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【ホーチミン観光】
 昨日、夜中の0時過ぎてベッドに入ったが、外の明かりと騒音で寝付かれなかったわりには4時5時と目が覚めたが、今夜23時30分までどこかでウロウロしていなければならないので、体力を温存するため目を閉じていた。
8時前にGHを出て市場へ行こうと歩いていたら、後ろからバイクタクシーが近づいて来て日本語で話しかけてきた。最初は胡散臭い男だと思い相手にしなかったが、考えてみれば今回の旅行で観光らしいことをしたことがないのと、本に載っている市場は観光客慣れして相場が高いというので、この男“チュさん”に案内してもらうことにした。地元の人が行く市場に連れて行ってもらい、女房と娘のアオザイを別注した。よいデザインがないので、日本で着やすいワンピースのようなデザインにしたが、果たして着てくれるかどうか…1着70ドルもした。昨日ワシの頭の中で考えていた価格と20ドルも高く、デザインと生地が悪い。良くなければ買わなけりゃいいのに、何故か買ってしまった。男が着る半袖の上着も息子とワシの2枚買った。これも50ドルと高い。観光客が行く市場だと4倍はすると言っていたが、実際に見てないのでわからない。途中どうして買ったのかは自分でも分からないが、ベトナムのコーヒー豆も45ドルで1キロ買ってしまった。


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 11時前にGHに戻り、シャワーを浴びてGHのチェックアウトを済ませ、またバイクタクシーのチュさんとビールを飲もうと出かけた。
 チュさんの友達の食堂へ行き、ビールを飲んだ。なぜベトナムへきてハイネケンを飲まなければならないのかと思ったが、チュさん曰く、これが一番おいしいとのこと。しばらくするとチュさんの友達が2人来て仲間になって飲んだ。ハイネケンの小瓶80本くらい空いただろうか。途中精算するといって50ドル払わされた。
 これまであまり深く考えなかったが、アオザイやシャツ、それに食堂での支払い、ベトナムの相場じゃないね。完全に騙されている。50ドルといえばベトナムのドンで1,025,000ドンだ。完全にベトナム人のチュさんにやられてしまった。
 後で反省したことだが、やはり騙された大きな原因は、値段交渉をあらかじめして『ここまでは○○ドン(またはドル)。これからは何処へ何しに行くのか?』と価値を決めないとだめだ。ワシのホーチミンでの観光はチュさんにやられた・・・。しかし、ビールを飲んで現地の人とベトナム語と広島弁で大いに話をした時は楽しかったし、日本で飲むより安いので『死んだ子供の齢は数えまい』(意味:済んでしまったことはどうしようもないので悔やまない)と思った。
 ところで、ベトナムでみんなと飲むときには勝手に一人飲んではいけないらしい。飲む前には全員で『乾杯』せねばならないのだ。勝手に飲むと、周りの人と喧嘩になるそうだ。これは面倒だった。ワシが飲むたび、人が飲むたび乾杯するのだから…。


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 昼の12時すぎ酔っているからか、気温が上昇してきたせいか、さすがに暑くなってきた。
 今日は良い天気だ。ニャチャンでこの天候だったら1泊するつもりだったが、ここでこうして飲んでいるのも悪くはない。バスの出発まで時間はたっぷりあるのだ。
ベトナムの乾杯は Mo’tマウ(1)Haiカイ(2)Baバー(3)Zo リョー(乾杯)》というらしい。チュさんに騙されたとはいえ、ベトナム料理をつまみながら、ビールを飲む。本当に最高に楽しい時間だった。日本を出発してから今までこんなに笑って楽しいことは無かったから、こんな気持ちになれたのかもしれないが、人間同士、国、肌の色、民族、部族が違っていようが、我ら地球人なのだ。笑って話しをして酒を飲み、肩を組んでまた笑う。争いなんかそこには生まれるはずがない。我ら地球民族なのだ。
 しかし、良く飲むなぁ〜コイツ等。チュさんが酔った勢いでオッ○イバブヘ行こうと言いだした。ワシは興味がないというと、怒りだす。怒るはずだよね、チュさんはワシにお金を払ってもらおうとしているのだから。だが、『日本でも行ったことが無いのに、何でこのベトナムまで来て『オッ○イパブ』に行かにゃいねんのや!』と怒ってやったら、しょんぼりとしているチュさんは、相当なスケベなのだ。『こら!このドスケベ!!』とまた怒鳴ってやったら、自分で『チュさんはスケベ』と言っていた。
 ワシも男だから嫌いではないが、日本人は太平洋戦争でアジアの国々の人達にひどいことをしてきたという事実と、日本は敗戦国でありながらアジア各国の人を小馬鹿にしたような態度を取り、またベトナム戦争でベトナムの人々は資本主義と共産主義の思想に巻き込まれ辛酸を舐めてきたなどを考えるとワシはそんな気にはなれないのだ。
 夕方、別注したアオザイを取りに行き、見てみると全く注文したものと違う。70ドル×2着=140ドル捨てたようなものだ。
GHまでチュさんに送ってもらい、ガイド料の精算をした。120ドルと法外な料金を言ってきたが、ガイドを頼む前と昼からビールを飲む前にいったん精算して、ビールを飲まなかったことと、このエロジジイどうしてもオッ○イパブへ行きたいのかと思って120ドル払ってやった。
 お金を使わない旅行が、ここホーチミンへ来て持ってきたドルを半分一日で使ってしまった。バックパッカーの旅行なので、お金は最小限の使用にとどめたい。反省しきり…しかし、久しぶりに沢山の人達と美味しいビールを飲め、大いに語り合い、大いに笑い楽しい時間を過ごせたと思っている。
現在の持ち合わせ金額は
・タイバーツ 1,120バーツ(3360円)
・ドル 234ドル (80円計算で18720円)
・日本円  18,000円
合計40,080円
これで何とか明日から30日までの出発までしのがねばならない。
 GHのフロントで時間を過ごしていると、GHの隣の店でnorth faceのゴアテックスのジャンバーが35ドル(2,800円)、またnorth faceのリュックサックが11ドル(880円)、安いと思って所持金が少ないのに買ってしまった。
 ホーチミンでは、女房、息子、娘の土産は買えたし、ベトナムの現地の人と楽しくビールは飲めたし、チュさんに散々お金を使わされたけど楽しかった。
 旅の目的でもある現地の人と楽しく酒を呑みたいと言う目的はベトナムのホーチミンでようやく叶った。しかし、今まで回ったタイ、ラオスと人間性を比べればベトナム人は華僑の中国系の人が多い為か、油断も隙もない気がする。もう2度とベトナムには来たいとは思わない。
 しかし、喉元過ぎれば何とやらで、またリュックを担ぎBackpackerの旅をするのだろうが・・・。
 明日の昼はカンボジアのシェムリアップだ。旅行の目的であるバスと船の乗継の旅は何とかなりそうだ。できれば明日の晩はシェムリアップでアプサラ踊りを観ていたいものだ。


