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			<title>自由な談話室</title>
			<description>　Web版日本の論点のような体裁にしていこうと考えています。政治のことから日々の生活のことまでさまざまなことを扱っていきます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/takaji8</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>自由な談話室</title>
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			<description>　Web版日本の論点のような体裁にしていこうと考えています。政治のことから日々の生活のことまでさまざまなことを扱っていきます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/takaji8</link>
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		<item>
			<title>１冊でわかる数学　ティモシー＝ガウアー著　青木薫訳　岩波書店</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　私がこういうタイトルの本を購入するときは、たいてい授業のネタを探すためですが、しばしば&lt;br /&gt;
自分が熱中してしまったり、ネタとして使うのが難しすぎたりして、あまり目的を達成できないの&lt;br /&gt;
です。この本も、私の目的を満たすものではありませんが、読み物としては十分な魅力を備えて&lt;br /&gt;
いると思います。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　本書は、数学において重要な概念を一つ一つ順序だてて解説するというよりは、無限や多次元と&lt;br /&gt;
いった、現実として考えると存在し得ないようなものを、数学者はどのようにとらえているのか&lt;br /&gt;
ということを丁寧に示すものです。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　たとえば、１／３という数は、ずっと0.333333.....と続いていくわけですが、これに３をかけても&lt;br /&gt;
絶対に１とはならないはずです。しかし、１になると考えるのはなぜなのかを正直に教えてくれます。&lt;br /&gt;
　つまるところ、「便利だから」というものです。厳密に言えば、絶対に１にならないという結論が&lt;br /&gt;
出てきますが、もしこのまま厳密に無限に３が続くと考えてしまうと、この0.3333333......という数&lt;br /&gt;
に数をかけたり割ったりしたときの扱いが恐ろしく複雑になります。無限を含ませることにより、無&lt;br /&gt;
限を含まない複雑な命題をうまくてなづけるということなのです。ですから、数学者も有限の世界で&lt;br /&gt;
このことが成立するとは考えていないわけです。あくまでも、取り決めなのです。&lt;br /&gt;
　微分の概念もこれとほぼ同じといえるでしょう。よく無限に小さい時間においての変化量などとい&lt;br /&gt;
う、わかりにくい定義がミクロ経済学の効用関数の所に出てくることがありますね。売れ筋商品の&lt;br /&gt;
どちらか一方が減少したときに、同じ満足度を満たすためにもう一方の商品がどれだけ必要となるか&lt;br /&gt;
という問題が生じた場合に、無限に小さい量だけ商品が減少したと考えると、それを補う量がわかれ&lt;br /&gt;
ば、あとはそれを全店舗に拡大することも可能なわけです。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　小学生にはあまり難しい話はできませんので、本書の内容をそのまま授業に使うことはできないで&lt;br /&gt;
すね。先生は最低限本書程度のことを理解していればいいと思います。そうすることによって、&lt;br /&gt;
授業の幅も広がるでしょう。　&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/takaji8/48870915.html</link>
			<pubDate>Sun, 03 Jun 2007 21:52:29 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>忌まわしい？丸太の刑</title>
			<description>　タイトルを見てなんのことかな？と思った方は多いと思います。実はこれ、私が小学校から中学校&lt;br /&gt;
