|
おはようございます。
この前の日曜日、私は夏の繁忙期の英気を養うべく、マイカーで十勝方面へと行ってきました。土曜日に十勝管内陸別町まで一気に移動して、道の駅「オーロラタウン93りくべつ」で1泊し、翌日はまず「ふるさと銀河線・りくべつ鉄道」で念願だった運転体験をしてきて、NHK朝の連続テレビ小説「なつぞら」のラッピング車両を撮影してきた後、一気に一般道で十勝管内音更(おとふけ)町へ。帯広市のベッドタウンとして栄えている音更町の住宅街の中にあったのが...
住宅街の中にある、ちょっと一風変わった駅。しかし確かに音更町には現在、鉄道が一切通っていません。かつて国鉄時代は士幌線という路線が音更町内を通っていましたが、廃止されてしまいました。でもここは「小さな鉄道博物館」という、鉄道ファンであれば一度じゃなくて何度も行ってみたい場所。しかも公開日が毎週日曜日限定という、とってもレアな博物館なのです。
早速中へ入ってみると、非常に大きなジオラマだけでなく、鉄道に関するものが所狭しと展示されていて、鉄道ファン必見です。
その中でもまず最初に驚いたのが...
高架化される前の旧帯広駅のジオラマです。民衆駅だった帯広駅は、地下にはステーションデパートとなっていて、駅舎の上にはステーションホテルが営業していました。かつては根室本線と士幌線と広尾線が発着していたターミナル駅として賑わった帯広駅ですが、高架化された今は、特急「スーパーとかち」の始発駅かつ終着駅として、そして十勝地方の交通の要衝という地位に変わりありません。でも高架化のおかげで、南北に分断されていた街づくりが一層進むことができました。ちなみに現在、道内でかつての帯広駅のような民衆駅タイプの駅舎が現存しているのは、ここから東へ100km以上離れた釧路駅だけです。 そして、これはもっとびっくりしました。
ジェット化になる前の旧・帯広空港のジオラマ。現在は「とかち帯広空港」として、旧・国鉄広尾線の幸福駅から近い場所にありますが、かつては帯広市の市街地からやや近い場所にあり、現在の帯広の森運動公園から近い場所にあり、航空自衛隊と共用で運用されていました。当時はJALに合併される前に存在したJAS(日本エアシステム)の前身である、TDA(東亜国内航空)のプロペラ機だけで、新千歳空港(当時は千歳空港)や羽田空港への直行便が運航されていました。でもこのジオラマを作るのに、非常に長い時間と労力を費やしたとのことです。旧・帯広空港の資料を探すのにも、空港の建物や当時の広告や路線バスのデザインなどを探すのにも、本当に苦労したそうです。もちろん私も、かつての帯広空港はほとんど知りませんので、これを見た時はかつてのものとは言え新鮮な感じがしました。 懐かしのTDAデザイン。そして今はほとんど見ることができなくなったという、準国産航空機のYS-11。TDAからJASになって、レインボーカラーの飛行機がトレードマークとなりましたが、TDA時代のカラーリングは白地に赤と緑のストライプでした。給油の車両も、ENEOSに統合された旧・JOMOの前身、共同石油のロゴマークがあり、懐かしさを感じます。そして飛行機に搭乗するお客さんの姿もちゃんと再現されているのもすごいの一言です。 と、鉄道からやや離れてしまいましたが...
このレポートは明日も続きます。
|
全体表示
[ リスト ]




