【九州ブルトレ】

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「富士・はやぶさ」が走り去って、今日で2週間が経過しました。

最後の撮影は14日の「富士」で締めましたが、本州を走る「富士・はやぶさ」として最後の撮影となったのは改正前日の13日でした。丁度、この日は「2レ」として最後の運転でもあり、最後は何処で撮ろうかと迷いましたが、興津同様、朝練でお世話になった用宗付近にて最後の勇姿を見届けることにしました。
地元ではご用達のポイントでしたが、7時前に着いた時点では誰も居ませんでしたが、後から1人の同業者も見え始めました。朝から生憎の曇り空ながらも、通過前には少しだけ陽が差すようになり、最後の「2レ」は遅れる事無く用宗を通過、シャッターを切った後、流れる車両を眺め、最後尾を務めたスハネフ15-1の姿が見えなくなるまで見送って、東海道線を東上する「富士・はやぶさ」最後の撮影を終えました。

2レ 2009年3月13日 用宗〜安倍川間にて


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自分にとって、昨年4月から今年3月までの1年間は、本格的に「富士・はやぶさ」を追い求めた1年間でした。撮影を開始した当初は東海道を走るブルトレの記録は殆どしていませんでした。当時はブルトレへの関心も薄く、時が過ぎるに連れて数本の列車が相次いで姿を消し、気がついた頃には「富士」と併結運転だった「さくら・はやぶさ」の3本だけになってしまいました。

2005年3月に「さくら」が亡き後、「富士」と「はやぶさ」が統合された頃から少しずつながら撮影していましたが、一昨年の秋、昨年3月に廃止された「なは・あかつき」に続いて「富士・はやぶさ」も今年3月いっぱいで廃止される新聞報道を受けて、せめて、廃止される前の1年間だけでも多くの記録を残そうと考えました。
晴天の日は銀塩で、天候が悪い日はデジカメと使い分け、撮影ポイントも用宗や興津界隈を中心に余り訪れる機会が少なかったカナキク(金谷〜菊川)や満水(掛川〜菊川)へ足を運ぶようになりました。朝練する日々が続き、出勤前や休日に撮影をすると共にリベンジする回数も増えました。
カマ番も45号機や53号機等の美ガマが登板になると特定なポイントで撮影し、48号機や50号機等の汚カマの登板になると適当なポイントで撮影していましたが、前者は不運にも登板日の天候が悪い日が多く、陽が差さないこともあって何回かリベンジした事もありました。

また撮影するばかりだけでなく、今年1月初めには12年振りに「富士」に乗車する機会を得る事ができ、12年前の乗車時に生憎の雨模様で見ることが出来なかった富士山を車窓から眺めることが出来ました。
最後のお見送りは、いつものように地元で見送ろうと考えましたが、「富士」が廃止される翌日にリバイバルとして実家を走ると言うことでこれだけは手放すことが出来ず、最終の「富士」とリバイバルを見届ける為、2日間ながらもわざわざ実家のある九州へお忍びで帰省しました。

廃止から2週間が経ましたが、正直、廃止された実感が湧きません。まだやり残した課題は多く残ってしまいましたが、残るブルトレの姿もあと数年持つか持たない状況であり、流石に「富士・はやぶさ」のように多くは撮影出来ないけれども無くなってから後で後悔しないよう少しずつでも残るブルトレの記録を続けて行こうと思っています。

まだ紹介しきれない「富士・はやぶさ」の記録はありますが、それはまた別の機会と言うことで1年間続けてきたこの書庫に区切りを付けたいと思います。

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すずりん
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