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「リボルバー」のリッキーさんこと、廣田龍人さんがライブツアーで
7月の29日30日,と8月1日、来広されました。
写真はリッキーさん(写真上)と、
藤田光則さん(写真右)(ベース、ボーカル)ダンガンブラザーズ・バンドのベースとしてビクターレコードよりデビュー。その後、松田聖子、真田広之、時任三郎のバッキングミュージシャンとして活動。
1987年よりリボルバーに参加、現在にいたる。
竹原誠さん(写真左)(ドラム、ボーカル)
1982年に京都から上京。都内のライブハウスで活動中その卓越した
ドラミィングがメンバーに評価され、1993年よりリボルバーのドラムとして参加。
のお三方と、私(写真下)です。
以前リッキーさんとも共演させていただいたこともあり公私共に長いお付き合いをさせていただいております。
いつも全国を飛び回ってLIVEをされているリッキーさんですが、久しぶりに合えて
色々な話や、恒例のゴルフ、ライブの打ち上げなどで、ともに時間を過ごすことができました
ライブを拝見させていただいて、いつまでたってもステージのパワーは変わらず
「さすがリッキーさんだなー」と思わずうなってしまいました・・・
リッキーさんこと、廣田龍人さんは
広島出身のアーティストで、
1973年東芝EMIより、アルバム「MEET THE BAD BOYS!」を発表。
同時にシングル「ビートルズが教えてくれた」(吉田拓郎、作詞作曲)も発表。
ビ−トルズのコピ−バンド「THE BAD BOYS」としてデビュ−。全国的に話題になる。
1977年にはREVOLVERを結成し一時ビートルズから離れて、オリジナル活動に入る。
1981年〜92年は、
約10年間でアルバム5枚とシングル10枚を発表。
1980年、ジョンレノンの死をきっかけに再びビートルズを歌うようになる。
81年に六本木キャバーンクラブがオープンしたのも、大きな要因で、
これ以降現在までビートルズとジョンの魂を歌い続けている。
ジョンレノン死後、毎年12月8日の
命日には、ビートルズの影響を受けたミュージシャン達を集めて
1981年12月8日から「ジョンレノン フォーエバー」という追悼ライブを行っている。
以後、毎年ジョンレノンを愛するミュージシャン仲間に呼びかけ、イルカ、オフコース、南佳考、
山本コータロー、等々、今迄に100組を超えるミュージシャン達が参加し、現在に至る。10年目には
オノ・ヨーコから「ジョンの精神を伝えるために、ジョンの歌を歌い続けるリッキーに感謝します」
とのメッセージが寄せられた。ビートルズトリビュートバンドとしての活動の他、TV番組の
テーマ音楽、CM音楽の制作等活動は多岐にわたる。
現在はREVOLVERというグループのリーダーとして活動している傍ら、
ここ数年(94年ごろから)SOLOでアコースティックギター1本での一人ビートルズも歌うようにる。
SOLO LIVEは時にはバンドも圧倒するくらいのパワーとテクニックでオ−ディエンスを魅了する。
現在ビートルズのトリビュートバンドとして200曲以上のビートルズナンバーをレパートリーとし、
ビートルズの神髄を幅広い世代に伝えている。
特にジョンのナンバーを歌う時はジョンそのものになってしまう、以来日本のジョンレノンとも呼ばれる
ようになる。1990年には東京のホテルにて小野洋子さんからご招待を受ける。
2001年より2006年まで、六本木キャバーンクラブの音楽プロデュースを担当。
サウンド面を全面的にバックアップしハウスバンドの「SILVER BEATS」を誕生させる。
2006年8月、毎年行われているイギリスリバプールの“ビートルズウイーク”に初参加。
REVOLVERの長尾行泰が参加できなかった為に、グループ名を「RICKY & THE MICHELLE」で登録。
キャバーンクラブでのライブでは
熱気ムンムンで大盛り上がり、オーディエンスからは絶賛される。
テレビ、ラジオ、CM:
ドキュメント「がんばれ!スティーブン愛と涙の記憶」(フジテレビ)
ドラマ「あそびにおいてヨ!」(フジテレビ)
トーク番組「おしゃべりな夜」(テレビ東京)
学生援護会CM(アルバイトニュース)、朝日生命CM、
三菱自動車CM、富士フィルムPR用ビデオ
ローソンチケット、明治ブリック、シャープ(ラジカセ)
国文缶詰、エプソン、マクドナルド、平安閣、三菱電機、
三菱テレビ、ジャパンライフ、キリシマハム、キャンパスリップ、
玉の丼すしの子、サントネージュワイン、
アニメ「LESSON XX」(日本コロムビア)
(廣田龍人ファン・クラブ)
http://members.aol.com/rickyhirota/
(写真掲載には、ご本人の許可をいただいています)
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