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【パークベンからルアンパバーンへ】
 朝6時に携帯電話にセットしてある目覚ましで目が覚めた。
 出発の用意をして朝食を食べるか悩んだが、残っているバーツ(タイの通貨)は1120バーツ。ドルはまだ使用していないが、ラオスで未だ使用していない分、ドルが使えるかどうか不安なのでバーツは残して朝食は持参したお菓子で済ませた。
 7時過ぎ、早いと思ったがゲストハウス(以下“GH”)を出てどの船に乗るのか船の発着場へと向かう。昨日の船は見当たらなく、どの船に乗って良いのか分からない。昨日乗った船は、船を仕切っているオバサンが個性豊かな人なので、船の番号を覚えていなくてもすぐに分かるとタカをくくっていたが、その人と船は見当たらない・・・。
 桟橋まで下りてチケットを見せると『ルアンパバーン?』と聞かれ『Yes』と答えると『これに乗れ』って意外に簡単だった。

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 船に乗って作業する人や乗客の動きを見ていると大体の感じが分かった。と言うのは、乗った船の横に同じ大きさの船がピッタリと付いて留まっている。隣の船に荷物が盛んに積み込まれ、客も隣の船に乗っている。『ひょっとしてワシの乗っている船は2番目に出発する船なのかな?』と思い船の人に聞いてみると、その隣の船は『フアイサーイ』に戻る船で、ワシの乗っている船は『ルアンパバーン』行きだということが分かった。このパークベンと言う町で中継して船は往復しているようだ。頭の中では1隻の船でフアイサーイ ⇔ ルアンパバーンへと往復しているのだと思っていたので、昨日の船に乗らんといけん、と思い込み昨日の船を探したのだ。確かにこのパークベンを中継してお互いが往復した方が、船の稼働効率が良いと思った。
 ワシ自身が今、メコン川をスローボートで川下りしているとは想像もつかない。メコン川と言えば連想するのは、少年時代に何度も聞かされたベトナム戦争を伝えるニュースで知った川だ。当時の知識では、メコン川と言えばベトナムを流れる川としか知らなかったが、今回の旅行を計画して初めて中国、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムと6つの国に流れていることを地図で知った。スローボートに乗ったのはフアイサーイって言う町(村)だが、この町でもかなり上流だと思ったが、地図を見てみるとメコン川の中間地点のようだ。しかしスローボートの全長は30〜40m位、幅6〜7m位の船がフアイサーイとルアンパバーンを上り下りしている。国境の町ではフェリーに大型トラックを何台も積んで川の対岸を往復している。改めてすごく大きな河だと思った。