くらいまでによくやられていた体罰なのです。情けない話ではありますが、多少なりともお楽しみい&lt;br /&gt;
ただけると思いまして、書かせていただきます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　私は多動性の傾向がある児童で、自分と似た友達とつるんで悪さをしておりました。授業中に立って&lt;br /&gt;
歩いたり、おしゃべりするというのは当たり前で、掃除用具を壊したり、黒板消しのいたずらをしたり&lt;br /&gt;
とやりたい放題でした。&lt;br /&gt;
　そんなやんちゃな坊主だったため、友達とよく２人で連帯責任を取らされました。そのときに先生&lt;br /&gt;
が丸太をどこからか持ってきて２人に担がせます。一本の丸太を二人でずっともっていなくてはなら&lt;br /&gt;
ないわけですから、とても大変でした。腕がしびれてどうにもならないというのに、友達とお互いの&lt;br /&gt;
ことを罵り合って、放課後の無駄な時間をすごしていました。１時間くらいたったら、先生がやって&lt;br /&gt;
きて今日はこのくらいにしておいてやろうという感じで無罪放免となります。（笑）&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　しかし、次の日にはすっかり前日の体罰など忘れてまた悪さをしますので、同じように丸太の刑が&lt;br /&gt;
待っているという日々をすごしていました。回数をこなしていると堂に入ってくるもので、前と同じ&lt;br /&gt;
丸太かそうでないかはわかりますし、年輪を見たり、肌の具合などを図鑑で調べてなになにの木であ&lt;br /&gt;
るということを知ったりしました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　でもあるとき、自分がどうしても納得のいかない日がありまして、丸太を持ちながら友達と大喧嘩&lt;br /&gt;
をしてしまいました。つばをかけたり蹴りを入れたりと、もうめちゃくちゃです。そんなつまらない&lt;br /&gt;
ことにエネルギーを使っているうちに、お互い疲れて静かになってしまいました。このつらい状況を&lt;br /&gt;
切り抜けるにはどうしたらいいか知恵を絞り、友達と協力することとしました。&lt;br /&gt;
　まず、お互いに丸太を押し付けあっこしてみましたが、ぜんぜん楽になりませんでした。腕に力が&lt;br /&gt;
よけいにはいる分だけ無駄なことをしているということに気づきました。次にお互いに近づいてもっ&lt;br /&gt;
てみることにしました。でも、感覚的に一点に力が入るような気がしただけで、ぜんぜん軽くなって&lt;br /&gt;
くれません。どちらか一方がしゃがんでみたり、肩に乗せてみたりといろんなことをしました。でも&lt;br /&gt;
丸太は重くなる一方でした。どうせ軽くならないなら、黙っているのが一番ということで、最初の位&lt;br /&gt;
置に戻って、座禅を組むかのようにじっとすることとしました。&lt;br /&gt;
　結局丸太そのものを軽くする方法がないと気づいたのは、それよりずっとあとの高校生の時だった&lt;br /&gt;
のですが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　どうやら先生は遠くから見張っていたようです。コツをつかんだ私達にこの体罰は通用しないと&lt;br /&gt;
思ったのでしょう、今度はバケツに変わりました。（笑）先生は丸太を落とすのを楽しみに待って&lt;br /&gt;
いたようですが、コツをつかまれたのをくやしがっていました。よく考えると理科の好きな先生で&lt;br /&gt;
したから、重力というのをよく知っていてあの体罰を考えたのかもしれませんね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　体罰をやるにしても人物の見極めは本当に重要であるなと思いました。今はこんな体罰は許され&lt;br /&gt;
ませんが、人間性を鍛えるのに、過酷な環境というのも時には役立つのでしょうね。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/takaji8/48461036.html</link>
			<pubDate>Thu, 17 May 2007 00:06:53 +0900</pubDate>
			<category>小学校</category>
		</item>
		<item>
			<title>ピアニストへの基礎 田村安佐子著 筑摩書房</title>
			<description>　本棚をひっくり返していたら、懐かしい本が出てきました。本書を手に取ってから、もう２０年&lt;br /&gt;