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 GHのロビーでバスの出発時刻を待っているとトイレに行きたくなり、『トイレは何処?』と聞くと訳の分からない返事が返ってきた。顔の表情からすると『何故、チェックアウトを済ませたアンタがトイレを使用する必要があるの?』と言う感じだ。昨日チェックインした時に対応してくれた青年とは違う人だ。困ったなぁと思い、隣の路地に立小便をしようと入ってみると、そこは生活道だったので小便をするわけにはいかず戻った。しばらくしてGHを出て行き、腹は減っていないけど食堂を探した。40,000ドンのフォーを注文してトイレに行った。フォーは値段の割にはまずい・・・これでは昨日のレストランへ行けばよかったと思いながら、ビール18,000ドンを注文して合計58,000ドンを支払った。
 しかし、東南アジアを観光する白人が多いのは何故だろうか?
 本日の移動距離 ホーチミンでバイクタクシーと徒歩で○km
【I am a lonely guy.】
  長距離バスの移動はビエンチャンからフエまで21時間、フエからホイアンまで4時間、ホイアンからニャチャンまで12時間…そして今からホーチミンまで9時間の旅だ。
 目的地に着くと、すぐにまた次の目的地へと観光することも無く、また休憩・宿泊なしのバス連続移動が合計46時間も続く。精神的、体力的な限界は感じなかったが、歯を磨き、シャワーを浴びて清潔な服に着かえたいというイライラ(これも精神的…かぁ〜)が募った。
 長くバスの移動を繰り返していると、昼、夜の区別はつくが、曜日…今日が何日なのか感覚的に分からなくなってくる。昨日、出会った豪くんと友美さんに比べればワシの旅行は日程的にハードな移動となるのは仕方ない。
 友美さんは『9月に大学を卒業して就職が決まっているので3月まで旅行する』と言う。『途中日本へ帰るの?』と聞くと、『帰る予定はなく、トルコ方面まで行く』と言うタフな女性だ。また『なぜ初めての外国旅行がこのバックパッカーの旅行なのか?』と聞くと『ゼミの先生にアメリカ、ヨーロッパを旅しようと思うと相談をしたら、アジアや他の世界を回ったほうが楽しいんじゃないか?』と言われ、あまり深く考えもせず決心したそうだ。この時、彼女の写真を撮らせてもらうのを忘れたが、キョトンとしてあどけない顔をして子供っぽいのに、芯のしっかりした子だった。
 また豪くんは『人と同じことをしたくない』と学校を出て就職と言う誰もが疑うことも無く行動していることに疑問を持っているのか、日本を出て中国に渡り現在3ヶ月経っているそうだ。彼も初めてのバックパッカーだというが、世界の色んな物事を自分の眼で見ておこうと言うことは豪くんもなかなかのもんだと思った。
 ホイアンで知り合ったロシア人女性も、どういった経緯か詳細はロシア語なのでは知らなかったが、家族を置いて(子供たちが独立したのかも)一人旅をしている。彼女の凄いところは、ロシア語以外は絶対話さないと徹しているところだ。またニャチャンで一緒に歩いていると、『ちょっと待って!』と言って、時々ゲストハウス(以下“GH”)へ入って宿泊価格を聞き、GHの市場価格を調査収集している。ウゥ〜ン、Back Packer間では当たり前のようだが、ワシには大変勉強になった。
 しかし行く先々、泊まる所がよくあるもんだと感心する。需要と供給のバランスがちょうど良いのか過剰なのか…どの街、町、村に行っても確実に泊まれる。日本は行き当たりバッタリの旅行はできるのだろうか?日本には見ず知らずの人を歓迎すると言う文化は無いように思うが。
 以前、長州長門の湯本温泉近辺に家族で旅行していて、飛び込み(連れ込みではない!!)でS木屋Gホテルに入り、『部屋は空いていませんか?』と聞くと『予約されていないと泊まれません。また部屋も空いていません』と言われ『布団部屋でもいいから』…『布団部屋にお泊めするわけにはいきませんから』。『そうですか…』と言って、このまま引き下がるのもシャクに触るので、ワシは起死回生の一発をフロント係にお見舞いしてやった。『ここの専務の知り合いから聞いて来たんだけど部屋は開いていないんだね…』と言うと『少々お待ちください』と言って部屋に案内してくれた。京都のお茶屋さんじゃあるまいし、日本は『イチゲンサン、オコトワリ』なのだ。ここアジアは泣いても笑っても歩いて東は韓国、朝鮮、ロシアから、西はポルトガルまで歩くことができるユーラシア大陸なのだ。商人や町人が行き交う場所だ。国境がある事態おかしいのだ。みんな地球民族の地球人なのだ。