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 昔からラオスとタイにも部族間の争いがあったらしく、○○族制圧などと地球の歩き方(以下“本”)にも書かれているが、人間の縄張り争いは古代から現代まで続いている。ちゃんとした哲学があれば平和な生活もできると分かっているのに、利権が絡むとお互いの主張ばかりして争いは治まらない。
 今日は船首部分の良い席が取れた。出発の1時間半前から桟橋へ行って船に乗り、一番前の操舵席の横の席が取れたのだ。船首に行く船員が通るたびに避けなければならないが、全体的に快適だ。運転手は若く20歳前後でなかなかの男前だ。
 今日乗った船の話になるが昨日の趣と違い、バスと同様に途中岸辺に乗客が立って居たり、積荷があれば着岸して積む。おかげで今日のスローボートは満員寿司詰め状態だ。トイレに立つと席は誰かに座られてしまう。『ここはワシがさっきから座っていたじゃろ?其処どいて!』と日本語で言うと『せっかく座れたのに!』と文句を言われるが、こちらとて席を譲る気は毛頭ないのだ。最後には『コラ、どいたらんかい、ワレ!』と幾ら優しいワシでも標準語で言っちゃうのだ。
 出発が9時10分、今は11時53分。職場のみんなや家族が仕事をしていると言うのに、ワシはラオスのメコン川下りをしているのだ。ごめんなさい!!
 船の中で今後の予定を考えてみると、どうやっても当初の計画のバス移動は日数が足りない。計画を変更して行った先でゆっくり観光した方が、後になって旅行の思い出になるのではないかと言う気持ちと、行けるだけ行け!と言う気持ちと、楽をして飛行機を使えと言う気持ちがあり、どれもこれも頭の中で交差し、まとまらない。
 バス移動での思い出は移動した思い出のみ、そうかと言って移動する街で観光したい所など別にないし…本当に今回は調子に乗って『どこまで行けるか』と言う旅をワシで決めてしまったのが間違いだったのだろうか?悩む…悩む…悩むのだ。
 午後6時頃、出発して9時間、1時間遅くルアンパバーンに着く。もっと都会なのかと思ったら見当違いで『えっ、ここが世界遺産のルアンパバーン?』と言う感じだった。
 夕方、日も暮れて薄暗い。果たして目当てのGHに着くだろうか?船の着く桟橋でGHの呼び込みに付いていった方が良かったんじゃないかと地図片手に不安を感じながら歩く。
 ありました!!ラッタナーゲストハウス。GHの入口に人が立っているので「ラッタナーGH?」と聞いてみると間違いなし!!方向音痴が何とか目的のGHにたどり着けたのだ。
 余談だが、スローボートで本を読んでいると隣に座っていた男性が本を見せてくれと言うので、渡すとページをあれこれめくって喜んでいたので覗き込むと、パークベンのGHを指さし、『I have』と言う。えっと思い『You have?』と聞くと『I have』と言うのでびっくりした。よく読んでみると、そのGHは昨日泊まったGHよりきれいで安い。この人たち、朝から見ていると人の手伝いを盛んにする。そんな性格がGHの経営にも出ているのだろうと思う。早く知っていれば泊まったのに…。ワシの泊まったGHの写真を見せると何も言わず横を向いた…。 もう一つ本に載っている『サリカGH』と言うところを指さし『ここは小さな虫(南京虫)が出てかゆい』と教えてくれた。昨日ワシが泊まったGHも古びたボロGHだったのだが、服や身体に南京虫が付いていないだろうか、と心配になった。


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 『ラッタナーGH』に着いて、泊まりは幾らか聞くと『15ドル(1,200円)』と言うので『10ドルと聞いて来た。』と言うと『シーズンは15ドル、オフシーズンは10ドル』と言われた。『まぁ、いいか』と思い承諾した。そして明日夜行バスでビエンチャンへ行きたいが、バスチケットの手配とバスターミナルまでのピックアップをお願いした。バスは165,000キープ(1650円)と言うことで日中のバスより65,000キープ(650円)高いと言うことはGHに泊まっても同じくらいで、メリットとすれば時間の短縮になるくらいだろうか。35ドル支払いお釣りは24,000キープ。(8,000キープ=1ドル=80円)
 精算を済ませ、いざ夕食へ。その前に通りに出たところに食料品店があったのでビールを買う。8,000キープ。それを店先で飲んで両替所でラオスの通貨を10ドル両替して80,000キープを手にした。絵葉書を売っていたので10枚(1枚1500キープ)買いナイトバザールへ。腹が減っていたので露店で割り箸にご飯を平べったくして焼いている『カオ・チー』を食べた。2,000キープだ。それから春巻きを買い6,000キープ。ナイトバザールには屋台が出ていたのでそこで夕食を食べようと物色していると、おかずが沢山台の上に乗せてあり、『幾ら?』と聞くと皿1枚をよこすので、1プレート幾らか…と思い皿に食べたいものをバイキングのように取り、おばさんに渡すとフライパンに全部入れて混ぜて温めだした。焼きそばもご飯もおかずも混ぜて戻してくれたが美味しそうには見えない。『幾ら?』と聞きながら持っているお金をおばさんに見せると持ち金残部取られた。冗談じゃない!73000キープだ。なんじゃこのオバンは!!と思い、高いのでお釣りを返せ!!と何度か言うと、怒ってこちらを見て10,000キープ返してくれた。