近く経ちます。私は趣味で多少ピアノを弾くのですが、長時間練習すると、体が疲れてしまって思&lt;br /&gt;
うようになかなか演奏できなくなってしまいます。&lt;br /&gt;
　そこで、我流を捨てて、いちからやり直そうと思って読んだのがこの本です。とはいっても、練&lt;br /&gt;
習方法があまり詳しく書かれているわけではないので、自分で編み出さなくてはならないところが&lt;br /&gt;
多かったのですが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　本書は、コルトーのお弟子さんである、タリアフェロ女史のピアノメソッドを紹介したものです。&lt;br /&gt;
私はタリアフェロというピアニストを聞いたことがありませんでしたし、実際にＣＤ等でお目にか&lt;br /&gt;
かる機会もありませんでしたが、90を過ぎても演奏会を行っていたというのですから、ご長寿の秘訣&lt;br /&gt;
も、彼女のピアノメソッドにありそうだと思いまして、その点からも興味深く読みました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　タリアフェロ女史は、生前自分のピアノメソッドが乱用されることを恐れて書物に残すということ&lt;br /&gt;
はしませんでした。しかし、その内容はいたって簡単なものです。正しい姿勢と脱力やストレッチの&lt;br /&gt;
方法、これらに尽きます。&lt;br /&gt;
　演奏するときには、なるべく重力をうまく使う、たとえば腕の重さを使う、いすの高さはやや低め&lt;br /&gt;
で、背筋をきちんと伸ばすようにする。足の置き方は右足を前にして、左足をやや後ろに引く。そう&lt;br /&gt;
すると、右や左に大きく振られる曲であっても、バランスを崩さなくてすむ。&lt;br /&gt;
　仕上げにはバッハの平均律クラビーア曲集ということが述べられている点は興味深いものがありま&lt;br /&gt;
す。普通は教本かなにかだと思っていたのですが、創造力を養うには平均律がいいというわけです。&lt;br /&gt;
　確かに平均律では、スラーやクレッシェンドなどの指示がなく、自分で考えるようなつくりになっ&lt;br /&gt;
ていまして、指示だらけのモーツァルトとは趣が異なります。ショパンも推薦するほどのものですか&lt;br /&gt;
ら、ピアニストにとっては必要不可欠なのでしょうね。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　ピアノに関する本はたくさんありますし、本書は時代遅れの感を否めません。ピアノをやる心構え&lt;br /&gt;
の書として有用でありますが、本格的に練習したいというなら、ビデオ付きの本でも購入されては&lt;br /&gt;
いかがでしょうか。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/takaji8/48432849.html</link>
			<pubDate>Tue, 15 May 2007 22:31:16 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>人を預かるという責任</title>
			<description>　最近は、うつ病などで仕事ができなくなるという人があとを絶ちません。教員の世界でも同じことで&lt;br /&gt;
都会ですと、各学校に１人ということにもなりそうです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この原因は何なのかというと、よく言われるのが、甘えであるとか教育の失敗であるというような、&lt;br /&gt;
ありきたりの論です。昔はこんなことはなかった、というような年寄り連中の愚にもつかない批判が&lt;br /&gt;
幅をきかせているようです。ピラミッドにすら今の若いものはなどということが書かれていたという&lt;br /&gt;
のですから、人間は進化しないものです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　でも、このことは実の所まったく正しくありません。一番の原因は、人が人を大切に扱っていない&lt;br /&gt;
ということです。経済的な要因などがあって、人々に余裕がないのは事実ですが、それでも、余裕の&lt;br /&gt;
ない中で、いかにして平常心を保って生きていくかということが大切なのですが、いつしかそれらが&lt;br /&gt;
忘れられているようです。&lt;br /&gt;
　たとえば、昔の教師の職場は、今とは違った意味でピリピリしていました。仕事に一生懸命で、よ&lt;br /&gt;
く働いたものですが、メリハリがあって、遊ぶときはよく遊んだものです。お互いに辛らつな言葉を&lt;br /&gt;
