鹿児島県奄美諸島の沖縄戦

沖縄戦は沖縄県だけの戦争ではありません。奄美諸島でも戦われていました。

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18日は「早朝より飛行場上空を旋回する機音があったが、午后四時よりはげしい空襲があった」(「徳之島空襲日記」68頁)という。
この日来襲したのは、第322海兵戦闘飛行隊のF4U4機だった。午後2時30分に緊急発進し、午後3時に徳之島上空に到着し、喜念と目手久の間の浜辺に位置する飛行機(二式単戦と判断)を銃撃して火を噴かせた。
この他に平土野の北東千から二千ヤードの北側に沿って、約20の洞窟を発見したので銃撃した。洞窟の10個に大きな爆発が起きた。(「林博史提供史料 018/NM6 7A/3727」)攻撃目標となったのは、海岸に不時着した日本機のようだ。
 21日は「午前中三・四回機音はあったが爆撃のない日であった」(「徳之島空襲日記」68頁)という。
この日来襲したのは、沖縄泡瀬飛行場を午後1時15分に発進した、第232海兵攻撃爆撃飛行隊のTBM1機(100ポンド爆弾12発を装備)だった。徳之島午後1時55分に到達し、亀津の約3マイル南のレーダー基地を攻撃し、爆弾11発が命中して甚大な損害を与えた。特にレーダー設備を入れていた建物は、徹底的に破壊された。
 8月5日は「早朝機音とともに轟木、花徳方面で爆撃音があった」(「徳之島空襲日記」69頁)という。
 最初に来襲したのは、第548戦闘機中隊のP61の1機だった。ロケット弾と機銃で南九州を攻撃した他、2度徳之島を銃撃した。(「林博史提供史料 018/NM6 7A/3727」)
 2番目に来襲したのは、第222海兵戦闘飛行隊のF4U4機だった。戦闘空中哨戒で、午前10時45分に許可を受けて、徳之島の建物を銃撃した。西海岸の中間近くの兼久の茅葺き小屋建物を攻撃し、4軒が炎上した。島の東海岸の2つの大きなバラック建物も銃撃され炎上した。(「林博史提供史料 018/NM6 7A/3727」)この攻撃も戦闘空中哨戒中の臨機目標攻撃である。
 3番目に来襲したのは、第222海兵戦闘飛行隊のF4U10機だった。午後2時45分に、パイロットの救難機の上空護衛で、飛行場を銃撃したが、結果は確認出来なかった。(「林博史提供史料 018/NM6 7A/3727」)臨機目標的攻撃なのか、救難作業の支援のための攻撃かは不明である。
 9日は「午后8時機音多くあり飛行場を一・二回爆撃したが、夜間は機音なかった」(「徳之島空襲日記」69頁)という。おそらく午後8時とは午前8時の誤りだろう。
この日来襲したのは、戦闘空中哨戒中の第212海兵戦闘飛行隊のF4U8機だった。午前10時から10時15分に許可を得て、飛行場を銃撃し、古里と鹿浦の間のバラックにも命中したが結果は確認出来なかった。亀徳では小屋と倉庫に2カ所の火災が起き、井之川の無線施設も無数の銃撃の命中を受けた。(「林博史提供史料 018/NM6 7A/3727」)徳之島の東側を中心に各地を攻撃したようだ。
この日は「九時に機銃掃射を受けたり。亀津では被害少なきも井之川では三棟全焼の知らせあり。十時に低空して機銃をなす。十四時に三機が北方より南下し、爆弾を北、中、南区に投下したるも焼跡に命中被害なし」(「激戦下の徳之島」41頁)だった。
十時の攻撃が第212海兵戦闘飛行隊によるものだろう。ただし午前中から他にも来襲しているので、戦闘空中哨戒の編隊が臨機目標的に断続的に来襲したのではないだろうか。
11日は「早朝より爆音とともに爆撃あり」(「徳之島空襲日記」69頁)だった。
この日最初に来襲したのは、第222海兵戦闘飛行隊のF4U8機だった。午前9時35分に屋久島を攻撃した。その後徳之島の飛行場と空中施設を攻撃した。この時パイロットは徳之島に飛行機を見なかった。(「林博史提供史料 018/NM6 7A/3727」)
2番目に来襲したのは、沖縄泡瀬飛行場を午前10時に発進した、第323海兵戦闘機隊のF4U4機だった。飛行場に午前11時45分に到達し、滑走路を銃撃して全て命中した。爆弾は搭載していないので、爆撃は他の攻撃隊だろう。
 3番目に来襲したのは、部隊不明の戦闘空中哨戒の編隊だった。午後12時に基地に許可されて、飛行場の北方の掩体壕地域の飛行機2機を銃撃した。飛行機は明らかに使用可能と報告されたけれども、攻撃の結果は目撃されなかった。全機が午後1時15分に帰還しているので、攻撃はそれ以前である。
 亀津では「八時頃に機銃にて一人死亡す」「四機が旋回し収穫期にて神経戦をして住民を威嚇す」(「激戦下の徳之島」41頁)という。おそらく報告書が未見の戦闘空中哨戒の編隊が、頻繁に来襲していたのだろう。
 13日は「午后から空爆はげしく四時頃終わる」(「徳之島空襲日記」69頁)という。
 最初に来襲したのは、第222海兵戦闘飛行隊のF4U4機だった。戦闘空中哨戒で許可を受けて4機が、午前9時20分に飛行場の使用不能と思われる飛行機2機と、飛行場の東側の掩体壕内の使用可能に見える単発機1機を攻撃した。(「林博史提供史料 018/NM6 7A/3727」)
 2番目に来襲したのは、第222海兵戦闘飛行隊のF4U12機だった。編隊は午後2時30分に、空襲上空の撮影の護衛で出撃した。山村湾で船を銃撃して、煙を出させた。(「林博史提供史料 018/NM6 7A/3727」)この日亀津では「早朝より来襲甚だしく」(「激戦下の徳之島」41頁)という状況だった。

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