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それでも63,000キープ(だいたい630円)ラオスの屋台では63,000キープは絶対高いと思い腹が立ち、お釣りの10,000キープでBeer laoを買い、そのオバサンの横に座り食事をしながら『ババア、金返せよ!』と言っていると雰囲気は伝わるのか、そのオバサンが逆切れして怒りだした。まぁ、『これから取ってくれ』と言っても日本じゃないんだから文化が違うし通じるわけがないので、今後そういった支払い方は気をつけにゃいけんと思った。
食事の帰り、ラオスのお金、キープが無くなったので10ドル両替すると、先ほどの両替所よりレートが悪かったので『80,000キープにしてよ』と言うと『ダメだ』と言うのでキープを返し、10ドル返してもらった。最初に両替した所に行くと両替所の女性が代わっており若い女性だった。10ドル渡すと50,000、20,000、10,000の3種類くれるので小さくしてくれと言うと20,000キープ4枚くれるので10,000キープ8枚と言うとダメだという。何度言ってもダメなので『お前、馬鹿じゃないのか!先ほどの女性は替えてくれたぞ』と言ってやった。するとものすごい顔で小さな窓から手を出してワシを掴もうとした。さっと避けたが、おとろしい女性だった。南国の女性は強いね!?!
GHに戻り、現在日記を書いている。今からシャワーを浴びて絵葉書を書くつもりだ。
絵葉書を書き終わってみると、切手を貼るスペースを考えず全て文章を書いてしまった…どうしよう?文字の上に貼るしかない。ワシの葉書を受け取った方は切手を剥がして読んでください。
パークベンからルアンパバーンまでのスローボートの移動距離 約85km
【スローボートでパークベン】
 早く寝たせいか、2時半ごろ目が覚め、まだ時間があるとウトウトしていたら何本か夢を見た。最近よく夢を見る。以前は寝ると夢見る間もなく朝が来ていたが、加齢のためか、夜中に必ず目が覚め、トイレに行こうかそのまま寝ていようかと考え、ウトウトしながらまた夢を見る。疲れていないのだろうか?体力的にはまだ疲れていないのだと思う。何か運動をしたほうが良いのは分かっているが…


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 6時30分からテレビを観る。ラオスは社会主義の国らしいけどテレビの電波やインターネット、携帯電話でいろんな世界の情報が入ってくると自由主義経済みたいなもので、境が感じられなくなっているようだ。ニュースも中国やアメリカ、他の国の電波がテレビから映し出される。タイの人やラオスの人たちのほとんどの家でパラボラアンテナが家に付いている。今から乗ろうとしているスローボートにもパラボラアンテナは付いていた。
 ゲストハウス(以後、GH)から船着き場を見ていると、フェリーはタイ〜ラオス間を引っ切り無しにトラックを乗せ往復している。
 食堂の人にスローボートの出発時間を再度確認すると、やはり11時30分と言われた。心配だけど信じるより仕方がない。それ以上の会話はできないのだ。

 朝食にはパンを食べろと言われたが、特別にメニューに載って無い『ミー・クワ』というラオス風焼きそばを作ってもらった。食べる前にライムを絞って食べるとこれがなかなか美味しかった。60バーツ(180円)だ。
 荷造りをしてチェクアウトを済ませ、船着場へ行きチケットを見せると『乗れ』と言うので乗った。GHに忘れ物をしたので取りに行く時、ウエストポーチの口が空いていたため、中のものがすべて落ちてしまった。 落ちたものを拾ってGHに戻り、忘れ物を持ち船に戻った。



