけており、外国語大学へ行きスペイン語学科へ。スペインへフラメンコ留学して、フラメンコに人生を掛けようとしています。すみません、長い余談でした。
敬具
12.2011 カオサン通り近くで
Packer Takaより 

 9時から両替所が開くので前日のレートが両替所に貼り出してあるのを確認して歩き、レートの良い両替所をチェック。両替所ごとに若干のレートが違うのだ。9時になった時に1バーツ2.55円という両替所あったので3,000円ほど両替えしてもらい1175.40バーツ手に入れ、早速マッサージへ行った。昨日マッサージしてくれた人がいたのでお願いしたが、2日続けてのマッサージは体にこたえるのか、マッサージを受けている時も、終わった今も体が痛い。結局この日のマッサージ計画は3回を予定していたが、体が重く、痛いので(モミ疲れ)残念だが、朝と昼からの2回にした。
 カオサン通りをウインドウショッピングと言ってもウインドウは無いが、ディーゼルのGパンが3000円弱で売っていた。ディーゼルと言うものがどんなメーカーか知らないが、店員に『リーバイスは無いの?』って聞いたら『ディーゼルだけだ』と言われた。ディーゼルのGパンがどれくらいするのかは知らないが、ユニクロのGパンが3990円で売っているので、1000円も安くGパンが買えると思い買って帰ることにした。


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 昼飯は出来るだけ観光客の居ない所で食べようとカオサン通り地区から離れたが食べたいような店は無かった。しばらく歩いていると大きな吊り橋まで歩いていた。こんな機会はないと思い、大きな吊り橋を歩いて渡ってみた。道路には片側3車線で合計6車線。歩道は広いけど暑いせいか、徒歩で渡っている人はいない。遠くからこの橋を見ても大きく見える。実際に渡ってみると本当に大きな橋で渡っていると暑さで気分が悪くなるくらい長い橋だった。
 入ってみようと思うような食堂が無く、カオサン通りに戻り、焼きそばを屋台で買い、コンビニでビールを買って道端で食べた。日本では考えられない食べ方だ。そして朝から気になっていた絵葉書を職場の仲間にお土産に買い、女房にも絵葉書を買ってその場で書いてポストへ投函した。
 今日一日時間がたっぷりあるので、一旦GHに戻り、電子辞書を駆使してシドニーのRoz & Petarと、ローマ娘のMaraにカタコトの英文を書いて絵葉書を投函した。
 そしてまた両替をして、Gパンを買いに行った。朝行った店の隣の方が最初の値札が安かったので、その店で価格交渉をすることにした。
価格は850バーツ、朝行った隣の店は950バーツ。『2本買うから幾ら?』と聞くと女性の店員が『他の店では950バーツ×2本=1,900バーツ、うちでは850バーツ×2本=1,700バーツ。いったい幾らにすればいいの?』って言われたので『1,700バーツ×2×0.85=1,445バーツなので1,500バーツでは?』というと『1,600バーツ』と返ってきた。『No!』と言うと『1575バーツ』もう一声と『1,550バーツ』と言うと、手打ちになった。結局、女性店員の落としどころで決まったという感じで商売上手な女性だったが、気持ちの良い商談だった。


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 しかし、ディーゼルのGパンが1バーツ3円換算で1本2,325円、先ほど両替をしたレートは2.55円だから1,976円でユニクロより面白いGパンが買えたということだ。これは面白い。リュックが一杯なのでこれ以上は買えないことが残念だった。
 本日の移動距離 徒歩○km
【バンコク、カオサンへ移動】