交わしても、仕事が終われば「今日は楽しかったね。」というように、気持ちをリセットすることが&lt;br /&gt;
できたように思います。今で言うとパワハラやセクハラといわれるような発言が日常でしたが、それ&lt;br /&gt;
でも、そのことに嫌気がさして休むというのは、ありませんでしたね。なぜ私たちが耐えられたのか&lt;br /&gt;
というと、たぶん、先輩たちが私たち若い世代を大事にしてくれていたからだと思います。&lt;br /&gt;
　厳しい先輩がたくいて、無茶だと思うようなことを任されても、大事なところではアドバイスを&lt;br /&gt;
必ずしてくれましたし、一人で残っているときでも、どこかで私たちを見てくれていました。見え&lt;br /&gt;
ないところでも、研究授業の根回しなどをしてくれていまして、私たちがやりやすいよういしてくれ&lt;br /&gt;
ていました。&lt;br /&gt;
　私が尊敬できる先輩の次の言葉は今でもありがたいものです。「もし私に感謝をしているなら、私&lt;br /&gt;
に恩返しをしようと思わずに、これからの後輩たちにも同じようにしてあげてほしい。それが一番の&lt;br /&gt;
恩返しだ。」と。人を預かるという責任を強く感じさせてくれます。でも、今の私たちの世代はどう&lt;br /&gt;
でしょうか。若い人と一緒に残業をする人というのは減っている気がします。また、気が強い人とい&lt;br /&gt;
うのは相変わらずいるのですが、どこか温かみがない。&lt;br /&gt;
　若い人は怒ると休んでしまうと愚痴っていた馬鹿者がいました。私が怒ってもなんともなかったの&lt;br /&gt;
に、この人に怒られた人はただ反発して、ストレスをためていきました。高圧的な態度を取っている&lt;br /&gt;
ことが直接の原因ではなく、人徳のなさにつきると思います。人を預かるということが一番責任が&lt;br /&gt;
重い仕事であるということを、教師でありながら自覚していない。こういう人のクラスがどんなもの&lt;br /&gt;
かは、だいたい想像がつくものです。&lt;br /&gt;
　怒るなら怒るだけの下準備が必要なのですが、この人はなにもわかっていない。なぜ若い人に何か&lt;br /&gt;
言い返してくることを期待するのでしょうか。どんな結果をもたらすのかわかっているのでしょうか。&lt;br /&gt;
言い返したら、それをきちんと受け止めるだけの度量がないということを、若い人に見透かされている&lt;br /&gt;
だけなのに気づいていないのでしょう。&lt;br /&gt;
　自分の時代もそうだったと言っていますが、この人のような情けない先輩など一人もいなかった。&lt;br /&gt;
年を取っただけで先輩に追いついた気になっているのでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　正社員と派遣社員の関係もある意味で似ていると思います。正社員が偉ぶっているというのは、非常&lt;br /&gt;
におかしい話です。やっている仕事の内容が、馬鹿にしているはずの派遣社員変わらないのであれば、&lt;br /&gt;
それは、自分の地位がたいしたことがないということの証左です。唯一異なるとしたらそれは、人を&lt;br /&gt;
預かるという部分だと思います。つまり、派遣社員をまとめて育てていくということです。&lt;br /&gt;
　たぶん、人格がだめな正社員は、たいした会社の人間ではないでしょうし、名ばかりの正社員という&lt;br /&gt;
言葉しかプライドを保てる部分がないのでしょうね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　人は大切にしたいものです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/takaji8/48431985.html</link>
			<pubDate>Tue, 15 May 2007 22:06:48 +0900</pubDate>
			<category>小学校</category>
		</item>
		<item>
			<title>組合員教師の反対運動がダメなのはなぜか？</title>
			<description>　ことあるごとに、何か反対を言い出す先生がいたら、組合員であるというような記事や報道が見受&lt;br /&gt;
けられます。非組合員も相当組合に乗っかっていろいろ主張している部分もあるのですが、そういう&lt;br /&gt;
現実はあまり面白みがないためか、触れられることが少ないようです。私の地域では、加入率３０％&lt;br /&gt;
以下ですので、組合が大きな力を持っているわけではありません。一種の圧力団体的な行動をします&lt;br /&gt;
