|
あれから10年です。2000年の有珠山噴火。
私の故郷では実家のある地域も含めて「避難指示」が発令され、避難所生活を余儀なくされました。
実家には両親だけだったんですけど、両親も避難所へ。
その頃私は埼玉県に住んでて、弟二人は、上の弟が大阪で、下の弟はまだ高校生で札幌に。
有珠山噴火の一報を知ったのが、大阪にいた弟からの電話でした。
「兄貴、新聞見た?有珠山噴火したんだって...。」
真相を確かめるために、実家へ電話してもつながらず...。
テレビのニュースを注意深く見ても、いろいろな情報が錯綜しててわからず。
翌日、会社へ出勤すると、当時の上司が「有珠山噴火したそうだ」と。
当時の先輩も「地元へ連絡取れたの?」って心配してくれて。
私も、実家のことが不安で仕方ありませんでした。
それから、私の故郷に近いところが出身地であった北海道の上司からの電話。
状況を詳しく教えてくれまして、今でも忘れられない瞬間です。
「あまり心配することはないよ。大丈夫だよ。」
その後、ようやく実家とも連絡が取れるようになり、そのときには涙が止まりませんでした。
あれから数ヶ月後、実家へ帰省しました。
いつも洞爺湖温泉へ向かう道路のド真ん中に噴火口が出来てしまい、
道路も隆起して、いつもの姿から変わり果てた光景。改めて自然の力を思い知らされた瞬間でした。
噴火した場所から至近距離に住宅があったり、幼稚園や製菓工場があったりしまして、
噴火の大きな被害を受けたため、立ち入り禁止区域となり、今もそのまま残ってます。
でも、ひとりの犠牲者や負傷者が出なかったのが本当に奇跡だった。
有珠山の火山活動を研究しておられる北海道大学の岡田教授をはじめとする皆さんと、
地元自治体との連係プレーにより、この奇跡が起きたのだと思います。
また、北海道伊達市では避難指示の地域で、避難したがらない住民のお宅まで、
菊谷市長自ら訪ねて避難のお願いで説得させたことがあったそうです(かなり前のテレビ番組で見ました)。
そのようなことも、奇跡を起こす要因となったことでしょう。
有珠山噴火のあと、東京都の伊豆諸島にある三宅島の雄山が噴火し、
三宅島のすべての住民が東京都内への避難を余儀なくされました。
再び三宅島に戻るまで、かなりの年月がかかったと言います。
もしものことを考えなきゃいけない。
いざとなったときのことを考えなきゃいけない。
有珠山噴火から10年。
改めて、このことを思うことを忘れないように心がけたいと思います。
明日から新年度スタートです。
気持ちを新たに、初心を忘れずに精進してまいりたいと思います。
来月も「blog de takaaqui」を宜しくお願い致します。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用