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 12時10分に船は出発。しばらくすると『あれ!パスポートが無い!!』とリュックを調べてもウエストポーチを調べてもないのだ。大きなリュックは乗船する時、船底へ預けてあるので貴重品は入っていないし、今は探せない。忘れ物をしてGHに取りに行ったときに落したんだと思い、船を止めてくれと言ったほうがよいのか、またパークベンに着いて、明日フアイサーイに戻ろうかと考えた。朝の身支度を一つひとつ思い出しながら、まず『今日は一日船旅で日差しが強い』ので『薄手のパーカーを着よう』として、いつもズボンのサイドポケットに紐で括り入れている『パスポートは首にかけておこう』と…。そうだ!首にブラ下げていたことを思い出し、探ると“あった”。
本当に心臓の止まる思いをしたが、反面、何とかなるんじゃないの?といういい加減な考えが多少あったのは事実だ。ワシ自身パスポートが無くなると、どれだけで再発行の手続きが大変で重要なのか分かっていない。毎日同じところに置き、入れ、身に着けておくことが今回の旅行ではどれだけ重要かということを思い知らされた。
 スローボートがメコン川を下りだして、昼ご飯を食べていなかったので、女房に買ってもらっていた食料代わりのお菓子を探そうとしたら、大きなリュックに入っていることに気が付いた。そのリュックは現在、船底だ…。今小さなリュックに入っているのはソーセージ1本と柿の種2袋のみだ。隣の西洋人は美味しそうにお菓子を食べBeerを飲んでいる。実に悔しい!船の売店でBeer Laoを1本80バーツで買って大事に飲んだ。本日2回目のHow foolish I was to do such a thing.
 ホント、ワシは何と間の悪い男だろうか…パスポート紛失未遂事件と言い、持ってきたお菓子が食べられない事件といい、自分でも情けないくらい間抜けな男だ。皆さんはこんなfoolishなことは、やらんでください。
 船は17時30分ごろパークベンに着いた。早く目当てのGHを確保しなければ人気のGHは早いもの勝ちと地球の歩き方(以下“本”)にあったので、自分のリュックが早く出るように最後まで他人のリュックを出すのを手伝った。しかし、船底からワシのリュックが出てきたのが一番最後だった。
リュックを担いでお目当てのGHを目指し歩いていると、GHの客引きが250バーツ(750円)だと言うのでそこへ泊ることにしたら、オンボロのGHだった。お目当てのGHはオンボロGHの隣だった…。
 18時過ぎGHのレストランへ行き夕食を食べた。『タム・マークフン』と言うラオス料理の定番で青いパパイヤを細く切ったものとライスとBeer Laoを注文。タム・マークフンの青いパパイヤはゴボウのような食感であったが、炒め物かと思ったら和えた物で冷たく酸っぱかった。レストランの男が鶏の唐揚げの『ピン・カイ』は美味しいと言い、安くするので注文してくれと頼んできた。注文すると本の写真とは違い、貧相な鶏の唐揚げで美味しくなかった。その晩は夕食後、することが無いのでシャワーを浴び早めに寝た。
フアイサーイからパークベンのスローボートの移動距離 約85km

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 【ラオス国境越え】
 朝5時過ぎから鶏の鳴き声と犬の吠え声で目が覚めた。犬は何かに怯えているらしく、数十匹の吠え声の合唱だった。それはまるで悪魔が下界に降りて今日からの罰ゲームの旅をせせら笑っているようだった。
 8時ごろゲストハウス(以下“GH”という)を出て第1バスターミナルへと歩く。窓口でバスチケットを買うのかと行き先の窓口を探していると無いので、係りの人に聞いてみるとチェンコーン行きのバスが停まっている所でチケットを購入すると言われバスまで行ってチケットを65バーツ(195円)支払い購入。8時30分発予定のバスに乗った。
 今日の予定はバスでチェンコーンまで行き、メコン川を船で渡りラオス領のフアイサーイへ渡り、スローボートに乗りルアンパバーンへ行く予定だ。
 バスに乗ると物売りのオバちゃんが乗り込んで来た。『カオ・ラーム』というココナッツミルクで甘く味付けされて、竹筒に米を入れたご飯を売りに来たのでそれを買った。竹を剥がして食べるのだが、とてもあっさりして少し甘みもあり美味しかった。



