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小心者

僕はとてもデリケートで傷つきやすく、心配性です。

そのため、傷ついたり心配事が起きると、そこから短時間で立ち直ることを考えるようにしています。

立ち直るためには、傷つく原因となった出来事を気にしないか忘れるしかありません。

その原因となった出来事よりも関心の高いことで上書きするという方法もありますが、一番いいのは、傷ついたり心配したりすることがとても無駄だということを常日頃から体に覚えこませることです。

体についた傷でもそうですが、一番早く治す方法は、それを気にしないことです。

勝手に治っていくものなので、自然治癒力にまかせればいいのです。

心配事などは、取り越し苦労となればいいですが、それを考えれば考えるほど現実になったりします。

最悪の状況をあらかじめ想定することも大切で、その覚悟をまず持つということから始めますが、一旦覚悟が出来たら、あとはその事について考えることはしません。

未来に起きるいいことも悪いことも、今の自分の行動によって決まるので、心配している時間があるのであれば、今の自分を見つめなおすことに費やすべきです。

昨年、本業を廃業し、性感マッサージ業だけで生計を立てようとしているのですが、もとの本業は僕にとってはとてもストレスのかかる仕事でした。

小心者の僕なので、ひとつの取引が始まると、とにかくなんとか無事に終わって欲しいとしか思うことができず、達成感のようなものを感じることはほとんどありませんでした。

今から思うと常にマイナスのことばかり考えていたように思います。

小心者という持って生まれた性格はそう簡単に変えることは出来ないでしょうけれど、小心者だからこその処世術を身に付けたような気がします。

楽しく生きるためにはどうすることが、一番いいのだろうか。

そればかりを考えているうちに出てきた答が、今日の内容です。

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全てを笑いに

最近、時間があるとバラエティ番組の動画を観ています。

ネットなどでは、お笑いの質がさがってバラエティも全然面白くなくなったという意見が目立ちますが、僕は芸人さんたちの話を聞くのがとても楽しいです。

小さい頃から吉本新喜劇や松竹新喜劇、8時だよ、全員集合など、たくさんのお笑い番組に囲まれて育ってきましたが、当時の笑いと今の笑いでは質が全然違うと感じています。

昔の吉本は、本当に落ちこぼれ的な人が行き着く最終到着地点のようなイメージがありましたが、今は限られたエリートしか生き残れない厳しい場所に変化しています。

出演する芸人さんたちは流れるようにエピソードを話しているので、トークの難しさを感じさせないですが、そこにはそれまでの経験や周到な準備、持って生まれた感性、頭の回転の速さなど、いろんな要素が絡み合って結果を出しています。

僕が一番好きな話題は、一般の社会や普通の人であれば、とても暗くなるような事件であっても、それを笑いに持っていったものです。

普通の社会であれば失敗や間違いを犯した人に対しては、優しい言葉をかけるか、なるべくその話題に触れないようにしますが、芸人さんの場合は逆に傷口を開くような扱いをすることで、痛みを笑いへと変化させるのです。

当事者からすると荒療治ということになるのかも知れませんが、負の出来事であればあるほど、自分の仕事にプラスになるということを経験することで、結果的に救われているのではないでしょうか。

また、身体的な特徴などをネタに周りからいじられるシーンは、一般社会であれば完全ないじめです。

セクハラ、パワハラ、その他のハラスメントに満ち溢れていますが、それらをおいしいと感じて、出演者全員で番組を盛り上げようとしています。

厳しい言葉の根底に、とても大きな優しさが見え隠れするときに、ただただ芸人さんたちの人間性に敬服します。

表面的な優しさしかない現実社会とは間逆の世界なのかも知れません。

生き辛い世の中を変えるためのひとつの方策として、全てを笑いに変えるためのテクニックや心の持ち方などを学校の授業に取り入れて欲しいと思います。

小学校ではなく、笑学校が創設されればいいのですが。

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以前、カウンセリングではなくて人性相談という言い方にしますとこのブログで決意表明したので、正確には1000円人性相談を始めたということです。

時間はとくに決めていませんが、だいたい1時間から1時間半ぐらい、お話を聞けたらと思います。

場所は、地下鉄谷町9丁目駅か近鉄上本町駅周辺の喫茶店またはファーストフード店にしようと思います。

カウンセリング費用は、1000円です。

喫茶店またはファーストフード店の飲食代は、こちらが負担します。

1000円と交通費だけ用意してお越しください。

ぜんぜん関係のない話なのですが、今日今年亡くなった母の納骨式を終えました。

亡くなってから半年ほど過ぎたのですが、なんとなく今日を区切りにまた新しいスタートが切れそうな気がして、まったく計画性などないのですが、今回の1000円カウンセリングというのを始めようと思いました。

