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塚原夫婦の悪行は狡猾です。
体操のリオ五輪女子代表、宮川紗江(18)によるパワハラ被害の訴えに、日本体操協会の「女帝」と異名を取る塚原千恵子女子強化本部長(71)と夫の塚原光男副会長(70)は文書や音声データで猛反論した。大揺れの協会だが、お家騒動はいまに始まったことではない。塚原夫妻は46年前、当時の「女帝」にクーデターを仕掛けた側だった。27年前には別の女性幹部らと激しく対立、塚原夫妻に対するボイコットが仕掛けられた。協会の歴史は血で血を洗う女帝の抗争史ともいえる。 千恵子氏は現役引退後は朝日生命体操クラブの女子監督を務めるほか、2012年ロンドン五輪では体操女子代表を率いた。息子の直也氏も04年アテネ五輪の金メダルを獲得している。
順風満帆にみえる体操人生は、激しい権力闘争の末に勝ち取ったものだった。光男氏は1982年、「女帝」と称された荒川御幸強化本部長の「横暴を告発する」と雑誌に寄稿して弓を引き、ついには追い落としに成功した。 89年に出版された塚原夫妻の共著『熱中夫婦ここにあり!』(実業之日本社)では、選手兼コーチだった光男氏が、“女帝”から、「あなたは選手だから、コーチとしては不適任」と言われ、「頭に血がのぼるのが、はっきりと分かった」と振り返っている。 選手の選考で不公平が生じていたとし、「このままでは日本の女子体操はまったくダメになってしまう」との問題意識で引退の記者会見を開き、女子体操界の問題を訴えたとしている。 その著書から2年後。千恵子氏が協会のナショナル強化部長、光男氏が女子競技委員長を務めていた91年11月には、山形市で開かれた全日本選手権で、千恵子氏が務めていた主任審判の採点に不満を抱いた55人の選手らが集団ボイコットし、塚原体制を倒すためのクーデターとして注目された。夫妻は辞意を表明したが、のちに撤回した。 千恵子氏は92年8月の「文芸春秋」に『あえて日本体操界を告発する』と題した文章を寄稿。協会がおかしくなった理由として前年のボイコット事件を挙げ、「私たち夫婦の追い落としを狙った行動」と不満を漏らした。 ボイコット事件について千恵子氏は寄稿で「裏には池田敬子さんがいるのです」として、「体操界の女王」として知られた人物を名指しした。 池田氏は東京五輪で団体銅メダルを獲得するなど活躍し、引退後は選手の育成を手がけていた。 当時、池田氏は体操クラブを運営しており、「私たちが指導している朝日生命体操クラブが池田さんにとっては邪魔な存在だから」とまで述べている。 ただ、夕刊フジでも当時、ボイコット騒動を報じていたが、ボイコットに加わったコーチは「池田氏黒幕説」を否定している。 その後、千恵子氏は2012年ロンドン五輪では体操女子代表を率いたが、同年には4年後のリオ五輪に向けた強化本部長をめぐる人事に不満を抱き、協会に辞表を出したと報じられている。 前出の夫妻の共著では朝日生命体操クラブの選手が全日本合宿で、「女帝」に「あんた、なにしに来たの」と言われたというエピソードを受けて、こう訴えている。 「少しでも選手の力を伸ばすように、選手がやりやすいように考えてやるのが、コーチの役割だ。それなのに、その命がけであるはずの現場で、指導者という立場の人間が、選手の心を傷つけるようなことを言ってもいいのだろうか。私たちは、それだけは絶対に許せなかった」 歴史はまた繰り返されるのか。 https:/ /www.ms n.com/j a-jp/sp orts/ne ws/女帝闘争、体操協会の血塗られた歴史-クーデター、集団ボイコット…/ar-BBMNZQ5?ocid=spartanntp#page=2 |
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寒い日が続きます
2018/9/6(木) 午後 3:13 [ yukiko ]