が、全体的な支持は得られていないので、脅威と呼べるほどのものではありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ただ、政治的なセンスに欠けているように見受けられます。現在の状況下では何もしていなくても&lt;br /&gt;
組合員であるという理由だけでも非難の対象になるのですから、何でも説明責任をきちんと果たせる&lt;br /&gt;
形で反対運動をしなくてはいけないんですが、どうも行動が先走ってしまっているようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　たとえば、いじめアンケートの協力拒否という指示を出した組合がありましたが、あれはあまりに&lt;br /&gt;
も稚拙な行動でした。実の所は、教育委員会がアンケートの作成のためにひいきの業者を使って、&lt;br /&gt;
金をせしめて、さらに、結果の集計等も任せて現場にはなんらの還元もしないですとか、いじめ撲滅&lt;br /&gt;
のためのロードマップやグランドデザインなどをなんら示さなかったことによることに対する反対で&lt;br /&gt;
はあったのです。でも、その一部だけ誇張されて、この人たちは単なる悪者へと貶められてしまった&lt;br /&gt;
わけです。&lt;br /&gt;
　私はアンケートの中身があまりにやる気が感じられないものになっていて、しかも、集計までの&lt;br /&gt;
時間的な余裕も話し合いをするための準備も何もできないまま形だけになってしまったことに対する&lt;br /&gt;
無念さというのがありました。それでも、何もしないわけにはいかないと粛々と行いましたが、&lt;br /&gt;
子供たちから疑問の声が上がってしまったくらいです。こういう実態を踏まえると、実施しただけで&lt;br /&gt;
は単なるアリバイ作りをさせてしまい、かえって責任逃れの理由をいたずらに作ってしまうだけなの&lt;br /&gt;
ではと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　卒業式の日の丸、君が代の問題も似ています。伴奏を拒否した先生も、一連の反対運動の一環とし&lt;br /&gt;
て拒否を行ったのでしょうが、それまでの経緯全てがかき消されて、単なる職務命令違反という問題&lt;br /&gt;
に矮小化されてしまいました。もっとも、こういうパフォーマンスをする先生は過去に何らかの処分&lt;br /&gt;
歴があって、大して経歴に傷がつかない人だったりすることが多いです。&lt;br /&gt;
　導入の仕方がよくなかったり、この問題を火事場泥棒的に利用して権力を振りかざそうとしたり、&lt;br /&gt;
そういう裏の事情もあるのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　なんだかとりとめがなくなりました。これからは反対運動はもっと違った単位で、つまり、組合で&lt;br /&gt;
はなく、なんらかのコミュニティーレベルで行うのがいいのでしょうか。でも、言っても無駄かもし&lt;br /&gt;
れませんね。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/takaji8/48137718.html</link>
			<pubDate>Thu, 03 May 2007 22:16:53 +0900</pubDate>
			<category>小学校</category>
		</item>
		<item>
			<title>昔の学力テストと今回の学力テストを比べて</title>
			<description>　そういえば、私が中学生のときは全国一斉学力テストは行われていたんです。結構歯ごたえのある&lt;br /&gt;
問題が多かったように思いました。あのデータは有効に活用されていたのかどうかわかりませんが、&lt;br /&gt;
ある事件をきっかけとして、取り止めとなってしまいました。旭川学力テスト事件という有名な裁判&lt;br /&gt;
があります。１０年にわたって行われた学力テストの実施を阻止するために、先生が実施を妨害した&lt;br /&gt;
ものです。日本国憲法の教育権がらみで頻出する重要な判例です。&lt;br /&gt;
　現在の状況では、わがままな教員組合の連中が言いがかりをつけたとしか理解されないでしょうが&lt;br /&gt;
それなりに支持される理由もあったのです。私が高校の時は、成績別でクラスが編成されていました&lt;br /&gt;
し、３当５落なんていわれていた時代で、大学受験が加熱していました。（それでも世間一般で考え&lt;br /&gt;
られているほど過酷な状況ではないんですが。）&lt;br /&gt;
　学校に序列がつけられるとかそういった差別や格差といったものに敏感で、平等を重んじる空気&lt;br /&gt;
