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気持ちの整理

気持ちの整理という言葉は、何気なく使うことがあるような気がしますが、よく考えてみると気持ちを整理すると簡単に言ってるわりには、あまり整理できていない人が多いようです。

ちなみに僕もその中の一人ではあるのですが……。

数日前に施術させていただいた女性と会話をしているときに今回の記事のテーマを見つけたのですが、彼女は医者に病状を話す患者のように僕に対してメンタルに関する相談をされます。

僕は精神科医でも心理カウンセラーでもないので、自分なりの解釈で、とにかく今を楽しく過ごすことだけに集中すればいいのでは? といった感じで話をさせていただきます。

何をやっても楽しくないんです

その言葉が、彼女の口から出てきたときにふと考えたのが気持ちの整理でした。

彼女はある理由で頭の中がいっぱいいっぱいになっていて、普段なら楽しいと思えることもまったく楽しむことが出来ないばかりか、楽しいことをしたいという気持ちにすらなれないと話してくれました。

その時に「気持ち」というのも「量」または「体積」というものがあって、脳の中に納まるスペースに限りがあるのではないかと閃いたのです。

厳密にいうと脳ではなく、人間の度量と呼ばれるものかも知れません。

大抵の人は、暗い気持ちから明るい気持ちになろうと頑張ります。

その方法は濁った水に魔法の液体を一滴入れることで透明な水になるような考え方です。

気持ちというものはひとつであって、それがいろいろ変化すると考えているのでしょう。

僕は空に似ているような気がします。

曇り空を晴れた空に変えるためにはいったん雨雲たちを風によって別の場所に流さないといけないのです。

相談されていた彼女は、楽しいと思える気持ちを入れるスペースが、楽しくない気持ちでいっぱいになっていました。

楽しくなりたいのであれば、楽しいと思えることをする前にまず楽しくないものを処分しなければいけないと思いますよと話しました。

楽しい気持ちが入るスペースがなければ何をやっても効果がないのです。

気持ちを整理するというのは、部屋の中を整理することと同じだと考えてください。

まずは邪魔なものから捨てていくことから始めれば荷物でごったがえす時間を大幅に短縮できることでしょう。

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300字小説 第240
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繋がっている

夜中の3時に目が覚めました。

メールをチェックすると心理カウンセラーの衛藤さんのブログが更新されたというメールが届いていました。

彼のブログに読者登録をしているので、更新されるとメールが届きます。

今回の記事のタイトルは、「生きることが苦しいと戦っている君へ」です。

僕はそんな熱いタイトルはつけることが出来ませんが、60兆もの細胞が一緒に戦っていてくれているんだという内容には共感できました。

彼の教え子というか、主催する協会に所属されていた中の一人に、ひすいこたろうさんという人がいます。

彼は自称、天才コピーライターということですが、彼の発信するメッセージはとても心を打ちます。

数年前に講演会に参加させていただいたのですが、生まれてから今までの数十年の間、ずっと心臓は応援してきてくれていたんだということに気づいたという話がとても印象的でした。

話は変わりますが、僕は極端に医者と薬が嫌いです。

人間は自然治癒能力がもともと備わっているので、そんなものは必要ないどころか邪魔なものだと思っていました。

でも、よくよく考えてみるとこの世の中に存在するものは全て繋がっているということに気づいたのです。

繋がっているという表現がわかりにくいかも知れませんね。

言い換えると、分離できるものは何もないと言えばいいのでしょうか。

地球から脱出したロケットであっても宇宙という存在でみるとひとつの物体であって、人間で例えてみるとひとつの細胞が分裂したぐらいのものでしかないのかも知れません。

宇宙という存在自体もあいまいなもので、過去の科学者が言ってきたことをそれらしく思っているだけの存在でしかないのです。

ただ、ひとつ言えるとすれば全ては自分の思考の中に存在しているものであるということです。

全てが繋がっているのです。

土から野菜が出来るのも、雲から雨が降るのも、母親の胎内から新しい生命が生まれるのも、全てこの地球上におけるひとつの現象でしかありません。

夜中に目が覚めて、ワインとウイスキーを飲みすぎたせいかもしれませんが、そんなことを閃いたときにとても楽しい気持ちになりました。

この世の全ての創造主は自分だということの逆説なのかも知れませんね。

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300字小説 第236
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『幻影』

卒業をした後のことはまったく考えていない。

大学を出たら就職するのが常識だろうけれど、零次さんの影響なのかどうかはわからないが、いつの間にか常識という言葉に拒否反応を示すようになっているのかも知れない。

クウォーターサイズの赤ワインのボトルと仏花には向かない黄色いバラを墓石の横に置き手を合わせた。

零次さんの十年間は蛹だったのだ。殻から抜け出し、羽を乾かしているときに天敵に襲われたのだろう。いや、風に吹かれて落ちただけなのかも知れない。

そんなことがふと頭を過ぎった瞬間、墓石の周りで揚羽蝶が舞ったような気がした。

僕は辺りを見回したが、どこにもその姿はなかった。ただバラの甘い香りが漂っているだけだった。
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二人三脚