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 真夜中、何人かの人がドミトリー(大部屋)に戻ってきて目が覚めた。しばらくして彼らは寝たのはいいが、そのうちの一人ひどいイビキで寝られなかった。呼吸の往復に拡声機を付けたジャンボジェット機のような轟音で、ワシの職場にも豪傑がいるがこの男には敵うまい。ワシは半世紀ちょっとこの世で生きてきたがこんな凄いイビキを未だ聞いたことがない。
 また日本の100円ショップで蚊取り線香を買って来たのだが、燃え尽きたことはなく、今朝も蚊達に朝食をご馳走してしまった。痒くて眠れなかったので気休めのつもりで昨日買った蚊帳を掛け布団のようにして寝たが効果はなかった。当然だが、蚊帳は張っているから効果があるのであって、直接肌にネットが当たっていると蚊は難なくワシの身体から朝食を食すのだ。
 6時に起き上がり今日はタイのバンコクへ移動なので、荷造りをして部屋の主のようなハットリさん、ルームメイトの韓国の人、タケオGHの主のようなシンタニさん、愛想の良い韓国の青年と一緒に写真を撮らせてもらった。
 昨日、地球の歩き方(以下“本”)を貸した青年から本を受け取り、GHに保証金として預けていた20ドルでカオサンまでのバス代9ドル(以前は8ドルだった)と朝食代1ドルを精算し、お釣りを10ドル受け取った。
 バスのPickup直前に朝食が来たので急いで食べ、トゥクトゥクで移動しバスを待った。8時40分バスはスタートした。シェムリアップでは少々ビールを飲みすぎた感はあるが、昨日は本当にゆっくりできてよかった。昼までに生ビール5杯、アプサラ踊りで大びん1本、GHに戻りピッチャー1杯(ジョッキ3〜4杯分)飲んだ。自分でも呆れるくらい飲んだ。
 大型バスに乗り替える前に大変なことになってしまった。タケオGHでバスチケットを受け取っていなかったので、バスに乗る時にちょっとしたトラブルがあったのだ。『チケットを見せろ』『いや無い』『どうして?』『チケットを渡されなかった。タケオGHに聞いてくれ』とバスに乗り込んだ。ここではこれで何とかなったものの、途中、国境の手前にあるバスターミナルで最終目的地へ乗客を振り分けられるときに、またバスチケットが必要となった。同じバスに乗っている人たちはプーケット、パタヤ、カオサン通り等に目的地によって振り分けられていくのに、ワシだけ取り残されている。英語は出来ないが片言の英語と身振り手振りで説明する。最悪の場合、ここに取り残されるのでワシも必死だった。
 バスの関係者に片っ端から身振り手振りで説明する、それをしなければチケットを持っていないのだから、ここから先へは移動できないのだ。
なんか、いつもワシは間が悪いのだ。何の確認もせず動いてしまうからと思う。タケオGHでバス代を支払ったら、チケットを受け取るのは当然だが、GHに預けていた保証金と相殺したので気にならなかったと言うこともあるが…。まぁ、何とかなるだろう。しかし30日の朝までには何とかバンコクに着かなきゃならない。何とか片言の英語で、広島弁も混ぜて係の人に訴えた。少し待てと言われたが待てど対応が無い。『お金は払った』『チケットをくれなかった』『タケオGHで』と、最終的には行き先を仕分ける赤いテープを胸に貼ってくれて一安心した。