 午前11時10分朝食か昼食か分からないがレストランへバスは止まった。中に入りメニューを見ると35,000〜75,000ドンの料理が並ぶ。“炒麺”を食べたかったが無いので“炒飯”を探すとこれも無い。ここはレストランなのだ。一番安い35,000ドンの蒸しご飯の何やら…この何やらというものが気になるが注文した。何が出てくるのか不安だった。
 レストランは海の観えるレストランだから高いのだろうが、今までバスが止まった所は食堂(CO’M)はだったのに、何故か今回はレストランなのだ。まぁ、良いけど、何でも体験だから。そう言えばバスチケットが180,000ドンで9ドルだったから20,000ドンが1ドルとして注文した料理は2ドル弱かぁ、もう少し高い物を食べても良かったのかなぁ。しかし、メニューに載っている料理が分からない。ビエンチャンを出てからパンと麺しか食べていないような気がする。
 ルアンパバーンのモン族のマーケットで買ったサンドイッチを、ビエンチャンで日本人の若者と分けて食べ、その昼はフォーを食べ、夕方はバスの中でパンを少しかじり…あれ?記憶が前後している…。えっと…ビエンチャンで買ったブドウパンとヨーグルトを1本ベトナムの国境前で飲んだ。そして下痢が…。フエに着くとGHでニャチャン行のバスチケットを買い、ニャチャンに着くと旅行会社ですぐにバスチケットを買い、バスに乗ったので食べていない。途中何度か食事トイレ休憩があったのか、気が付かなかったこともあったと思うが、目を開けるのが面倒なので寝ていた。
 バスの中で『地球の歩き方』ベトナムの本(04〜05年版で8年前)を読んでいると今後の予定に大きく関わる大変な事に気が付いた。
 ホーチミンからカンボジアのプノンペン行きのバスは本によると火・木・土曜日の週3便しか出ていないのだ。ホーチミンからカンボジアへは飛行機で飛ぶか、カンボジアは行かず、27日火曜日までホーチミンで過ごすかを選択しなければならなくなった。
 日本でカンボジアのビザは取ったものの、行く必要があるのかと聞かれれば分からない。しかし、訪問国が一つ減り、船とバスの移動計画が船とバスと飛行機の移動となり、今まで苦労した移動に飛行機が入ることにより軽い感じになる。また4ヶ国から3ヶ国になることも自分にとっては大きなマイナスだ。ホーチミンへ着いたら日本語の通じる旅行会社かGHで相談してみよう。
 ホーチミンには2時間遅れの19時に着いた。バスから降りたら、あたりは暗く、ネオンサインばかり目に入る。いったい何処へ降ろされたのか地図と照らし合わせても全くわからない。荷物を前後に抱え、何処だか分からないまま歩いていると寂し気な場所に出たので、明るい方へと移動した。通りにたむろしている若者に地図を見せ、旅行会社『T&Tトラベル』を目指し『どっち?』と聞いた。後で分かったのだが、からかわれたようだった。ホーチミンはとても蒸し暑く汗びっしょりになりながら、地図を片手にひたすら探す。途中GHの客引きのオバアサンに声を掛けられ『Come! Come!』と言うので『No! No!』と言うと、そのオバサンあっちへ行けと言わんばかり『Go! Go!』と言うので『うるさいクソババア!』と言ってやったら、鬼のような顔と物凄い大声で『Go!!』と言い返された。アジアの女性は本当に怖い!!
 店の前に立っている小学校くらいの女の子だったらからかわれないと思い、旅行会社の住所を見せると『ここは○○○番地で下がっていくと○○○番地、だからここを下がって行くとある』と分かりやすく教えてくれた。そしてその目指す番地へたどり着くと目当ての旅行会社は無くなっていた…。
 近くにあった旅行会社に入り、ホーチミンからカンボジアのシェムリアップ(アンコールワット遺跡の街)行きの飛行機をたずねると電話で問い合わせてくれた。相手の電話の声が受話器から漏れてくる。電話の相手は140ドルと言っているのに旅行会社の男は『190ドル』とワシに言うので、『高いから他を回ってくるよ』と言ってその会社を出た。シェムリアップ行きの飛行機はベトナム航空しか出ていないと言うことが分かったので、ベトナム航空の看板が出ている旅行会社へ行き飛行機の値段を聞いてみた。
 そこの従業員は親切だった。『Airで行くよりはバスで行け』というので、『明日出発したいのでバスは毎日無いだろう』と言うと、『毎日バスは出発している』と言った…。師匠に借りてきた『地球の歩き方』ベトナム版の情報は8年前のものだった…。バス料金は18ドル、バスの出発時間は1日2便あり、8時出発で19時シェムリアップ着か23時30分出発で14時シェムリアップ着の2便だったので、明るいうちにシェムリアップに着く23時30分出発のチケットを買うことにした。