二人三脚をしたのは、もう何十年も前の運動会のときだったと思いますが、もしかすると僕たちは生まれてから死ぬまでの間、ずっと二人三脚をしているのではないか。

そんなことがふと頭に浮かびました。

一体誰と? いつ? どこで? と、思われた方もいらっしゃるかもしれませんね。

答えは、いつも僕が言っている自分自身と本当の自分です。

本当の自分とは、二十四時間、365日ずっと一緒で、どこに隠れても逃げられません。とにかく常に隣で肩をくんでいるわけです。

生まれたばかりのときの二人は考え方も行動も一致してますが、成長していくにつれ、親や学校、近所の人たち、職場など周りからの影響によって、どんどんと二人に差が出来てくるのです。

二人三脚では、二人が息を合わせて走らなければ前に進むどころか、倒れてしまうこともあります。

病気になったり、人間関係が悪くなって悩んでしまう原因はそんなところに潜んでいるのかも知れません。

全速力でゴールを目指す必要はありませんが、少なくとも硬く結ばれた足首に負担がかからないように息を合わせることが必要だと感じています。

それが一番楽に生きていく為の方法だと思うからです。

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300字小説 第233回
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『梅田の夜』

駅前第四ビルの辺りまで来たときに、零次さんは事務所に戻ると告げ、後ろを振り返りもせず右手を挙げて歩いて行った。くたびれたサラリーマンのような後姿が印象的だった。

スマホの時計は午前一時を過ぎている。僕は人の流れがある方向へ、光に誘われる虫のように歩いて行った。

アーケードには、平日の夜ということもあってか、それほど人は多くなかったが、それでも出張先で羽を伸ばしているのだろうか、関西弁とは違う言葉を話す会社員たちの声が響き渡り、十代か二十代前半ぐらいの男女のグループが目についた。

一部の店の灯りは消えていたが、居酒屋やガールズバーの客引きは、これからが本番なのか、通り過ぎる人に元気よく声をかけている。
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300字小説 第233回(ショートVer.)
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『訃報』

駅前第四ビルの辺りまで一緒に歩いて帰ったが、僕はカプセルホテルを探すと言い、そこで別れた。

終電に乗り遅れた会社員のような後姿で、零次さんは帰っていった。それが僕が零次さんを見た最後となった。

零次さんの訃報は警察からの電話で知った。いつものようにバイト先の社長の車で帰る途中だった。

携帯の着信を知らせる振動音が鳴り、画面を見ると登録していない相手からの電話だった。

下四桁が一二三四という変わった番号だったので、社長に断って通話ボタンを押した。

曽根崎警察署からだった。零次さんが殺され、関係者に対して順番に連絡を取っているということだった。

犯人はすぐに逮捕され、動機については取り調べ中だと教えてくれた。
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先日、会話の中で嫌な人を避けるために自ら線を引いているけれどその人と縁を切ることがなかなか出来ないという話をお聞きしました。

僕はその時に線を引くことはできないと応えました。僕は自分の目の前に現れる人やモノや事件などは全て自分自身が創造していると考えていて、そこに線を引く事は自分の世界を分断するという理屈になってしまうから引けないのだと応えたのです。

これは人間関係に限らず、体に現れるモノ、たとえば顔にシミが出来てレーザーなどで除去しても生活習慣が変わらない限りまた出来ることと同じことだと考えていいと思います。

では嫌な人と付き合わなくて済むためにはどうすればいいのか。

方法としては3つです。

■物理的に連絡をとれなくする
■嫌な人のことを嫌じゃないと思うようになる
■嫌な人の世界と違う世界に行く

僕は結果的に3つ目を実践していて、今はほとんど嫌だなと思う人に遭わないです。

「嫌な人の世界と違う世界に行く」

これは日本にいるなら韓国に住めといっていることではなくて、冒頭に挙げたように自分の世界は自分自身が創造しているのと同じように他人の世界はその他人が創造していて、出会いというのはお互いの世界が交わっている状況になっていると考えてください。

これはお互いの世界が互いに引き合う要素があるから交わるのです。

簡単にいうと自分自身が嫌な人を必要だと思っているということになります。

体の話に戻しますが、ダイエットが出来ない人は太ったままの状態を希望しているからそうなっているのです。
痩せたいと思っていても本当の自分は太っているままでいいと考えています。

僕ももっとスリムになりたいとずっと思っていますが、なかなかそうなりません。本当の自分がそのままでいいと思っているからです。

体重80キロの自分が普段過す世界と70キロの自分が過す世界とではまったく違う世界になります。

違う世界に行くというのはそういうことです。

嫌な人と違う世界に行きたいのであればその人を必要としないことです。

必要なんかしていないと反論が来るかもしれませんが、嫌われたくないとか陰口を叩かれるとか売り上げに響くとか自分以外の人に迷惑がかかるとか、何かしらの影響を恐れて当たり障りのない対応をすることが原因になっていることが多いはずです。