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 しばらくすると国境。カンボジア出国事務所も、タイ入国事務所も人が一杯で列に並んでも動かなく、暑くて汗が噴き出ていた。国境を通過すると乗って来たカンボジアの大型バスからタイ側のワンボックスのようなバスに乗り替え食堂に移動する。そこの食堂で昼食を食べながらカオサン通り行きのバスを待つのだ。最初は何故ここで待たなければならないのか、またここで昼食を食べても食べなくても良いのだが、強制的に食堂へ寄らされるという行為自体が気に入らなかったが、バスを待つための時間つぶしと考えれば何ともない。
 ワシは焼きそばと久しぶりのBeer Changを注文。『Beer chang元気だったか?』とワシは目を細める。
 メニューを見るとタイバーツで書いてあるのでラオスのキープやベトナムのドンと数字が2桁違い、何故か安く感じた。ラオス、ベトナム、カンボジア、特にラオスとベトナムは通貨の価値が低いために○万ドン、○万キープ、○千リエルだから感覚がおかしくなりそうだった。タイは分かり易く焼きそば50バーツ×3円=150円、Beer Chang缶40バーツ120円だ。何ら問題なく3円を掛けると計算できるし、物価が安く感じる。
 バンコクへ入った直後、夕方の時間帯だけに大渋滞。2〜3mづつしか動かないく、それが1時間以上続くと自然渋滞だったのか渋滞は終了。この自然渋滞というものがワシには理解しにくいのだ。 カオサン通りの手前に着いたのが19時20分頃だ。通行人へ『カオサン通りは何処』と聞くと2筋通りの向こうだと言われ、何となく記憶があるので歩いて行った。 泊まるGHを探す前に、帰りの空港までのバスチケットを買いに行ったら、以前あったチケット売場が使用されておらず廃屋になっていて、仕方ないのでGHに行こうとすると『Air Port Bas Ticket』と書いた看板が目に入り、そこで『チケットは買えるの?』聞くと飛行機の時間を聞かれ『8:00AM』と言うと『5:00AMのバスだ』と言われそのチケットを買った。バスの発着もここからだと言われた。 カオサン通りを歩きながら、セブンイレブンでBeer Changを買おうと思ったら無かったので買わずに店を出た。泊まる予定のGHへ向かったらGHの玄関の雰囲気が変わってBarになっていた。嫌な雰囲気だったので2軒隣のGHのおばさんに『ATゲストハウスは何処?』と聞くと2軒隣りと言った。間違いないのだが、またBarのあるGHへ行き『オーナーが代わったのか?』と聞くと『そうだ、俺がオーナーだ』と言ったので、玄関先にBarがあり雰囲気がよくないと思い、2軒隣のGHへ戻り『泊まる部屋はあるか?』と聞くと『部屋はない。一杯だ』と言われ、またBarのあるGHへ戻って仕方なくそこに決めた。1泊150バーツ(450円)と以前と同じ価格で同じ部屋だった。2泊分の料金を払い、保証金200バーツも預けた。
 一旦荷物を部屋に置き、腹が減っていたので外へ出た。3年(2年?)来なければ通りの雰囲気というか店が違った処が多い。まずセブンイレブンでBeer Changが無いのでびっくりした。一番安いBeer Leo大瓶1本を買い、店先でグビッと1本飲み干し、それから通りを一通り歩いて今回の旅の疲れを取るためにタイ式マッサージ屋へ行った。
 いやぁ〜、バス旅行の最後でこんな贅沢なマッサージがあるのかと思うくらい最高の気分だった。価格は1時間で180バーツ(540円)だ。日本でマッサージを受けると10倍だ。明日も今回の旅行『行けるだけ、行ったらんかい!!罰ゲームの旅』をやり遂げたということで、自分自身のご褒美として1日3回のマッサージを予定している。他に予定はないから…しかし、気分は最高やね!
 マッサージが終わり、今日はGHでゆっくりとBeerを呑んで食事をしようと思い、屋台で焼きそばと春巻(メチャクチャ美味い)を買い、またセブンイレブンでBeerを2本買い、現在夕食を食べながら日記を書いている。
シェムリアップからバンコクへのバス移動 約453km


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【シェムリアップ2日目】
 蚊に刺され痒くて眠れず、また朝方は寒くて目が覚める。今は5時過ぎだ。少し早いので、同室の人も起きないしウトウトしていたら、6時過ぎから同室の人がゴソゴソしだした。隣のベッドの部屋の主のようなオジサンは、向隣の青年と昨日はどうしたのか、今日はどうするのかと予定を聞いていた。部屋の主のようなオジサンはベッドの上に蚊帳を吊っている。何処で調達したのかと思い、朝の挨拶をした後聞いてみたら、オールドマーケットに3ドルで売っていると教えてくれた。『品名は何と言って買ったの?』と聞くと『モスキートネットと言えば買える』とのこと。後でオールドマーケットに行ってみようと思う。3ドルで蚊帳が買えるらしい。たったの3ドルだ。夏になると庭にボンボンベットを出してビールを飲むのだが、この夏は蚊帳を張る。いいじゃないか!!



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 朝食を食べにゲストハウス(以下“GH”)の食堂へ行き、朝食を注文して席に着いたがなかなか朝飯が来ない。かなりの時間が過ぎたので『まだ?』と聞いたら『パンが無いのでできない』と言われた。他に焼飯でも食べろと言うので、朝から焼飯か?と思いつつ仕方ないので注文した。これも国民性の違いか、日本では品切れをすると注文した相手に何か別なものを…と伺いをたてる。
 先ほど蚊帳の話をしたオジサンがいたので会釈をすると『ここに座ってもいいよ』と言うので座り、現代の若者の事や仕事の事など色々と話をしながら朝食を食べ、モスキートネットを買いにオールドマーケットの行くと言って別れた。
 歩いてオールッドマーケットに行き、一通りマーケット内の店を見たが他にほしいものはなく、雑貨店でモスキートネットを値切り、少し大き目な方を4ドルで買った。320円だ。その後、昼間アンコールビールの生が中ジョッキ0.5ドルで飲めるという情報を聞いていたので、オールドマーケットに隣接しているBar Streetへ行った。中ジョッキ1杯40円だ!もう天国!!GHで借りてきた本を読みながら、ゆったりとした時間を過ごす。「お兄さん、ビールお代わり!」