夫婦やカップル間のセックスについての悩みだけでなく、まったく違う分野の悩みでも気軽に話してください。

家族や友人だからこそ話せない悩みを持つ人は多いです。

利害関係のまったくない他人に話すことで、抱えている重たい荷物を降ろせるようになるかもしれません。

勇気を出して行動に移されることをお勧めします。

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自分を操縦する

久しぶりに啓発本を読んでいます。

「潜在意識が答を知っている!」という本なのですが、形成外科医であるマクスウェル・マルツという人の本をダン・ケネディが編集したものです。

ダン・ケネディという人は、コンサルタントのコンサルタントと言われていて、マーケティング界では、知らない人がいないような人物です。

僕は、彼の著書からかなりの影響を受けています。

今回も、マルツ博士ではなく、ダン・ケネディで検索したところ、この本とめぐり合いました。

マルツ博士は、サイコ・サイバネティクスという理論を構築されたことで有名です。

サイコ・サイバネティクスを直訳すると、心理的な舵取りです。

人間は、もともと成功するように出来ているのに、セルフイメージが邪魔して、失敗したり苦労をしているそうで、セルフイメージの大切さや構築の仕方について説明されています。

春に生まれたリスが、迎えたことのない冬に向けて、食料を蓄えたり、渡り鳥が何千キロも離れた土地に移動することも、全て成功プログラムによって形成されているそうです。

一般的には、それらを本能と呼んでいるのですが、マルツ博士はあえて成功本能と定義し、その仕組みを人間に当てはめて研究されたようです。

人間にも動物と同じ成功本能が存在するのですが、動物とは違い負のイメージを抱えることが可能なばかりに、成功とは程遠い結果や思いを体験する場合もあります。

人生をうまく過ごせていない人というのは、動かし方を学ばずに間違った操作をしたロボットに対して怒ったり、非難しているようなものと同じという考え方です。

もともとうまく動くように出来ているということをまず意識に植えつけることが大切です。

あとは目的地をインプットすれば勝手に動いてくれるのです。

僕はよく小説に登場する主人公とその小説を書いている小説家に例えて、楽しく生きるための方法を記事にしますが、表現の仕方が違うだけで、サイコ・サイバネティクスも結局は同じことを言っているようです。

自分をうまく操縦するためには、まず自分の能力を信じることから始めるべきかも知れません。

人間に優劣などはありません。

どんな人もその人しか持ち合わせていない才能があるはずです。

人と比べたり、自分のマイナス点を探る時間があるのなら、秘められた能力を楽しみにするべきでしょう。

きっと幸福だと実感できるようになるはずです。

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自分は特別な人間か

僕はずっと、生まれてきたのは、何かを成し遂げるためだと思っていました。

自分の存在意義について追求していた時期があり、他人とは違って特別な人間だと勘違いをしていたのです。

それを突き詰めた結果、強制入院ということになったのですが、今回はその話ではなく、特別な人間について考えてみたいと思います。

僕みたいに自信過剰な人で無い限り、自分のことを特別だと思わないかも知れません。

もしかすると一般以下だと思っている人のほうが多いのでしょうか。

人はそれを謙虚といい、僕みたいなのを自惚れ屋といいます。

また自分に対してではなく、他人に対しても特別な人という言葉を使うことがあります。

主に恋愛対象になる相手に使うことが多いと思いますが、自分にとって無くてはならない存在を特別というのでしょう。

映画のワンシーンで落ちぶれた生活をしている主人公の女性が、若いころにミスコンで優勝したときの話をしていました。

当時の自分は特別な存在だったと疑うことなく思っていたのに、今の生活しかできないことを嘆いているのです。

話を聞いていた好意を寄せている男性が、君は特別な人だと言います。

このシーンを観て、この世の中に特別じゃない人などいないということをあらためて思いました。

生まれたことに意義があって、寿命はそれぞれ違うでしょうけれど、死ぬまで生きていることが、その人のすべきことであって、それ以上でもそれ以下でもないのだと感じたのです。

生きているといろんな問題に直面しますし、自分がわざわざ作ったりもします。

何かを成し遂げようという使命感や、責任や義務など、いろんなプレッシャーの中で毎日を過ごしていますが、もしかするとそれはとても不要な幻のようなものなのかも知れません。

やるべきことの全てを放り出して、自由に生きてくださいなどとは言えませんが、もしかすると、やらなかったり考えたりしないでいいことまで無意識にやっているのではないでしょうか。

人間ひとりひとりが唯一無二の存在であることに間違いはありません。

肩の力を抜いて周りの風景を楽しむ余裕が欲しいものです。

特別になろうとしないで、最初から特別だと理解することが出来れば、自然に力が抜けるような気がします。

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