必要とするというのはそういうことも含めていいます。

自分の世界は全て自分が創造しているということを体が覚えるまで常に考えるようにすればほとんどの問題はなくなります。

問題が起きる原因は、他人や環境などの外的な要因に責任を押し付けていることによるからです。

300字小説 第160
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『国道四十三号線』

午後八時に佐藤の家に訪問する予定の博史は、余裕を見て午後六時に現場事務所から直行することにした。

大阪府から兵庫県に向かう国道四十三号線はいつも以上に混雑していた。時間に余裕があったので博史はのろのろと動く車の流れもさほど気にせずに佐藤との商談について頭の中でシミュレートしていた。

会社からは予定通りに家を引き渡せるように交渉しろと命じられているだけで、具体的な方法などはまったく教えられていない。何度シミュレートしても最後は土下座をしている自分の姿が浮かんでくる。博史は苦笑いをし、考えることを止めることにした。

前の車のテールランプを眺めているとふいに正美の出産に立ち会ったときのことが浮かんできた。
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大量精神科薬で搬送

さきほどヤフーのニュースで以下の記事を見ました。

精神科の薬を一度に大量に服薬した患者の搬送を受けた救急医療機関が、2012年は全国で少なくとも156病院に上り、うち約3割にあたる46病院は年間50件以上搬送されていることが、読売新聞の調査でわかった。

 服薬したのはいずれも医療機関でしか処方できない薬で、抗うつ薬、睡眠薬などの処方のあり方が問われそうだ。

 昨年11月、全国の救命救急センターと日本救急医学会の救急科専門医指定施設の計498病院にアンケートを送り、164病院から回答を得た(回収率33%)。大量服薬患者を年間100件以上受けている病院も10病院あり、最も多い病院では約500件と回答した。

僕も20代のときに精神病院から退院後、通院してもらったクスリを貯めておいて一度に飲んだ経験があります。

搬送されるような大事にはいたりませんでしたが、運ばれた人たちの気持ちは理解できます。

性感マッサージを依頼される人の中にはウツになったことがある人もいらっしゃいますし、現在も心療内科に通院している人もいます。

先日お会いしたかたも今年になって心療内科に行くようになったと話をしてくれました。

僕はクスリはなるべく飲まないほうがいいと思っています。

クスリは症状を抑えるだけであって、根本的な解決にはならないどころか逆に原因を温存させることに繋がると考えているからです。

彼女は医者から睡眠薬と安定剤をもらっているそうですが、眠れないのであれば眠らなければいいとアドバイスしました。

一生眠れずにいられるわけではないからです。

眠れないときは眠れないということに対して不安に思うのではなく、起きてその時間を楽しめばいいのです。

仕事に支障が出るかも知れませんが、一日眠い状態を我慢すればその夜はクスリがなくても眠れるかも知れません。

以前、紹介した精神科医のウィリアム・グラッサー博士はどうしてもクスリが必要なてんかんなどの病気以外は薬をまったく使わずに治療をしています。

彼の提唱する選択理論は、今の僕の考え方の基本となっているといっても過言ではありません。

病気はシグナルです。

車の中の警告ランプが点灯したときのことを考えてみてください。

クスリは点灯している箇所にテープをはって見えなくしているだけのものだということを理解して欲しいです。

自分の体に起きたことは、自分の体で治せるはずです。

精神的なストレスで精神が不安定になっているのであれば、その原因となっていることを無視して他の楽しいと思えることに集中してください。

相談をしてもらった彼女は子供は無く、夫との離婚を考えていらっしゃいます。煮え切らない夫の態度によって自分の存在がわからなくなっているということでした。

僕は他人の言動に左右されないようにすることと夫のせいだと思うことを止めるようにアドバイスしました。

帰って来てもほとんど会話も無く、休日は勝手に行き先も告げずに遊びに行くそうで、彼女はいつも取り残された状態になっているそうですが、それならその状況を楽しめばいいのです。

自分が楽しいと思えることをする時間が沢山出来たと考えれば済むはずです。

暗いところに視点をあてるのも明るいところに視点をあてるのもその人の選択次第だという内容のメールをあらためて送りました。

その翌日、彼女からクスリを飲まなくてもぐっすり眠れたというメールをいただきました。

一度に全てのクスリを止めることはできないかも知れませんが、クスリが病気を治すのではなく、自分が治すのだということだけは理解して欲しいと思います。

300字小説 第153
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『窮屈』

その日もいつものように全員で会社を出ることとなった。

博史は、いつものように帰ることを知らせるメールを正美に送った。

結婚してから帰るときにはメールを送ることが秋山家の約束事になっている。

子供が生まれるまでは、メールを忘れてしまってもそれほど問題にならなかったが、子供が出来てからはメールに対する正美の反応が過敏になっていた。

メールを送り忘れて帰ってしまうと晩御飯の準備が出来ていないということで非難を受けたりもする。

また、会社から家までは車で一時間程度かかるのだが、十五分も遅れると寄り道していたのかという疑惑の言葉が正美から出るようになっていた。

博史は正美に対して気を遣いながら過すようになっていた。
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