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 汗をかきながら呑むビールは最高に旨いのだ。と言っても値段が最高なのだが。ワシ自身、基本的には日本のビアガーデンは蒸し暑いから嫌いなのだ。夏はクーラーの効いた涼しいところでビールは飲むものだと思っている。以前、京都の後輩から祇園祭に来いと言われ、夏の京都の先斗町の鴨川に張出す『床』と言うものを経験させてもらったことがあるが、5分も経たないうちにビールはぬく―なるわ、身体から汗は噴き出るわで「ビールがぬくーなるけぇ、クーラーの効いとる部屋に代えてくれや」と言うと「祇園祭りでこの『床』を予約するのにどれだけ苦労したか!2〜3ヶ月前から予約するんですよ」って怒ったような、情けない顔の後輩に「ワシャ、『床』でビールを呑みたいと頼んだ覚えはないわ!!ビールがすぐにぬくーなるじゃろ!キョートの人らは風情と言うがワシャ、アツゥーて敵わんわい」とムゲに言ったことがある。
 ここ、カンボジアではカラッとした暑さなので問題ない。また価格が暑さまで吹き飛ばしてくれる。何とっても1/10の価格なのだ。しつこいようだが、10杯飲んでも日本の1杯分の価格なのだ。お金の心配は要らないのだ。少々小腹がすいたので焼きそばを注文して、結局生ビールは5杯で勘定は4.25ドルだったので、キッチリ言うと340円だ。お釣りが合っているか分からないが、5ドル払うと1,000リエル(カンボジアの通貨)戻ってきた。
 ほろ酔いのイイ気持ちで、またオールドマーケットに行ってみたが、Tシャツなどお土産物しかなかったのでGHへ戻った。
 ドミトリー(大部屋)の部屋の主のようなオジサンと夕方まで話をして、洗濯、シャワーを浴びてさっぱりした。昨日GHに着いた時にアプサラ踊りを鑑賞する予約を入れていたので、GHに18時30分迎えが来るようになっていた。以前シェムリアップに来た時は、アプサラ踊りを観に行こうと思いつつ、宿泊客から一緒に中華料理を食べに行こうと誘われ、すっかり忘れて食事に行きアプサラ踊りを観ることができなかったので、今回はGHに着くとすぐにタイのバンコク、カオサン通りまでのバス予約とアプサラ踊りの予約を入れておいたのだ。段取りがいい!!
 トゥクトゥクに乗り、近くの会場まで行くと、食事はバイキングで食べ放題、ビールは飲んだだけ支払うが、安いビールを飲んでいるのでここでビールを飲むと何故か1本で酔ってしまった。料理の種類はたくさんあった。麺類、焼き鳥、スープ、カンボジア料理、デザート、フルーツなどなど。踊りを観ながら、バイキングを食べて10ドルだ。これも安い。プレートを3つとドンブリ1つ取り、春巻、生春巻、フォー、焼き鳥、サラダでビール腹なのか、腹いっぱいになるなんて残念で仕方なかった。味は美味しいが、これ以上は胃袋に入らない。
 アプサラ踊りはアンコールワットに描いてある女性の踊りを再現したものだったと記憶しているが、果たして正解かどうかわからない。
 このシェムリアップは蚊が多い。寝ているときも、今こうしてアプサラ踊りを観ている最中にもたくさん蚊に刺された。プノンペンで友美さんに虫除けスプレーとかゆみ止めをプレゼントしたことが恨めしい。以前バンコクとシェムリアップを旅した時に蚊に刺された記憶がないので彼女にプレゼントしたのだが、こんなに蚊が要るとは完全に忘れていた。
 昨日、GHにワシとタッチの差で泊まれなかった専門学生と話をしたのだが、夕食を食べながら話していると就職試験を受けた企業は70社という。今決まった会社は、すでに採用が終了しており、すごく気になる企業だったので直筆で自分がどれだけその企業に興味を持っているかを綴ったそうだ。するとその企業の社長から一度会ってみたいとの連絡があり、試験をしてくれて内定が決まったそうだ。
 アプサラ踊りが始まった。最初に出たのは民芸風、次にアプサラ踊り、民芸風と続く。民芸風は日本でもネパールでも、このカンボジアでも収穫の喜びというものを表現している。カンボジアのそれは喜劇的な芝居のようだ。


