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続々言霊 思いがこもる言葉を持つ国に住む人たちへ 後編(の前編) からの続きです。
http://blogs.yahoo.co.jp/takaakimitsuhashi/32150477.html
日本では、家の玄関の扉は、通常は外開きです。それに対し、ユーラシアの多くの国々では、扉は内開きになっています。外開きは「玄関」というスペースを有効活用するには有利ですが、「外敵の侵入」を防ぐには、内開きに比べて不利になります。内開きの場合は、鍵が壊されても、内部につっかえ棒をしておけば、そう簡単に扉は突破されません。
日本では、「城」を囲むように街が存在してますが(いわゆる城下町)、ユーラシアの多くの国々では、街は「外壁」により囲まれています。
この違いについて、大石久和氏は「国土学再考」において、「自然災害史観」と「紛争史観」の違いであると説明していらっしゃいます。
同書のP119 に、マシュー・ホワイトがまとめた「歴史上の大量虐殺ランキング」が掲載されています。(ちなみに、ホワイト氏のホームページは⇒ http://users.erols.com/mwhite28/warstat0.htm )
この表を見ると、ユーラシア(及びアメリカ大陸)の人々が、度肝を抜かれるほど大規模な虐殺の歴史を繰り返してきたことがわかります。
特に、お隣の中国は半端なく、毛沢東の文化大革命(4000万人)、モンゴルの征服(4000万人 ※中国だけではなく東欧まで含む)、安史の乱(3600万人)、明王朝の崩壊(2500万人)、太平天国の乱(2000万人)と、数千万人規模の虐殺が世界史の2位から6位までを占めています。(ちなみに首位は第二次世界大戦)
中国のみならず、ロシア、インドからジブラルタルまでの一帯も、何度も大虐殺を経験しています。ロシアのスターリンによる粛清や、ロシア革命は言うに及ばず、そもそもロシア帝国成立時にも、何百万人もの人が死んでいるのです。
欧州ではモンゴル襲来やナポレオン戦争(400万人)、それに三十年戦争(750万人)が有名ですが、そもそもローマ帝国時代から、東方からの異邦人(要は蛮族)の襲来に苦しみ続けてきたわけです。最終的にゲルマン系民族によりローマ帝国は滅ぼされてしまいましたが、その過程でやはり何百万もの人命が失われてしまいました。
ゲルマン系国家が成立した後も、今度は地中海を越えて来襲するイスラム系海賊により、人々が大量にさらわれることが日常茶飯事となります。さらに、巨大化したイスラム帝国との紛争が続き、スペインは一時的にイスラムの支配下に入りました。
もちろん欧州も攻められるばかりではなく、十字軍という名の侵略軍をイスラムに送り、日本人には想像を絶するレベルの残虐ぶりを発揮しています。
要するに、ユーラシアのほとんどの国々にとって、「他民族あるいは異邦人が攻め寄せ、自分たちを皆殺しにする」ということが日常茶飯事(と書くと大げさですが)だったわけです。そのため、ユーラシア諸国は基本的に「紛争史観」であり、街は外壁に囲まれ、扉は内開きというわけです。(これに対し、日本は「自然災害史観」なのですが、今日の主題と少し外れるので、省略します。)
外壁に囲まれた街に住む人々(今回は特に欧州の人々を指します)は、「いざという時」に備え、様々なことを予め想定し、「誤解の生じようがない」言葉でルール化しておく必要がありました。例えば、紛争の際には兵士がどのように動き、住民はどのようにそれをバックアップするのか、「共同体」全体として街を守りきるための取り決めなどです。
何しろ、住民の命が掛かっていますので、ルールに「解釈の相違」が生じてはならず、誰もが「言葉の意味」について、全く同一の理解をしておかなければなりませんでした。いざ、異民族が攻め寄せてきたとき、ルールの解釈に違いが出ると、住民全員が危機に瀕してしまうわけです。
というわけで、欧州の言葉は「厳密で曖昧さのない言葉による合意」を形成できるように進化した。というのが、大石氏の見解です。同じく異民族による虐殺を何度も経験し、街を外壁で囲んでいるくせに、中国人の「てんでバラバラっぷり」は何なんだ、なんて思ってしまいましたが、それはまあ、別の話。
個人的には、紛争史観に加え、欧州の場合は「契約に基づく封建制」が発達したため、「契約」に異なる解釈が生じない言葉が必要だった、というのもあるのではないかと思います。
さて、「紛争史観」「厳密で曖昧さのない言葉による合意」の文化を持つ欧米諸国に対し、こちらは「自然災害史観」に基づく「情緒豊か」「様々な解釈が可能」な言語の文化を持つ日本でございますが、タイミングよく、興味深いニュースが報道されました。
『鳩山首相、ラジオ出演はテンション低ぅ〜
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20091227-OHT1T00043.htm
鳩山首相は26日、アール・エフ・ラジオ日本の番組収録にゲスト出演。年明けの放送だが、献金問題をふまえ「おめでとうございますというのが心の中に響きにくい」と、いきなり低いテンションでスタートした。(中略)
また、選挙中に叫び続けた「政治主導」「官僚任せ」の意味を、首相になるまで「どういうものかも分かっていなかった」と告白。(後略)』
「政治主導」「官僚任せ」。まさしく、読む人がそれぞれ勝手に解釈するフレーズの代表株でございます。「政治主導」について、「正しい定義」をできる人はまず存在しないと思います。各人がそれぞれ異なる解釈をするでしょうし、日本語としてはそれでオッケーなのです。
断っておきますが、わたくしは「曖昧な解釈が可能」であるがゆえに、恐ろしく深みがある文化や世界を形成できる日本語が大好きです。シミュラフィクション「新世紀のビッグブラザーへ」においても、「曖昧なフレーズ」を多用していますが、それは単純にわたくしがこの種の「深みのある表現」が可能な日本語が好きだからです。
しかし、問題を解決しようとしたときに、「言葉」の解釈が各人で異なっては、非常に困るのです。何しろ、何度も繰り返しているように、「正しいソリューション構築は、正しい問題把握ができなければ不可能」なのです。
とはいえ、いきなり日本語が英語チックに「厳密で曖昧さのない言葉」に進化することは考えられませんので、「数値データに基づく見える化」が必要になるわけですね。
財務省は(恐らく)故意に「国の借金!」「財政赤字!」と、ストックとフローを混同させて危機感を煽っています。しかし、以下のように数値データを見える化すると、財務省が問題にしているのが「政府の負債 980.2兆円」であると、「厳密で曖昧さのない定義」が可能になりますよね。
【日本国家のバランスシート 2009年9月末速報値・6月末確定値(単位:兆円) 】
http://members3.jcom.home.ne.jp/takaaki.mitsuhashi/data_26.html#JPBS0909
というわけで、わたくしは何かについて語る際に、「解釈の相違」が生じないように、毎度毎度、グラフ化、見える化を行っているわけです。
ちなみに、2009年の日本における最も「曖昧で、様々な解釈が可能」な言葉は、文句なしで「政権交代」だと思います。
「う・・・。見事なオチにまとめやがって、三橋め・・・」と思いつつ、二日間に渡る大作に「乙」して頂ける方は、
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