|
古豪200形に乗車し途中駅に下車。そこから日野川に掛かる鉄橋から越前武生へ戻る200形を狙う事に。 福鉄の主力車両である元名鉄路面電車群を撮っている間は陽が差していましたが、次第に雲行きが怪しくなり、14時になるころには陽が厚い雲に覆われ、ついに雨は本降りとなり、撮影していた橋の下の土手で雨宿り。雨は止む気配がなく、雨が降りつく中、一灯のへッドライトが見え、ようやく本命の200形が姿を現しました。 日差しが出ていれば、順光で撮影できたのですが、週末は運用が少ない上、いつ運用に入るかも判らない状況だったため、雨が降る条件付きながらも今後が気になる200形の走行が撮れただけでも満足です。 |
【ローカル私鉄】
[ リスト | 詳細 ]
|
遠征初日、「日本海」など一連の列車を撮影した後、福井市内を走る福井鉄道へ探訪することに。 もともと「日本海」撮影はもとより、市内を走る福鉄のオリジナル車200形が今年度を皮切りに新型低床車両の導入が決まっており、導入から50年近く経つ200形全3編成の撮影も兼ねて今回の北陸遠征が成立した次第。 しかし、休日の運用が殆ど無いことを承知で車庫に留置している状態だけでも撮れれば良い気持ちの多少ありました。JR北陸線武生駅から鯖江方面へ少し歩くと越前武生駅に到着。フリー乗車券を購入し、改札を出ると2・3番ホームには、なんとオリジナル車である200形は第一編成の旧福鉄色、福鉄急行色を纏う600形がお出迎え。 600形の方はビール列車に連日充当されているようでまだ夕方の運転まで間があるにもかかわらず、パンタが上がっている状態で両車の並びが見られたのは嬉しい限り。 福鉄の名車両達の歓迎を受け、初乗車となる200形に乗り込んで途中駅まで向かいました。 |
|
ラストラン当日を迎えた「青空」と共にこの日の運用に就いたのは、幸運にも「青空」と同じ2000系「なの花」。 後継車の5000系が増えた一方で、初訪問にして流山線を走る最後の2000系の2本が見られたのは嬉しい誤算。 唯一の交換駅である小金城跡駅のホームでは先輩格の「青空」と交換する光景が見られ、ホームでは交換と同時に同業者でごったがえしていました。 「青空」と同様、こちらもお昼前の運用から専用へッドマークが掲出され、これまた嬉しいサプライズ。 5000系の予備車として残る「なの花」を「青空」引退を機に運用に回してくれた上、予想にもしなかったへッドマークの掲出と流鉄関係者には頭が下がります。 2000系第二編成として「なの花」の愛称で流山に嫁いで15年。僚友の伊豆箱根1100系や「青空」が相次いで引退したことを考えれば、「なの花」もこの先の去就がもうそこまで来ているかもしれません。 2012年7月15日 流鉄流山線 小金城跡〜鰭ヶ崎にて |
|
初の冷房車として導入された流鉄2000系の第一編成こと「青空」も15日の運用をもって引退。 これでまた一つ、元西武譲渡車が現役を退きました。 今回、先月引退した伊豆箱根1100系(元701系)の影響を受けて、同系列(書類上は元801系改)にあたる「青空」のラストランを見届けることにしました。 初めに訪れた鰭ヶ崎駅から程近いポイントにはコンクリ柵にへばり付くように大勢の同業者が待機中。お昼前の運用からは前後異なる惜別へッドマークが掲出されましたが、周辺は人出が多く、まともな被写体が撮れたのが殆どありませんでした。 今度は鰭ヶ崎から小金城跡へと移動。本当は別途の撮影で「青空」の最終運用を見届けない予定でしたが、折角なので最終運用まで粘ることに。当日は流山駅ではセレモニーが行われ、最終運用では「青空・最終」のサボと運転台には花束が置かれ、沿線には大勢の人に見守られながら、好天に恵まれた青空の下を走る「青空」のラストランとなりました。 2012年7月15日 流鉄流山線 鰭ヶ崎〜平和台、小金城跡〜鰭ヶ崎(最終運用)にて |
|
緑の///を纏った「踊り子117号」がやって来る前に今月13日に引退した赤電こと1100系のその後の動きを見ようと近くの河川敷の道路から大場の車両工場を眺めることに。 多少難がありますが、倉庫代用として使用されているモハ2008(1000系)と並んで留置中。何故かモハ1009の前面表示幕が「快速 修善寺」となっており、1100系が赤電として初披露した昨年11月が昨日のように思えます。赤電の傍らには重機が鎮座しており、近く解体されてしまうのでしょうか。 保存のため、近く小布施に移される長電2000系D編成のファイナル撮影会と銘打ったイベントが開催されますが、解体を前にこちらでもファイナル撮影会を実施して欲しいところですが…。 |