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 アプサラ踊りが終わり、観客がステージに上がって写真を撮っていたので、ワシも上がり写真を撮らせてもらった。そしてGHまで歩いて戻り、また食堂で生ビールのピッチャーを注文し、浅田次郎の小説を読んだ。今朝、青年に貸した地球の歩き方の本が戻ってこない。明日、バンコクへ出発なのでそれまでには返してもらわないと。親切が仇になる。
本日の移動距離 シェムリアップ徒歩○km
【ホーチミンを出発】
 23時30分ゲストハウス(以下“GH”)でPickupしてもらい、と言っても集合場所まで歩いて移動だったが、そこへ着くと名前とパスポート番号、国籍等を書かされ、カンボジアの入出国カードを渡されて記入した。ワシはカンボジアのビザを日本で取得していたので、ビザ申請の用紙記入とお金は支払わないで済んだ。
 夜中の0時30分過ぎバスは出発。よし寝るぞ!という気迫が勝りすぎたのか、全く寝れなかった。脳みそはボーッとしているのだが、色々な事が頭の中で巡っている。昨日のバイクタクシーのチュさんの事、これまでの旅の事、今までの人生…など色々…。
 午前4時か、時間は分からなかったがバスは国境に着き事務所が開くのを待つ。6時ごろバスが動き出しベトナムの出国手続きをするため入出国管理事務所へ。そしてまたバスに乗り移動しカンボジアの入出国管理事務所へ。ここでは指紋を親指から小指まで5本×左右=10本全て取られカンボジア入国へ。 
 このバスでビックリしたのは、以前ベトナムのフエからホイアンまでバスで一緒だった友美さんと一緒だったことだ。ホイアンで別れたきり、彼女の写真を撮っていなかったのを悔やんでいたが、国境で彼女の写真を撮ることができた。

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 彼女が言うには、バスに乗る前に名前、パスポートナンバー、国籍を書いたときに友美さんはワシがいることに気付いたそうだ。当然ワシは先に記入していたので気が付かなかったが、ベトナム出国の事務所で会い本当にビックリした。バスに乗り、彼女はあと3ヶ月も旅行しなければならないので、読み終わった本や、虫除けやかゆみ止めを持っていないのでプレゼントした。彼女はプノンペンに宿泊するそうだ。
 バスは国境を越えるとすぐに朝食をとるために食堂の前で止まった。25分の休憩後バスは再び走り出した。その後、街の名前は分からないがバスに乗客が乗ったままフェリーに乗り河を渡る場面があり、ワシをわくわくさせた。しかし大きな河だ。
 何とかバスはプノンペンの北部あたりまでで停車した。どうしてバスは停車したのだろうかと思っていると、全員がバスから降りだした。プノンペンで降りる者、またバスを乗り換える者が降りているのか、何のことやら分からないままバスに乗っていると、どうやら乗ってきたバスはここが終点で他のバスに乗り換えらしい。
 バスを降りて、乗って来たバスのチケットをチケット売り場のカウンターへ差し出すと、これから乗るシェムリアップ行きのバスのチケットに代えてくれた。友美さんとはここでお別れだ。友美さんが地図を見ながら泊まるGHの場所を確認すると歩いて行けそうにないので、トゥクトゥク(バイクで引っ張る乗り物)の値段交渉を3ドルから2ドルへ値切って別れた。元気であと3ヶ月旅行を続けてほしいものだ。
 【後日談】友美さんが帰国してメールが来た。(以下『』内、友美さんのメール文を引用しました)
 『プノンペンでは、トゥクトゥクに乗って100mほど進んだところでドライバーのおじさんが「実は僕は行き方がわからないんだ、あっちに乗りなおしてくれ」と言い別のトゥクトゥクを勧められました。ので、頭にきてそれを断り、結局歩いて宿まで行きました(笑)。その頃の経験から強く主張することを覚えたのが役に立ってその後も順調に旅を続け、先週無事に日本に帰ってきました。』
 彼女はその後、南米も回ったそうだ。やはり、経験を積むごとに人間は強く、賢くなるんだね。しかし、トルコ共和国に行くとは言っていたが南米まで行くとは…日本の若者よ!同じ世代の女性も頑張っている。君たちも大いに世界に羽ばたけ!!


