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無料メール相談

このヤフーブログとは別にアメブロでサロゲートパートナーというブログをやっています。

そこでは相談していただいた方からのメールのやり取りを本人の承諾を得て、個人が特定されない形で転載させていただいています。

メールのやり取りをすることで問題が解決したという訳ではないのですが、悩むことで辛くなる原因は僕の経験上で言えば、悩みの原因ではなくそれを自分以外に理解してもらえることが出来ない場合とその悩みが将来的にどうなってしまうのかという不安からきていると思っていて、前者を解消する手段として吐き出す箱というのを用意しています。

これまでカウンセリングにおいて、メール相談も有料とさせていただいていたのですが、今後はアメブロを使っていただいた方に限って、無料で相談を受けようと思います。

と、いうよりも吐き出すことで結構もやもやがなくなると思いますので、僕の偉そうなうんちくを聞きたくないという方は、「返信不要」と表記して思いっきり吐き出してみてください。

たぶん送信ボタンを押した瞬間にそれまでとは違うすっきりした感覚を得られると思います。

是非、お試しください。


300字小説 第115回
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『会社概要』

博史の会社は地下鉄御堂筋線の西田辺駅から徒歩数分の場所にある。

地下鉄でも通勤できるが、社員は皆車を利用している。

博史の他に同じ営業の宮田、木村、橋本と課長の太田、そして女性事務員がひとりで営業部を構成している。

工務部のほうでは、監督が2人いて、設計士が1人いる。

営業と工務をまとめる役として常務が置かれ、その上に社長の総勢10人という小さな会社である。

それでも年間50棟〜80棟の新築住宅をコンスタントに建築し販売をしていて、年商は20億円を超えている。

バブルが終わっても着実に成長している会社だ。

一代で築き上げた社長が余計な投資に手を出さなかったことが要因で、堅実な経営が今の安定をもたらせている。
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隷属

隷属とは、他の支配を受けてそれのいいなりになることとあります。

自分以外の他人に服従させられている状態であればその状況を変えることで、逃れられるという判り易い答えがありますが、問題なのは社会常識や自分自身が支配者となっていることに気がつかず、それが生きるためには必要なものだと疑わないことです。

仕事や結婚生活を維持するためには我慢も必要であるといったのも顕著な例だと思います。

我慢しながら維持することに価値があるのでしょうか。

我慢が出来なければそれを放棄しろと言っているわけではなく、我慢をしなければいけないという状況や自分自身の考え方に問題がある訳で、それを改善させる努力を放棄していることがおかしいと思うわけです。

ここまで読んでそんなに物事は簡単じゃないと思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、たぶん複雑にしているのは自分自身であって、物事はそれほど複雑ではないと思います。

楽しいか楽しくないかで考えれば済むはずです。

得体の知れないなにかに支配されながら生きることは楽しくないに決まっています。

道徳・倫理・正義・根性・忍耐・社会貢献・奉仕などの言葉を部屋に飾っているような社長の下で働くことは、奴隷への近道となることでしょう。

人に何かを分け与えて、自分が我慢をするのは美徳だと考えられるかも知れませんが、もしそんな社会になると依存するものと我慢するものがうじゃうじゃいる世界になります。

もし何かを他人に与えたいのであれば、まず自分が与えても我慢をしなくて済むだけの力を持つべきです。

お金でも、才能でも、技術でも何でも構わないと思いますが、とにかくまず個人が自立しない限り支配するものとされるものという構図はなくなりません。

それは国と国との関係でもそうですし、夫婦間でも会社でも学校でも同じです。

そういう構図が存在する場所では、必ず争いごとが起きるのです。

そんなことはあらためて言うまでもないことですが、僕が言いたいのは自分が自分の奴隷になっている人が多いということです。

本来の自分と現実世界を生きている自分とのギャップが、事件や事故を起こしたり病気の原因を作ったりしていると思っています。

国家間の戦争も一個人の病気も構造は同じです。

なにかの問題があるから目に見える形となって現れているのです。

自分から解放されたいのであれば、道徳・倫理・正義・根性・忍耐・社会貢献・奉仕という言葉を一度無視してみてはいかがでしょうか。

それまでと違う基準を持つことで、得られる情報が変わってきます。

情報が変わると自分自身に変化が訪れることになります。

もし現状に不満を抱えているなら、一度お試しください。

300字小説 第112回
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準備中です・・・
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ステージ