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 今8時40分、あまり乗客が乗ってこないので、出発を遅らせているようだ。バスターミナルいうだけに当然だが、人が多い。現地の人もそうだが特に西洋人の旅行客が多くみられる。夫婦やカップル…ワシの今回の旅は、限られた時間を調整しながらの長距離移動の旅なので一人旅がちょうど良いのだ。
 9時15分過ぎ、バスは45分遅れての出発だ。11時過ぎにチェンコーンへ到着した。トゥクトゥクでラオスに渡る船着き場へと行く。15人〜18人乗りの全長10mくらいの小舟でメコン川を渡り国境を超える。昨晩、タイへ入国したばかりなのに今日はタイ出国でラオス入国だ。感覚が麻痺しそうだ。出国手続きとラオスの入国手続きでヨーロッパ系の団体客がワシの前にいて待つのに時間を取られ、またワシが英語を話せないためにラオスの入管で違う列に並んでいたため、かなりの時間を費やしてしまった。 


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 ようやくラオス入国手続きを済ませフアイサーイの街に立つと本に書いてあったのだが、トゥクトゥクが待っていない…おかしいのぉ?!と思いながら、歩いてスローボートの船着き場を探すことにした。 本の地図を見ながら歩いたのだが、1本道なのに曲がる交差点を見落としてしまい方向音痴がここにも発揮された。言い訳をさせてもらうと、地図にある目印の交差点の角度は45度、曲がる交差点は地図ではT字、実際は十字交差点と違ったためである。ようやく船着場へ着くと子供たちがペタンクで遊んでおり、『船はさっき出たよ。次は明日だよ。GHはあそこにあるよ。』と教えられ(何故か子供たちの話す言葉が雰囲気で分かった…)、すでにスローボートが出たあとだった。ギェェェ〜!ここで1泊する羽目になった。子供たちが教えてくれたGHに行き500バーツで部屋を借りた。考えてもみなかったフアイサーイ1泊で前途多難であることが身に染みた。
 昼食を食べようと近所を散歩していると、食料品店があったのでBeer Laoを買い、その店の前で飲ませてもらった。タイのコンビニではBeer Changが44バーツだったのだが、Beer Laoは50バーツと高いとは思ったが、とにかく暑いので2本も飲んでしまった。またその店のおばちゃんにラオス語の手ほどきも受けた。
 明日のスローボート出発まで退屈な時間を過ごさねばならない。フアイサーイの街で、ビールを飲みながら意味のない空白の時間を過ごした。1時間半くらいその店の前にいただろうか。一人旅と言うのは家族の事、過去・現在・未来のワシとワシに関わるその周辺の事などを考える事が沢山あり、日記帳を持っていたらさぞ面白い文章が書けたのではないかと思った。GHに日記帳を取りに帰ろうかと迷ったが、酔っ払いの日本人にBeer Lao2本で1時間半も店先に居座られ迷惑に感じているだろうと思いやめた。
 GHに戻る前にスローボートのチケット売り場に行き、明日のスローボートの予約ができるか聞いてみた。チケットの販売は出来ると言うので900バーツ(2700円)でルアンパバーンまでの船旅のチケットを買った。チケットを買う時に分かったのだが、フアイサーイからパークベンで1泊して、ルアンパバーンへ向かうそうだ。このスローボートでも1泊余分に日数がかかってしまい、すでに2泊のロスが出てしまった。