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 バス出発時間12時30分だが12時には集合してくれと言われた。1時間くらいあったので昼食を食べることにした。都合よく、隣にレストランがあったので入った。ウエイトレスの女性に一番おいし物は?と聞くと「シーフードの焼きそば」と言うので「それ高いんじゃないの??」と言うと意外と安価だったので、それとカンボジアのビールのアンコールビールの生ジョッキがあったので注文した。気温は暑いし、ジョッキに入った生ビールは非常に美味い。シーフード焼きそばは美味いし気分最高となり、バスに乗って小便が気になったが2杯飲んでしまった。
 バスに12時に乗ると30分経っても出発しない。13時30分頃ようやく出発。以前泊まったことのあるシェムリアップの“タケオGH”に夕方には着きたいが、これでは明るいうちに到着できそうにない。暗くなると以前来た街でもよくわからなくなるので、明るいうちに着きたいが着きそうもない。またタケオGHに泊まれれば良いのだが、年末だから宿泊客は多いだろうなぁ。
 今回の旅行は、あとシェムリアップ2日間、タイのバンコク2日間で旅が終わる。この4日間はタフな旅行を忘れてビール三昧といきたい。
 14時30分頃、トイレ休憩。これが長い。30分は経っているが出発する気はない。全く時間の観念が無い。いったい何時になったら着くのか分からないのでイライラする。今始まったことではないが…。
 トイレ休憩の時、小便をしようかと思って便器の前に立つとヤモリがいたので、隣の便器に移動したら、そのイモリがワシの便器へ移動してきた。以前では目を合わすだけで怖かったが、今はヤモリと眼(ガン)の付け合いができるようになった。
 16時45分、また休憩。同乗している乗客にシェムリアップまであとどのくらいの時間がかかるのかと聞くと、プノンペンからシェムリアップまで6時間だから、今半分くらいだよ。着くのは19時だろうと言われてビックリだ。ホーチミンのGHの話では14時か15時には着くはずだが、ベトナム人の時間観念だからなぁ〜。仕方なく諦めることにした。
 乗客の言ってたとおり、19時シェムリアップのバスターミナルに着いた。バスターミナルは相当な街外れだった。明るいうちに着き、最悪でも歩いてタケオGHまで行けるとタカをくくっていたが、無理だ。ここが何処なのか?位置も方向も分からない。
 トゥクトゥクの運転手に「タケオGHまで幾ら?」と値段交渉すると、運転手は『3ドル』と言うが、『3ドルでは乗らない、2ドルにすれば乗る。でなきゃ歩く。』と言ってハッタリをかまして歩き出すと、追いかけて来て『2ドル』で値段交渉が成立した。
 トゥクトゥクがタケオGHに着くか心配をしたが、街に入るとタケオGHまでの道順を覚えていたので、『ここは真直ぐ』、『そこを左へ曲がれ』と指図するとタケオGHに着いた。
 到着するとGHの前の駐車場が満杯で嫌な(満室)予感。GHのオーナーを探し、泊まりたいことを告げると、今日は部屋が一杯で、ドミトリー(相部屋)ならあると言う。すぐにドミトリーでOKをした。生まれて初めてのドミトリーだ。1泊2ドル、160円だ。嬉しくなる。部屋に案内されて入るとベッドが10〜12台、『シャワーがあると聞いたのですが』と同室の人に聞くと、『この建物にはシャワーが無いので、便所にある水槽の水を桶ですくい身体を洗う』そうだ。エッ便所で?と思ったが、同室の人から『冷たくて気持ちがいいですよ。』便所にある水槽だから気持ちが悪いのだと思いはあったが、何事も経験だ。荷造りを解き、シャツ、パンツをまず洗濯して、シャワーの代わりに水槽の水を浴びると本当に気持ちが良かった。日本人としては便所に水槽(共同だから風呂としては使えない)と言う感覚は少し苦手だが、今回の旅行で多少気にならないようになった。
 水を浴び、頭を洗い、身体も洗い。シャワーより気持ちよくリフレッシュできた。玄関口のある食堂へ行き、まず生ビールのピッチャーを3ドルとシーフード焼飯を注文。くつろいでいるとGHの人が部屋を移動してくれというので、旧館から新館へと移動した。ここにはシャワーが付いていた。
 今日のバスの移動は、GHのお客に聞いても時間が掛り過ぎだと言われた。今、隣にいる青年は『今朝ホーチミンを出てワシと同じくらいの時間にシェムリアップに着いた』そうだ。ワシの遅れた6時間は何処へ行ったのか?
 ホーチミンからシェムリアップまでのバスの移動距離 約475km
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