自己啓発のセミナーでは、自分のステージを上げるという表現を使います。

僕は参加したことがないので、あくまでも推測ですが・・・。

自分が今いるステージからもう一段階上のステージに行くと体験することや出会う人々が変わってきて、より幸せな生活を送ることが出来るようになる。

と、話してくれます。(たぶん・・・)

僕自身も相談者に対して同じようなことを話したことがあります。

僕の場合は、上とか下とか関係なく、今いる世界とは違う世界に移動することが大切だと話していました。

漠然とした話ですよね。

自分が体験しているので、いかにも自信満々で話していますが、未体験の人にとっては、そのときは納得できたとしても実際にそうなれるという実感が持てないほうが多いと思います。

実感がもてなければ、それを実現することはほぼ不可能です。

カウンセリングや自己啓発のセミナーをはしごしても、いっこうに改善しないのは、たぶんそのせいだと思います。

改善しない責任は、カウンセラーや自己啓発セミナーの主催者にあります。

彼ら自身が、自分が違うステージにいけた理由を把握していないからです。

ひどいカウンセラーになると短期間の講習だけの知識で、悩みを聞くこともあるでしょう。

カウンセラー本人が、地に足がついていないにもかかわらず・・・。


カウンセラーを3つに分けると以下の通りです。
※資格のあるなしについては、考慮していません。

1.とりあえず心理カウンセラー養成講座のようなもので勉強して知識だけは持っている

2.自分が経験した、あるいはクライアントの実体験などから、確信していることがあり、それをクライアントにも体験して欲しいと考えている

3.自分やクライアントが理想とするステージに存在していて、そこに到達した理由自体も理論的に説明できる

3の人は、ほとんどいないと思います。

僕自身は2にあてはまると思っています。

人それぞれに生き方があって、僕の生き方を強制しようとは思いませんが、ちょっと考え方を変えるともっと楽に生きられるのにと思う人に対して僕なりの考えを話します。

1のカウンセラーを否定するつもりはありません。誰でも最初は初心者ですし、初心者は初心者なりに一生懸命しますから、それに合うクライアントがいれば、それはお互いにとってベストマッチだと思います。

と、ここまでは前置きです。

これからは、ステージっていったいなに?

ということから、話をすすめます。

演劇などの舞台を想像してみて下さい。

ほとんどの人は、観客席にいます。

ステージ下の役者のしわまで見れる場所もあれば、音響だけをたよりに蟻が動いているのを観察するような場所もあります。

それらは、観客席というカテゴリでわければ同じ場所となります。

演じる側の人をみると、舞台袖で出番を待ちながら覗く人もいれば、音響や照明を担当している人もいます。

脚本家や演出家などの立場の人もいます。

それらの人を全てまとめて、全部で1000人だとします。

1000人がそこにいる理由というのが、それぞれあるのです。

理由自体はわかりませんが、それぞれが希望したものだと思います。

演出家も脚本家も最初は、いち観客だったはずです。

それが何度も舞台に感動していくうちに舞台を見るのではなく舞台側から観客席を見たいと思うようになったはずです。

ステージを変えるというのは、自分が今見えている世界から別の場所に立って世界を見ることだと思います。

別の場所というと勘違いされるかもしれませんので、映画に例えて説明します。

同じ映画を2度や3度観たことがある人ならわかると思いますが、2度目は、初めて観たときに気づかなかったシーンが出てきます。

その原因は、その映画の情報量を一回では処理できなかったからだと思います。

一度観れば、インプットされた情報以外の場所に自然とフォーカスされて、新しい発見を呼ぶのでしょう。

舞台で見る側から演じる側に変わる人も、情報を求める欲求が、観客席では得られなくなったせいではないでしょうか。

人生において悩みや苦しみなどがおきますが、それらもそこに焦点をあてているかぎりはずっと続きます。

一度経験した悩みや苦しみは、一応脳にインプットしておいて、知らない情報に焦点をあてることで、それまでとは違うステージに立てたことになるのだと思います。

マズローの欲求5段階説というのがあります。

人間の欲求は、大きく5つに分かれていて、生理的欲求(生きるために必要なこと)から自己実現の欲求まであるとされていますが、これは一般的な人の結果論であって、人間が生きていく中でフォーカスする対象が変わっているだけで、本能によるものではないと僕は考えています。

