へっぽこ君の悪戦苦闘の日々・・・

膠原病(成人スティル病)と、有機栽培(目指せ百姓)あと、家族のことを書きます!!

四国八十八ヶ所

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お遍路さん

前回88箇所すべて回ったのですが、途中でデジカメを持っていくのを忘れてしまい、

更新するのを止めていました。

再度、退院後に家族三人で少しずつ88箇所の巡礼をしようと思っています。

子供が無事に生まれたお礼、私の快気お礼、嫁さんの健康。そして、できれば、高齢出産になりますが、もう一人子供が欲しい。

欲望丸出しの巡礼になりますがw

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第十三番札所 大栗山  大日寺

<ご詠歌> 阿波の国一の宮とはゆうだすき かけて頼めやこの世後の世

<ご本尊> 十一面観音  おん まか きゃろにゃ そわか 

徳島市一の宮町にある大日寺は、今も一の宮寺の名で呼ばれています。これは、道をはさんで寺のすぐ前にある一の宮神社の別当寺であったことを物語っていて、神仏分離以前は、一の宮神社が札所で、寺は納経所として参拝されていたのです。大日寺には、次のような奇跡が伝えられています。十二代隆栄和尚の時のことです。その頃、本堂の裏のうす暗い竹やぶの片隅に、今にもくずれそうな古い雪隠(便所)がありました。大雪の降ったある日、両足の不自由なお遍路さんがやって来ました。名何度目かのお遍路で隆栄和尚とも顔なじみになっていました。納経を終えたあと、不自由な足で雪隠へとはって行きました。しばらくして、境内に泣き声が聞こえ、和尚が何事かと雪隠へ行ってみると、お遍路さんの両足が直り、立ち上がって、うれしさのあまり泣いていたのでした。

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第十二番札所 摩廬山  焼山寺

<ご詠歌> 後の世を思えば恭敬勝山寺 死出や三途の難所ありとも

<ご本尊> 虚空蔵菩薩  のうほう あきゃしゃ きゃらばや おん ありきゃ まりぼり そわか

一番札所から順に遍路すると、最初の難所がこの焼山寺です。標高約八百メートルの山上にあり、険しい坂道をのぼらねばなりません。昔、この山には魔力を持った大蛇がすみつき、村里へ出ては、暴れたり、火炎を吐いたりして、人々や農作物に害を与えていたといわれます。ある時、役の行者がこの山に来て、仏さまを刻んでお祀りしたので大蛇はおとなしくなりました。しかし、役の行者が山を下りると、大蛇は再び暴れるようになったのでした。これを聞いた弘法大師が、一人で山にのぼりましたが、大蛇は山中を一面、火の海にしてしまいました。弘法大師は、身を清めて印を結び、真言を唱えながら、火炎の中を進みました。すると、行く先の火が消えていき、やがて姿を現わした大蛇を、虚空蔵菩薩のご加護を得て、大岩に封じ込めてしまいました。そして、焼山寺と名づけ、寺を開いたということです。

車で回っていたのですが11番の藤井寺到着が16時40分
焼山寺到着が17時40分参拝を終え納経所へ 
ここで衝撃の事実が…納経は17時で終了だったんですね…
寺の人にあったのですが山奥の寺なのでもう納経できる人がいないといわれ・・・
泣く泣く翌日納経のためにだけ再度参拝に・・・
以降すべての寺を17時に間に合うようにまわりました・・・。

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第十一番札所 金剛山 藤井寺

<ご詠歌> 色も香も無比中道の藤井寺 真如の波のたたぬ日もなし
                
<ご本尊> 薬師如来  おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

山門の前には、地元の老人会が出店をしていた。境内を入ると直ぐ右手に、お大師様お手植えの藤棚が大きく奥へと広がっている。
寺名の由来は、弘法大師が、悪病に苦しむ人々の為に薬師如来を彫り、金剛不壊(永劫、不滅)祈願の護摩をたき、五色の藤を植えた事からつけられたとか。
弘法大師がこのお寺を建立された際に、本尊薬師如来を刻まれ、八畳岩という大岩の上で十七日間修行されたといいます。さらに、修行の後、境内に五色の藤を植えられ、それにちなんで寺名を「藤井寺」と名付けられたのだそうです。本尊は「厄除けのお薬師さん」と呼ばれています。というのも、昔から藤井寺は何度も兵火や火災によって境内の建物が焼失してしまうという厄難にみまわれているのですが、そのたびに、この薬師如来だけは自ら谷川へ難を逃れたり、住職に運び出されたりで、無事だったといういわれがあります。

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第十番札所 得度山 切幡寺

<ご詠歌> 欲心をただ一筋に切幡寺 後の世までの障りとぞなる

<ご本尊> 千手観音  おん ばざら たらま きりく

弘仁年間弘法大師がこの地を巡行中この山麓で機織りの信心深い女性から七日間施しをうけた。
七日目に大師が布を乞うたところ、織っていた布を惜しげもなく切って差し出した。
感激した大師が娘の願いを聞いたところ、娘の父は無実の罪で島流し、身重の母は観音さまのお告げでこの地へ来て、娘を生んだのだが、観音さまをおまつりしたいという願いを果たせず亡くなったという。お坊さんは娘に代わって観音さまを刻み願いをかなえたところ、娘は観音さまに姿を変えたというものです。

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