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 喉が渇いたので、冷陳ケースから缶ビール2本を取り出し5ドル渡すと、お釣りを解説付きで返してくれた。『1ドル20,500ドン × 5ドル = 102,500ドン、 マイナス ビール2本』と言う説明が親切で気に入った。『ここはGHもやっているのか?』と聞くと『そうだ』と言うので、宿もここに決めた。1泊10ドルで高いか安いかは分からないが従業員の気持ちが良い。
 その後、部屋に入り、洗濯をしたらTシャツから茶色いホコリ色の液体が出た…。お気に入りのTシャツだったが、泥を跳ねたような模様が背中に付いており、洗濯しても落ちなかったので捨てた。
 二日振りにシャワーを浴びすっきりして夕食を食べようと下に降りた。ワシの部屋は4階だ。GHの人にフォーの美味しい店を聞いて行ってみたら本当に美味しかった。ベトナム料理専門店だった(ベトナムに来ているのだから当然だが)。


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 今日はクリスマスイブだ。街はクリスマスイブ一色の大騒ぎだ。しかし、ワシは一人LonelyでLateな夕食を食べた。自分自身にカメラを向け写真を撮っていると奇人・変人に見えるのか、周りの人達がワシのことを面白そうに見ていた。席の隣のカナダ人は『撮ってあげましょうか?』と言ってくれたが心では笑っている感じだった。自分自身で自分を撮るのは、一人旅の場合は仕方ないよ。
 隣のカナダ人家族に1枚写真を撮ってもらい『どこから来たの?』と言われ『日本の広島』と言うと『気の毒に…原子爆弾が落ちた』と言われたことへ、返答ができなかった。


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 カナダ人に『I am lonely guy.』と言ったが、後になり考えてみるとguyは男性だがgayは同性愛者なのでうまく発音できたか?『俺は孤独な同性愛者』と聞き取れたのではないかと心配になった。
GHで紹介された 『フォー』を食べたレストランだが、最初、高そうだったので店の前で入ろうか入るまいか迷ったが、清水の舞台から飛び降りて正解だった。本場の『生春巻き』と『フォー』と『ハマグリの茹でたもの』と『ビール2本』でたったの10ドルだ。安かった(涙)。
 店員は店主の指示があれこれ飛ぶのでキビキビした中で働いており感じがよい。明日も来たいと思ったほどの店だった。
 今日は、昼にご飯と豚肉(たぶん)の味付け、夕方は生春巻き、ハマグリ、フォーと久しぶりに美味しい食事をしたと言う感じだ。タイもラオス・ベトナム、今からいくカンボジアの料理も日本人の口に合う。しかし、ネパールは口に合わなかった。苦手だった香草もこちらへ来てから臭く感じられなく、まして美味しいと思うようになった。

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 ビエンチャンで別れた日本人男性、ホイアンで分かれた日本人男女の青年、そしてニャチャンで別れたロシア人女性、みんな元気でやっているだろうか?日本へ帰ったら写真をメールで送るからね!
ニャチャンからホーチミンへバスの移動距離 約440km


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【イブ前日】
バスで眠ったか、眠らないうちに国境近くまで来た。バスは朝5時に止まり、外からラオスのキープからベトナムのドンへ両替をするオバサンが乗ってきた。一瞬、両替しないほうが良いかと思ったが、朝飯を食べる時に困るかと思い直しレートがわからないまま両替した。


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 その後バスに乗り込んできたオジサンがパスポートを取りに来た。乗客がパスポートを渡しているのでワシも渡し、バスから降りて入国カードを渡されて書いた。○○○キープというので、ドンに替えたばかりだから『ドンは?』と聞くと『だめだ』と言われ『ドルは?』と聞き返すと『3ドル』…。3ドルあったかな?と思い、腰に巻いた貴重品入れを探すと、ちょうど1ドル札3枚あったので支払った。
 バスが止まった村は、夜明け前で周りが暗いからここが何処なのか、ラオスには違いないが…。周りに地名が書いてあるものがない。と言っても、ワシだけが分かっていないのかも知れない可能性が大だが…。
 この旅行の前に、インターネットで読んだブログにラオスのビエンチャンからベトナムのフエ行きの夜行バスでパスポートを渡し2時間くらい掛かったとあった。 今、朝の5時40分だから国境の入出国の役人が起きている訳もないから、事務所が開くまで待つしかないのだ。
 ベトナムへの入国を済ませ、バスの国境通過を待っているとバスの乗客は朝飯を食べようと勝手に食堂に移動し始めた。ワシは状況が分からず、バスが国境でチェックを受けているのを見ていると、バスで隣に寝ていた西洋人の男性が、『みんな食事行っているのであっちへ行ってみないか?』と言われ、同じ西洋人の若いカップルと4人で国境から少し放れた食堂近くまで移動した。