その証拠に生活が出来なくても(たとえ死んでも)、自分を表現したいという人が存在するからです。

今、苦しいと思うことがあるのでしたら、それを拒否するのではなく、一度受け入れてみればいいと思います。

インプットされれば、次からは自然と別のことに焦点があてられるはずです。

2次元の映画をみても新しい発見が次から次ぎに起きるのですから、現実世界では新しい発見が驚くようなスケールでたくさんみつかることでしょう。

自分が見える世界が変わるということが、ステージが変わるということだと思います。

高いお金を払って旅行をするよりも、少しの意識の変化でまったく違う世界を覗くことが出来るのです。

是非、お試しください。

300字小説 第96回
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『哲学の道』

「アゲハくんは、本当に人が好きなのね」

「興味が湧く人だけですけど……」

「私は?」

「……」

それまで自信に満ち溢れていたアゲハの瞳が、鴨が餌を探すような動きになっていた。

「徐々に興味が湧いていくと思います……」

「正直なのね」

正美は、とりあえずの目的を達成できたことに満足していた。

20歳以上も年上だからこそ出来る意地悪なのかも知れない。

「この疎水は、南禅寺のほうまで続いていて、途中からこの歩道が、哲学の道へとつながるんですよ」

これ以上つっこまれてはたまらないのか、アゲハは急に話題を変えた。

「哲学の道って聞いたことはあったけど、こんなに駅から近くにあるんだね」

「僕もたまたま歩いていて見つけたんですよ」
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ポジション

野球でもサッカーでも、スポーツにはポジションというものがあります。

これは団体競技に限らず、テニスやレスリング、その他、個人競技であってもポジションというのは、大切です。

立ち位置とか姿勢などとも言われることもあります。

人生においても、このポジションというものが、とても大きな影響を与えるようです。

フリーターやニートなどをしていると、親や親戚などから定職というポジションにつくことを期待されますし、女性が、結婚適齢期になっても独身の場合は、妻というポジションを目指して欲しいと思われるのです。

また、生きている価値を見出せないでいる人は、自分の立ち位置が、わからなくなっているのかも知れません。

子供のときから名前順や背の順、学年、クラスなど自分のポジションが、確立された世界で成長してきます。

会社に入っても、新入社員、リーダー、主任、係長、課長、部長・・・・・・など、肩書きや役職によって、自分を位置づけるのです。

常になんらかの相対的な基準で、自己を認識しています。

しかし、この相対的な基準で、生きることは、とても大きなリスクを抱えているということを理解する必要があると思います。

会社や所属している団体から追い出されたり、それ自体が無くなってしまったら、自分のポジションが消滅してしまうのです。

妻として夫にしがみついていても、離婚をすれば無となります。

昨日、紹介した海外ドラマの「24」の中で、大統領候補となる議員が登場しているのですが、彼は終始自分の信念を貫き通しました。

大統領になれなくても、暗殺の危険が伴おうとも、自分自身を見失うことはありませんでした。

彼は、自分のポジションを相対的な基準ではなく、絶対的な基準で決めていたのです。

自分が納得できる場所に立っているかどうかです。

自分が作った基準で、立ち位置を決めることが出来ていれば、たとえリストラされても離婚をしても、親や兄弟と死に別れても、一時のショックから立ち直るのが、相対的な基準で物事を判断している人よりも格段に早いと思います。

あなたの人生は、あなたが全て基準です。

決定権は、100%あなたにあるのです。

4番でホームランを打つポジションでもいいでしょうし、送りバントが得意な2番でも構わないと思います。

自分が、納得できるポジションであれば、人生を楽しく過せるはずですから。

300字小説 第88回
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『鴨』

「あっ、どうもお久しぶりです! こんにちは……」

ホストとは思えないような慌てぶりに思わず笑ってしまった。

「なんで笑ってるんですか?」

「慌てすぎだなって思って……」

「まだ早かったので、鴨に気持ちがいってました」

「鴨?」

「ほら、あそこ」

アゲハの指の先には、2羽の鴨が川の中ほどに浮かんでいた。

餌を探しているようでも、目的地があるようでもなく、ただ浮かんでいるだけだった。

それは生き物というよりもオランダの芸術家の作るラバー・ダックを連想させた。

「置き物みたいでしょ」

「うん。寒いのかな……」

「寒かったら、あんなにじっとしていられないよ」

二人の始めてのデートは、置き物のような鴨についての会話から始まった。
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自己啓発やスピリチュアルな本やセミナーなどで、なりたい自分を潜在意識に植えつけると実現すると教えられます。