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 GHに戻り部屋の前の椅子に座り、メコン川を眺めながら今こうして日記を書いている。しかし、特に暑いとは思わないが日差しが強いので汗が流れ落ちる…。昨日洗濯したものを出して干していたらほとんど乾いた。
 夕方6時過ぎまで部屋でテレビを見ながらウトウトしていたが、夕食を食べるためGHの食堂に行った。ラオス料理の定番らしい『ラープ・カイ』を注文すると『○○○は要らないのか?』と言われ、その○○○が何なのか分からないので、『わからない』と言うと、本に載っているご飯(カオ・チャーオ)に指を差された。ご飯は付いているものと思い込んでいたので値段を確認して注文した。すると『何か飲み物は要らないのか?』と聞くのでBeer Laoを注文した。ラープ・カイとご飯で120バーツ(360円)とBeer Laoが40(120円)バーツ。ということはレストランより食料品店の方が高く、おばさんからボッタくられたということだ。日本ではレストランより食料品店の方が高いなんて考えられない…。この国はアジアからヨーロッパまで陸続きなので、シルクロード周辺を行き交う商人の影響なのか…彼らは自分たちの生活を守るために、何千年もかけて自然に身に付いた商魂だと思った。(1人で考える時間が多いので、大きく話は膨らむのだ。)
 料理の話になるが、『ラープ・カイ』…なんと辛いことか…。香草は苦手だったが、この香草が入っていることを知っていて注文したが、香草の臭いは気にならなかったが唐辛子だけは頭に来るくらい辛い…。辛すぎて鼻水が出た…。ホント!
 食堂(GH)の人がテーブルへ来ていろいろ話をした。言葉は通じないが感じは分かる。ワシ『明日の8時にボートが出発するので、この食堂は何時から始まるの?』、食堂の女性『7時から』、ワシ『じゃぁ、明日の朝食はこれを注文したいが…(本を指さす)』、食堂の女性『ところで、ボートの出発は11時30分だよ』、ワシ『えっ、8時と言っていたよ』、食堂の女性『違う11時30分だよ。朝食はパンにしなさい。』、ワシ『パンは嫌だなぁ。船の出発は8時だと聞いたようだけど…』と言う感じの会話だった。考えてみると11時30分発だったら、1時間早くフアイサーイに着けばスローボートに乗れたのだ。夕食が終わり部屋へ戻った。
 本日の移動距離 約130km
【旅立ちの日】
 広島空港から成田を経由してバンコクのスワンナプーム国際空港へ着き、国内線へ乗り換えてチェンライへと空の移動を計画した。このルートがネットで検索した中で一番格安だったのだ。成田へ広島から往復の航空チケットを買うと片道3万円前後はかかるが、タイへの往復チケットをつけても片道の3倍もかからないのだ…。ワシには到底理解できない不思議な経済的?料金計算なのだった。


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 飛行機での移動時間や乗り換えの待ち時間は、旅行前に現地の情報収集をほとんどしていなかったので『地球の歩き方』(以下“本”という)を読んで、本日泊ろうとするゲストハウス(以下“GH”という)を2〜3ヶ所選んでおいた。
 今回の旅行は行き当たりばったりの旅なので、当然泊まるGHを決めずに日本を出たのでものすごく不安だった。
 『何とかなるじゃろ!』と言う気持ちと『本当に何とかなるんかいの?』と言う二つの気持ちが、心の中で葛藤していた。まぁ、最終的には『泊る所が見つからなければ朝まで起きときゃエエわ!』と開き直っていたが、この日記の続きはできればGHの部屋で机に向かって書きたいものだ…。

 計画通り広島空港から成田、タイのバンコクと移動し、チェンライ行きの飛行機に乗り換えた。チェンライに着くと荷物を受け取り、本に書いてあるように到着ロビーのカウンターへ行き、タクシーを申し込んだ。日本でもタクシーなど乗ったことがないワシじゃが、ここでタクシーをすんなり使ったのは、夜で外は真っ暗…目指すGHはどの方向にどれくらい離れているのか分からないからだ。タクシー代は200バーツ(600円)、ちょっと高いとは思ったが距離的には広島から可部くらい離れていたように感じたので安かったと思う。本で読んだ通りのタクシー代だったのでひと安心だった。行き先をGH近くの目印であるナイトバザールをやっている地域を指さし『ここがナイトバザールだ。このGHを知ってるか?』と聞くと、ナイトバザールという言葉は通じなかったようだが、指さすGHは分かったのか運転手は『OK』と言ってくれた。
 20〜30分くらい乗ったのだろうか、やがてタクシーは目指さしたGHへと着く。荷物をトランクから受け取り、GHのフロントの女性に部屋は空いているか聞いてみると、『300バーツ(1バーツ3円)』と言われ、『まだ安い部屋はないの?』と聞くとしばらく考えて、250バーツ(750円)の部屋があるというので見せてもらいその部屋に泊まることにした。
 部屋に荷物を置き、フロントへ宿代250バーツ支払ってナイトバザールをしている場所を聞き、街の散策と晩飯を食べるため外へ出た。