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何処の食堂に入ろうか、バスはまだ来ないのか、など考えているとビエンチャンで買ったヨーグルトが悪かったのか、お腹の調子が悪くなりトイレを探すが分からず、バスが来たので運転手に『トイレは何処だ?』と聞くと『そこでやれ!』と言うので、腰を屈め両手を挙げリキんで見せたら、笑いながら『国境まで戻ればトイレはある』と。ワシは『戻ってくるまで待っていろよ』と念を2〜3回押し、走って国境事務所まで行った。本当に危機一髪というところだった。バスの運転手は待っていてくれた。
 バスは12時30分ころ、フエのバス停留所へ着いた。バスターミナルだと思っていたが、停留所だった。そこには数台のバイクタクシーが待っていて、バスの中、隣で寝た白人と一緒にゲストハウス(以下“GH”)まで行こうと言うので、地球の歩き方(以下“本”)を読んで決めていた『ビンズオン』を指定すると『OK』と言うので幾らかと聞くと『5ドル』少々高いと思ったが支払ってバイクに乗った。
 しかし、行ったGHはビンズオンではなく、違うGHだったので『違うのでビンズオンへ連れて行け。チャンティエン橋のところだ!』というと急に分からない、と言い出した。そうしているうちにGHから人が出てきてバイクタクシーに向けて『何処かへ行け』と言って、『ここは良い所だ。ここに泊まれ』と言った。西洋人は値段交渉をして4ドル(安い!)で泊まったが、ワシはフエに興味がないのと、雨が降っていたので次の目的地ニャチャンへ向かうことにした。バス時間を聞くと15分後だと言うので、今からでも間に合うのか?と聞くと間に合うと言うので、そのチケットを手配してもらった。32ドルと高かったが仕方ない。バスに乗る直前、チケットを渡されたがバス代25ドル、手配料7ドルとなっており、泊まるより手数料のほうが高かったのでガッカリだった…。



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GHでピックアップしてくれると言うので、表で待っていると日本人の若者がいたのでバスが来るまで話をした。彼は黒沢 豪くんといって、今回がはじめてのバックパッカーだそうで、中国から回ってきていて元旦にアンコールワット遺跡から初日の出を見たいとのことだった。
 その黒沢くんと一緒のバスに乗り話をしていると、となりの女の子が日本人と分かり、久しぶりに3人で日本語を思う存分に話した。その女性は武子友美さんといって、9月に大学を卒業して、就職がすでに決まっているので3月までバックパカーの旅行をするタフな女性だ。日本を出てモンゴルから中国、ベトナムと入っており、カンボジアへ行く途中だそうだ。一応、このバスでホーチミンまで行くという。日本の若者も捨てたもんじゃないね。明日の日本は明るいのだ!!
 バスの出発は13時でニャチャンに着くのは明日の朝らしい。ところで窓から見える水田を見て、広島県北の大朝町の谷本さんへ出した年賀状の内容を思い出した。『TPPに日本は参加しても勝てる』と。暖かい国では年に3回か4回はお米が採れる。しかも労力も安い。しかし、買って食べるのは日本人だ。日本で取れるお米の値段が法外な相場だと消費者は離れていくが、実際にコツコツやっている農家の人達を日本人は見捨てない。そのコツコツ振りや毎日の作業振りを、またどうして大朝町のお米が美味しいのかを、分かりやすくインターネットのホームページを使って知らせていく(訴えていく)。毎日のホームページの更新が大変だが、それをやりきらないと今からは生きていけない。この話を大朝の人達に語っても、大朝の人達は消極的だからなぁ〜。
 フエを出発してニャチャンまで黒沢くんと武子さんと三人で行けると思っていたが、バスは途中4時間後にホイアンに着き、ニャチャンに行くバスとホーチミンへ行くバスとで分かれた。その時、彼らと一緒にホーチミンへ行けないかとバスの関係者に話をしたが、無理だった。しかし。無理でよかった。一人旅のバス旅行なので甘えは許されないのだ。
 バスの乗換えで次に乗るバスの関係者がバスチケットを見せろ、と言うので最初フエでバスに乗ったときに取られたと身振り手振りで説明して、ワシの名前を確認してもらいOKとなったが、日本の若い男女青年の英語で説明してくれたおかげがあった。
 黒沢くんと武子さんの乗ったバスが先に出発して、薄暗くなったバスターミナルのベンチでワシはバスを待っていると、女性のバス関係者が何やら言ってくるので、何を言っているのか聞いてみると、ジッパーの付いたポシェットを見せてくれと言う感じのことを言っているが、意味がわからず隣の中国人の女性も巻き込んだが、意味不明…最後にはワシのリュックを開けても良いか?と聞かれたので『どうぞ』と見せてやったら小物入れを見て安心したらしいが、最後まで女性の言っている事が分からなかった。
 ニャチャンのバスターミナルがどの位置にあるのかをバスのスタッフに聞いていると、隣のロシア人がワシの持っている本を出し、地図で説明してくれた。しばし、日本語とロシア語でコミュニケーション・・・。