ビジネスの世界で昔からロングセラーの「思考は現実化する」にも同じようなことが書かれています。

僕の場合は、とにかくそういう本が好きだったので、たくさん読んできました。

引き寄せやマーフィーの法則、ポール・J・マイヤー、ピエール・フランク、ロバート・シュラー等々・・・。

夢をかなえる象を読んだときは、毎日、キレイに靴を磨いたり、コンビニに寄るとおつりを募金したりしていました。

もちろん自分の目標を紙に書いて、いつも携帯していました。(今もそういったノートはカバンに入れていますが・・・)

そんなことをやり始めて10年ぐらい経ちますが、結論からいうと、役に立ったと実感できることは何ひとつ起きていません。

「潜在意識などありません」という記事を以前に書きましたが、あるのかないのかわからないものに頼るよりも自分で確信できることに時間を割いたほうが、いいような気がします。

小説家になろうと思うのであれば、とにかく書くことと読むことをたくさんするということは、どの本にも共通して書かれていることです。

100の量よりも1000の量のほうが、より目標に近づいているというのは、理解できるはずです。

それなら目標に向かって精一杯努力すればいいのだと思うかも知れませんが、歯を食いしばるぐらいに努力するのは、つらいし、目標に到達できなければ、大きな喪失感を味わうことにもなるでしょう。

仮に目標に到達したとしても、そこに自分が描く夢の舞台があるかどうかもわかりません。

周りから見れば僕のやっていることは、目標に向かって着実に進んでいると見られるかも知れませんが、僕自身は、とにかく毎日楽しいことが出来ればいいなと思っているだけです。

ブログや300字小説を書くことも性感マッサージの施術をすることもカウンセリングやコンサルティングをすることも、どれも楽しみながらやっています。

決められた時間に満員電車に乗って出勤することはしていません。

単純なことですが、そうしたくないからそうしないだけなのです。

上司や元請けに振り回されたくないのであれば、部下や下請けなどの位置にいなければいいだけです。

口で言うのは、簡単だけど現実は難しいと思われるかも知れませんが、いっきにできないにしても、そうなりたいと意識を向けることは可能です。

意識を向ければ制約が多い現実世界の中でも、それに近づくための行動をすることが可能です。

それは本当にささいなことからで構わないと思います。

インターネットビジネスで、暮らせるようになりたいと思うのであれば、とにかくインターネットに関わる時間を長くすればいいと思います。

僕の状況が急激に変わったのは、別居して環境が変わったことが、とても大きな原因だと思っています。

家に帰って酒を飲みながらテレビをみることが、翌日の仕事へのエネルギー補給とストレス発散でしたが、別居してからテレビの無い生活を送ると自然とパソコンの前にいる時間が増えていました。

なりたい自分がもしあるのなら、それに近づくためには何が必要で、なにが邪魔なのかを考えるといいと思います。

邪魔なものでも、自分が好きなことを省く必要はありません。

我慢することに何のメリットもないからです。

ウンチを我慢すれば腸に支障が出るのと同じです。(ちょっと違うかな・・)

とにかく現状に不満を持っていたり、こうなりたいという願望があるのなら、僅かでもいいので、行動を起こすことだと思います。

頭の中でいくらイメージしても行動が伴わなければ現実にはなりません。

行動を起こすと漠然としたイメージが、より実感できるイメージに変化していき、それが現実化するとまた新たなイメージが広がります。

なりたい自分になるためには、まず意識をし、その方向に視点を定め、確実な1歩を踏み出すことです。

そしてそこからの歩みは、決してつらいものではなく、とにかく楽しくて仕方がないものでなければいけません。

その歩みが楽しくないものだとしたら、なりたい自分ではないのかも知れません。

逆に考えると、なりたい自分を目指すよりも日々を楽しく過していくことが、結果的になりたい自分になる近道となるような気もします。

いくつになってからでも、なりたい自分になれるのだけは、間違いありません。

是非、試してみてください。

300字小説 第85回
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『チュニック』

パートに行くだけなのだが、いつもと違う服を選んでいると気持ちが高まっているのを感じていた。

夫とふたりで食事に行こうとした日の服も視線に入ったが、取り出すことはしなかった。

結局、カーキ色のチュニックとデニムのパンツという普段と変わらない服装に落ち着いた。

それでも昨日までの空虚感が嘘のように、満足げな表情をした正美が鏡に写っていた。

最後にネックレスを選んでいると、スマホが振動した。

アゲハからのメールだった。

迷惑をかけないために、自分からは基本的にしないのだが、仏像の話が出来る人は珍しいので、送ってしまったという内容だった。

正美は、明日のパートが休みだということと京都で会いたいという内容で返信した。
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