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 街を散策していると屋台があったので、フォー(汁の入った米の麺)を食べた。本に書いてあるように、テーブルに置いてある4〜6種類の調味料を適当に入れ、ワシ好みのフォーを作っていくのだ。店から出されたばかりのフォーは本によると未完成らしい。酢、唐辛子、魚醤、砂糖などで、本には砂糖もフォーに入れると美味しくなると書いてあった。日本人にはラーメンに砂糖は違和感があるが、本には美味しくなると書いてあったので試してみたら、フォー自体がまろやかになり、なかなか美味しかった。以来フォーを食べる時には小さじ1杯弱、砂糖を入れるようになった。
 GHで聞いたナイトバザールをやっている場所を探したが分からなかったので(実はワシは方向音痴なのだ)諦めてGHに帰ってビールでも飲もうとコンビニでBeer Chang を大ビン2本88バーツ(1本なんと132円安い!)買い、コンビニの外へ出たらナイトバザールは斜め左側に見つかった…。
 そこには観光客目当てのお土産物がたくさん売られていた。露店の奥に進むと大きな広場があり、広場いっぱいにテーブルとイスが置いてあり、両サイドには食べ物を売る屋台があった。その屋台で地元の人たちが食べ物や飲み物を買い、テーブルを囲んで楽しそうに夕食を食べていた。
 屋台では色々な食べ物が売っていた。中でも興味を持った店は、色んな生野菜を切り、籠に盛って売っている店があり、なぜ食べる処に八百屋があるの?と思い、しばらく店の前に立って様子を見ていると、野菜の籠を買った人は同時に肉や魚も買って、店の人が七厘と土鍋を用意し、それをテーブルに運んで鍋料理を食べていた。暑いところで食べる鍋料理はとても美味しそうだった。暑い時期に鍋料理を汗をかきながら食べるのがワシは大好きだが、ここでは残念なことにフォーを食べていたので腹が一杯で食べれなかった。別の屋台では昆虫や幼虫を佃煮のようにして売っている店もあったが、とても食べる気にはならなかった。
 その広場の前方中央部にはステージがあり、生バンドの演奏や喜劇のようなものをやっていて、クリスマスや正月が近い為か、お祭りのような騒ぎだった。