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女性は子供が2人おり、25歳と22歳と言った。ワシは30歳の息子と28歳の娘がいると言った。記念写真をロシアと日本の友好にと撮ったら『写真をメールで送ってくれ』とアドレスを書いて渡してくれた。ロシア語は初めて生でコミュニケーションをとったが、何を言っているのか分かり辛い。
 朝、6時にニャチャンのバスターミナルに着いた。バスから降りるとロシア人女性が待っており、一緒にダウンタウンまで行こうと言った。周囲の人に地図を見せて位置を確認して、歩いて行こうと言ったので、まだ朝も早いし付き合うことにした。道を尋ねながら歩くこと1時間30分で目的地周辺へ着く。
 ツアー会社が見えたのでそこでホーチミンへ行くバスの時間を聞くと8時出発らしい。あと15分だ。
フエでもあと15分でバスは出発、ニャチャンでも出発は15分後。このニャチャンも天気がよければ5キロも続いている浜辺でビールを片手にゆっくりしたいと思っていたが、あいにくフエと同様に雨が降っていたのでホーチミンへ移動することにした。ロシア人の女性にバスでホーチミンへ移動することを告げ、その女性のGHを探そうと近辺を歩いてみるが、やはり朝早いためGHは入れずツアー会社に戻りバスを待った。
 バスのピックアップがあり、ロシア人女性と別れバスに乗った。ホーチミンまでの所要時間は9時間と言うことだ。
 ビエンチャンからフエまで21時間、フエからホイアンまで4時間、ホイアンからニャチャンまで12時間、そして今から9時間の旅だ。目的地に着くと、すぐにまた次の目的地へと休憩・宿泊なしのバス連続移動が合計46時間だ。体力的に限界に近かったけど、今日ホーチミンへ着いているとカンボジアへの移動が日程的に楽になる気がした。あと残っている旅の日程と計画履行が容易なのだ。30日の8時にはタイを離れ日本へ帰る飛行機の中なのだ。遅くても29日にはバンコクに着いていたい。
 ふと考えてみると、ビエンチャンのGHで休憩したときにシャワーを浴びたままで37時間シャワーを浴びていない。今日ホーチミンへ着いたら真っ先にシャワーを浴びて着替えをしたい。
フエからニャチャンまでの移動距離 約661km
【ビエンチャン】
ビエンチャンのバスターミナルに着いてバスを降りるときに、日本人らしき人に声を掛けてみた。『一緒にナンプ広場まで行きませんか?』と。声を掛けるとびっくりしたような顔をされたが、一緒に行く事になった。
 荷物を受け取り、トゥクトゥクの人と価格交渉。1人20,000キープ。本には60,000キープと書いてあるので安いと思ったら、ワシら以外に3人載せて5人×20,000キープだから安いはずだと思った。しかし、少しでも安いに越したことはない。
 ナンプ広場まで着くと、ナンプ広場は改装中でテントが張ってあり何も見えない。一緒に乗った日本人が『ナンプ』とは『噴水』という意味だと教えてくれた。



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 目当てのMIMI ゲストハウス(以下“GH”)を探して歩いていると、彼が『僕も一緒のGHにしよう。一緒に行って良いですか?』と聞くので、バスで消費した体力も回復してきたので『まずGHに着くとベトナムのフエに行く交渉をします。バスの時間が合わなければ泊りますが、バスの時間が合えば出発します。』と断って一緒にMIMI GHを探した。二人で探せば早かった。朝の7時過ぎということもあって、玄関が開いていない。閉店したような感じでもある。しかも小汚い…。
 サッシの玄関を開けて、しばらくしていると男の人が出てきた。まずベトナムのフエに行きたいがバスの時間は?と聞くと17時30分のピックアップで乗っている時間が21時間らしい。明日の午後2時にはベトナムのフエということだ。夕方出発のバスチケットの手配をしてもらった。
 シャワーを浴びて少し寝たいので幾らかと聞くと、一緒の人にシャワーを借りろと言うので、迷惑をかけたくないと別の部屋を頼んだら40,000キープだったので、日本円で400円くらいだ。OKと言って、彼の部屋も決まり昨日の夕方ルアンパバーンで買っていたサンドイッチを二人で分けて食べてそれぞれの部屋に別れた。
 シャワーを浴び、残りのキープを計算。トゥクトゥクが安く上がったので残りをどのように使うか考えた。キープを残しても仕方無いので、職場の皆に絵葉書を送ろうと思って買いに行く。1枚2,000キープで以前に買ったものより500キープ高いが、色々回ってみたが何処も2,000キープなので、コンビニのような店で買った。10枚20,000キープ。そのコンビニの店の前にあるテーブルでBeerを飲みながら、絵葉書を書かせてもらった。そして郵便局へ葉書を出しに行った。
 郵便局前にはショッピングセンターがあったので行ってみた。見る物は無く、3階の食堂には美味しそうな食べ物があるがお金が足りない。ドルで払ってもよいかと聞くと『あっちでプリペイドカードを買ってくれ』というので行ってみると50,000キープのプリペイドカードしか無かったのでやめて街に出た。
 人の多く入っている食堂を探し、ドルでも支払えるかと聞くとOKというので『フー』を注文して5ドル渡すと21,000キープ戻ってきた。1ドル=8,000キープ、5ドル×8,000キープ=40,000キープ−21,000キープ=19000キープだ。少し高いようだが、今まで食べた中で一番美味しかった。