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 春巻きを30バーツで買い、空いた席でステージを見ながら買ってきたBeer Changを飲んだ。最初からここの場所が分かっていれば、フォーは食べなくて済んだのだが、今さらではあるが腹は太く、美味しそうなものが沢山あったが、春巻き以外食べられずGHに戻ることにした。部屋で洗濯をしていると、ふと『ワシャ、何でこんな所におるんじゃろ?』と独り言を言って多いに笑った(涙・・・)。
 明日もここで夕食を食べたいと思ったが、日程的に無理がある旅なのでいよいよ明日から罰ゲームに出発する。バスでチェコーンへ移動しラオスに入国し、スローボートに乗りルアンパバーンに向け船旅を満喫するつもりだ。
本日の移動距離 約6000km
『行けるまで行ったらんかい!』の罰ゲームの旅
旅人:Packer Taka
【序章 旅行計画】
 いよいよ今日からワシはBackpackerの旅に出る。半年前にネパールで散々嫌な思いをしたのに懲りないワシがここに居るのだ。
 ワシのBackpackerの師匠は近所のお好み焼屋のオヤジだ。彼は地球のいろんな国へ行った経験があるBackpackerだった。現在では師匠も家庭を持ち、行きたいが行けないというジレンマに陥っている。安旅行の経験が豊富にあるだけに素人のワシに対し、あそこヘ行ったらエエよ、ここへ行ったらエエよ、また、ああした方がエエよ、こうした方がエエよ、とアドバイスがテンコ盛りなのだ。
 師匠の色んなアドバイスの中で、『宿は予約せんでも泊まる所はいっぱいある』と言うが、無かったらワシはどうするん?…『両替は手数料がかかるけぇ、できるだけ日本円で持っていき、要るだけ両替せんと手数料がもったいない。』…とは言うが両替所がなかったらどうするん?…不安だ。また『○○○へ行くのならバスで行けばエエよ。現地の乗合バスは安いからそれを使った方がエエよ、また飛行機で移動すると高くつくので長距離バスを使った方がエエよ』…とは言うものの○○○行のバスやバス停は何処にあるん?どのバスに乗り、どこで降りればエエのか?…分からんし…参考になることも多いが素人のワシには不安なことの方が多いのだ。確かにアドバイス通りできりゃ安いと思うが、ワシは英語も話せんし当然現地の言葉も話せやしないのだ。現地での頼りは『師匠の経験談(?)』と『地球の歩き方』の本だけなのだ(実はこの本だけが頼り…)。特にこの本は命綱と言っても過言ではないのだ。また仕事を休んで行く旅行なので師匠がBackpackerしたような日数的な余裕なんてないのだ。現実的には日数の限りがある中で目的地から目的地へと移動する旅行は、簡単には行かないのだ…と思う。
 この『と思う』を体験するために、師匠と半年前からタイ・ラオス・ベトナム・カンボジアを船とバスを乗り継ぎ、タイへ戻ってくる、超ハードそうな…旅を計画してみた。 何故東南アジアなのか…と言うことはワシにも定かでない。しかし、数年前に師匠がタイへ行ってみればと言ったのがきっかけで、初めてBackpackerを経験したものの、その旅の道中から『アジアの旅は2度とせん!』と思ったが、不思議と日時が経つにつれ、ToughでDirtyな旅を美化しているワシがいるのだった。
 それと、もう一つの大きな理由は簡単明瞭で、日本では日頃飲めない本物のビールを格安で飲むことだ。ワシは日ごろ韓国産の『第3のビール』350ml 1本78円しか飲んでいないのだ。このビールモドキの気に入らない所は缶の表示にある。その表示はビールではなく酒類またはお酒としか書いていないのだ。酔えばいいと言うワシの心根にも腹が立つ…のだ。本物を浴びるくらい飲みたいものだ…。


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 話題はそれたが今回の旅の計画は、アユタヤから始まった水害はてバンコクまでもたらし、被害がどこまで及んでいるか分からないため、タイの北部チェンライまで飛び、そしてラオス国境のチェンコーンへバス移動。メコン川を渡りラオスのフアイサーイからスローボートでメコン川を南下しながらルアンパバーンまで船の移動。ルアンパバーンからは長距離バスでラオスの首都ビエンチャンへ、ビエンチャンから東に移動してベトナムのフエに行き、今度は南下してホイアン、ニャチャン、ホーチミンへ。ホーチミンから北上してカンボジアのプノンペン、シェムリアップ、シェムリアップからは西へ向かいタイのバンコクのカオサン通りが最終目的地なのだ。
 船とバスの移動は現地に行ってみないとチケットが取れないし、また泊まるゲストハウスも何時、何処の街に着くか分からないので予約が入れられない。ワシには初めての行き当たりバッタリの旅なのだ。
 今回の旅にタイトルをワシなりに付けてみた。『行けるまで行ったらんかい!の罰ゲームの旅』、だ。罰ゲームとは、別に悪いことをした懺悔の旅ではないが、ToughでDirtyな旅になるのは必至で、罰ゲームと名付けてみた。
 では皆さん、『Mission Impossible』の旅へ行って参ります!!

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