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 GHに戻り、ポロシャツを洗い少し寝た。14時ごろロビー(?)へ出てビールを飲みながらこの日記を書いている。また心配事が出てきた。ビエンチャンからフエまで21時間。食事が数回あるだろうがキープを持ち合わせていない。女房が用意してくれたお菓子で対応か?苦しい修行をしているわけでもないのだから、あまりキープを全部使いたいとケチケチしないほうが身体のためだ。今日の夕方の食事はGHの近所でドルを使って食べようと思った。
 結局、近所のコンビニへ行ってブドウパンとヨーグルト2本を買って10ドル支払い40,000+αのお釣りをもらった。夕食を食べようと思ったが、腹が全然減ってなかったのだ。
 シャワーを浴び、歯を磨き出発準備完了だ。しかし、いくら計算しても明日の14時フエ着は21時間で計算してもどうしても合わない。17時出発で合うのだが、17時30分はPickupの時間だからDeparture timeは30分か1時間は遅れる。
 バスに乗ったが、とんでもない席へ押し込まれた。一番後ろの2階(上)の席で、物凄く狭いところに男5人が寝るらしい。席を替えてくれと頼んだが全く聞く耳を持たない。こんな狭いところで21時間過ごすことはできるのだろうか?発狂しそうな狭く息苦しい所だ。昨日のバスに文句を言った罰でも当たったのであろうか?こんなに狭い場所で文章を書けないので、また後ほど書くことにする。気分を落ち着かせないとこのままでは精神が参ってしまう。20時前、トイレ休憩。20時20分ころ食事休憩…。バスに戻っても仕方ないので、食堂を覗くとみんなが食べていたので、あまり腹が減っていなかったがお粥があったのでそれを注文した。鶏肉でスープを取ってあり濃厚なスープで口の中に入れると油っぽくなる。鶏肉はバスのことを考えると食べる気にはならなかった。


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 バスの中で考えていると、ヨーロッパまで飛行機で12〜13時間だからバスの寿司詰め状態で21時間は本当に辛い。しかし、辛い、辛いと考えるといたたまれなくなるのでやめよう。歯を磨けないのが、また辛い。
ビエンチャンからフエまでの移動距離 約792km


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【ルアンパバーン街歩き】
 朝6時に目覚ましが鳴ったが起きなかった。ルアンパバーンの名物、僧侶の托鉢を見てもしょうがないし…。
 7時前に起きてゲストハウス(以下“GH”)の外に出てみた。昨日の晩書いた絵葉書を出そうと思ったが、郵便局は8時からなのでブラブラ歩いていると朝市に着いた。


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 地元の人達の朝市ということで、タイ人と同じように外でおかずやご飯を買い、ビニール袋やクマ笹の葉で包んでもらい、家に持って帰り食べるようだ。肉や魚は日本では考えられない冷蔵施設の無い、戸板の上で売っている。少々ビックリしたのは戸板の上で魚が動いていた。タライの中では沢山の鯉が苦しそうに動き回っている。
 郵便局では切手1枚9,000キープ、10枚で90,000キープなので、また両替しなければならない。両替して切手を買い、ポストへ投函した。
 GHに戻り、チェックアウトをするまで部屋で時間をつぶした。あとバスの出発まで12時間…よく考えてみれば…と言っても、ここへ着いた時には暗かったので周りがよく分からなかったので、昨日の時点ではルアンパバーンの街を色々見て歩こうと思ったが、興味を惹かれる見物場所もなく、ビエンチャンへバスで移動すればよかったと思った。
 10時30分GHをチェックアウトして大きなリュックだけGHに預け最初のお目当ての日本語が通じる旅行会社に行ってみようと思った。外は意外と肌寒い。ユニクロの薄手のパーカーを着て歩く。ルアンパバーンのインフォメーションにも立ち寄ってみたが、地図や案内書を探したが無かった。



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 旅行会社へ迷わず行けるかどうか不安だったが、その地域へはすんなり行けた。そんなに遠くは無かったからだ。しかし、旅行会社は見当たらない。地球の歩き方(以下“本”)には確かに良い情報は載っているが、すでに時遅し…もある。当然だ。昨日会った店が今日は無いのが現実だから。時計を見ると11時10分。時間を潰さねばと街をゆっくり大きく歩くことにした。半島みたいなルアンパバーンを東西に歩いた。それでも12時30分だ。何処で昼食をと思ったが、あまり腹も減っていなかったので、昨日GHの近くの食料品店に行ってBeer Laoを1本買って表のテーブルで飲んでいる。もう1本飲もうか悩んでいるが…昨日食べすぎで胃がもたれていて、しばらくアルコールは飲まないぞ!と思っていたにも関わらず、2本目を飲もうとしている。食べ物とアルコールにはいやしいワシだ!
 店の前に座って道路に行きかう自動車を見ていると韓国のヒュンダイが多くみられるが、デザインはアメリカっぽくて良いのだが、エンジンの音を伺うとカラカラと音がして品が無い。時々トヨタの車が通るが音は静かで何故か品が良い。さすが日本が誇る車だ。
 散歩して分かったことだが、ネパールほど汚くはないが、このラオスもゴミがよく捨てられている。どうしたらこの環境を無くせるのか?と言うことを考えながら歩いていたら、以前にもネパールで日記に書いたが教育しかないね。家庭や学校、地域で『常にきれいにしましょう』とClean Upを心がけると違うのではないだろうか。
 誰かが捨ててあるごみを見て『汚い』と感じ、『きれいにしなくちゃ』と思い、一人立ち、二人立ち上がらないとその国の明日は無い。最近では日本も他の国の事を言えない。道端にしゃがみ込んでファーストフードや缶コーヒー、ジュースを飲食したあげく、そのまま放っている若者が多くいる。いつも思うが、『お前の出したゴミを誰が拾って捨てるのか?』と言いたい。そんな奴らは、誰かが捨てたゴミを拾って来いと言っても『俺が捨てたんじゃない』と怒るだろう。しかし、何処かでアンタ等の捨てた(放った)ゴミは誰かが処理しているのだ。
 今回の旅行に出る前にToughでDirtyな旅を不安視しているワシに対し、女房が出発前に『山登りの達成感みたいに、旅行で人との触れ合いができてその達成感があるからバックパッカーに行くのだと思っていました。』と言ってたが、本当に人との触れ合いは好きなのだ。しかし、旅はその一度会ったきりで、次に会うことが無いのが残念じゃけど、言葉も通じず、身振り手振りで何とか意味が少しでも通じ、また時には大いに違っていることもあるかも知れんけど、そんなコミュニケーション方法が大好きじゃけぇBackpackerがやめられないと思う。
 そうか!観光を目的に来たんじゃない。より多くの人と触れ合うことがワシの旅行なんじゃ!!女房が旅行の意味を気付かせてくれた、ありがとう!!感謝!感謝!!
 話は変わるけど、インターネットダメだね・・・。GHにあるパソコンを借りて色々やったんじゃけど。日本語入力ができん!スマートフォンに早くしとけばよかった。今や旅行では絶対欠かせない必需品だ。特に個人旅行では今居る場所の情報、移動しようとする場所の情報をインターネットで情報を取ると言うのは常識で、ほとんどのGHではWi-Fi Freeなど設備を売りにしているGHが多かった。
飛行機で隣の人がAppleのAirというPC持っていたけど、薄くてカッコよかったなぁ〜。PCを持った人をあんなにカッコイイと思ったことはなかったが、その人のStatus symbolなのだろうか?いやぁ〜一度持ってみたいね、AppleのNote PC Air…カッコイイのだ。
 今、18時40分。17時から何もすることが無く、GHで待たせてもらっているが時間が経たない。GHに書いてあるホワイトボードによると、バスに乗っている時間は9時間。ルアンパバーンを午後9時出発でビエンチャンの到着は朝の6時だ。英語が話せないと言うことは、相手の言い分、こちらの言い分が伝わらず損することが多い。ビエンチャン行きは一日2便あり、午前8時も在り9時間で到着と言うことは夕方17時か18時にはビエンチャンに着けていたと言うことで、本日、朝出発していれば今頃はビエンチャンだが…。後悔しても仕方がない。 昨日暗くなってルアンパバーン着だから、ルアンパバーンを観ずに朝出発は出来なかったのだ。英語をうまく話すことができれば色々と選択肢は広がったのだろうが。
 今はもうチェックアウトをしているのでシャワーを浴びることもできない。明日はビエンチャンへ泊まろうと思う。泊まってGHの人にベトナムへの行き方を聞こう。その方が失敗は無いと思う。
 いつのタイミングでベトナムへ向けて行くのか?バスか飛行機か?早くから心配しても仕方ないことだが、自然に考えてしまう。
 ようやく19時5分前だ。カンボジアへ行くのはやはり無理か?日本へ帰る飛行機は30日の朝8時に出るので、遅くとも29日にはタイのバンコクに着いていないといけない。
 19時20分。GHにトゥクトゥクが迎えに来た。GHの人と運転手とで料金でもめている。GHからバスターミナルへのワシのPickupでGH側は10,000キープと言う、しかし運転手は15,000キープを主張。そのうちGHの人がワシに、『あと5,000キープ支払ってくれ』と言ってきた。『冗談じゃない!俺はすでに支払ったのだから知らない。』と領収書を見せて文句を言ってやった。当然日本語でだが。


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 諦めて運転手に5,000キープを支払うのかと思ったら、10,000キープで行ってくれと頼みこんでいた。その後は言うまでもなく日本でも同じように運転手の機嫌が悪く、途中までスイスイ行っていたのだが、19時ごろから花火が上がっており、何のお祭りか、すごく人が多くなり道は渋滞して、ますます運転手の機嫌が悪くなった。30分ほどで町はずれのバスターミナルへ着いたときに、ワシは運転手に最高の笑顔で『Thank you!ありがとう!』と言ってやったら、運転手も顔を引きつりながら笑い返して『GHも困ったもんだ』と言う顔をした。
 ビエンチャン行きのバスはすぐ見つかり、チケットを見せると『このバスだ』と言うので『何時にバスに乗れるのか?』と聞くと『8時30分だ』と言った。
 バスの中には縦3列になっていてSleeping Busだ。左窓側A・中央部B・右窓側Cになっていて、ワシはB-3だから真ん中の列だ。B-3と言っても上下2段になっていて、すでに下の席に誰か座っていたので上の席になった。
 空調機の排出入口が真上にあり嫌な予感…。薄手のパーカーにダウンジャケットを着て座った(横になった)。チケットには夕食付となっていたが、目の前にはミネラルウオーターとSoyJoyのようなものが置かれていたので『これが夕食?』と思っていたら、出発する前におしぼりを配ってくれ、その後、弁当を配ってくれた。サービスは良いと思うが、バスが走り出すとラオスの歌をボリューム一杯でスピーカーから流れっぱなしだった。この音楽には、うるさく寝られず閉口した。
 真ん中の列の席、特に上の席は左右の揺れが大きく、前後左右に揺れるので両足と両手でベッドの端を踏ん張って抑えなければならず、首も左右にゴロゴロ動くので力を入れていたせいか、首が痛くなった。途中、空気枕を膨らまし首の動きを止めて寝た。
 この日は夜にシャワーを浴びていないので、ビエンチャンに着いたら1泊しようと思いながらウトウトしていたが何十回も目が覚めた。目が覚めるたびに『ここは何処じゃ?』と思うのが不思議だった。朝6時30分頃ビエンチャンに着いた。着く前には冷たいおしぼりが出た。
ルアンパバーンからビエンチャンまでの長距離バスでの移動距離 約366km
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