がありました。弱者は助けなくてはという武士道精神みたいなのも残っていました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　でも今般行われた学力テストにはそいういった雰囲気が感じられません。バウチャー制度の地なら&lt;br /&gt;
しという意味合いが強い気がします。バウチャー制度は安倍政権になってからもたびたび聞かれるも&lt;br /&gt;
のですが、ようするに授業料のチケットを各家庭に配って、学校を各家庭で選べるようにするという&lt;br /&gt;
ものです。このときに重要となるのが、各地域の学力の高いところと低いところの情報です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　学力テストが行われればだいたいのところは明らかとなりますので、国民の利益になるように見え&lt;br /&gt;
ますが、実質的には経済的弱者に厳しいものとなるでしょう。バウチャーの財源は実の所皆様がお支&lt;br /&gt;
払いいただいている税金でして、義務教育に使われている部分がそのまま帰ってくるというレベルで&lt;br /&gt;
す。（現時点での情報から考えられうるシナリオです。）しかし、失礼を承知で述べますが、義務教&lt;br /&gt;
育維持のためにお支払いいただいている税金は本当に微々たる物でして、このぐらいの金額では隣町&lt;br /&gt;
に通わせるのがせいぜいといったぐらいです。&lt;br /&gt;
　教育関係の補助の金額が雀の涙程度しかないのはよくご存知なはずです。それだけの税金が戻って&lt;br /&gt;
きたからといって、選択の幅が広がるわけではないことは明らかです。結局おいしい思いをするのは&lt;br /&gt;
お金持ちだけということになる可能性が高いのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　だから、どこかの教員組合がまた反対運動を起こしていました。そういった動機そのものはいいと&lt;br /&gt;
思うんですが、今の状況下で説明を尽くしても市場原理主義、公務員不信の中ではかき消されるのみ&lt;br /&gt;
です。お上の適切な運用を願うばかりです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/takaji8/48136330.html</link>
			<pubDate>Thu, 03 May 2007 21:19:00 +0900</pubDate>
			<category>小学校</category>
		</item>
		<item>
			<title>全国一斉学力テストで思ったこと</title>
			<description>　赴任してすぐさま学力テストなるものが行われました。参加率は98％以上だと報じられていました&lt;br /&gt;
ので、文字通り全国一斉なわけです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　幸いにも私が担当している学年（６年生）ではなかったので、自分の指導力をとりあえず云々され&lt;br /&gt;
ることがないのは安心です（笑）。前の学校でもとりあえず直接の関係がない学年でしたので、幸運&lt;br /&gt;
です。&lt;br /&gt;
　冗談はさておき、今回の試みはいいことだったと思います。ゆとり教育の検証もある程度なされな&lt;br /&gt;
くてはならない時期ですし、これから６年生を担当する先生にとっては有益なデータにはなりえる&lt;br /&gt;
と思うからです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　とは言っても我々教員は単なる実行部隊でデータや成果といったものは、上の方々の生殺与奪に&lt;br /&gt;
ゆだねられる？という状況のようです。&lt;br /&gt;
　子供たちに答案は返却されませんし、結果を公表して点数が低い学校に対するなんらかの措置を&lt;br /&gt;
するというあいまいな約束ぐらいしかご連絡がありませんでした。４月はじまってからというあわ&lt;br /&gt;
ただしい時期にやるというのも反対運動がやりずらい時期を選んだのか、それとも今後の政策決定&lt;br /&gt;
に要する時間を考慮したものなのかは、よくわかりませんが、現場を軽視しているように思えます。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　肝心の問題のほうに移りましょう。問題はそれほど難しい内容とはいえないみたいですね。過去の&lt;br /&gt;
学力テストと比較してみても素直な問題が多い。たぶん学力はそれほど下がっていないということ&lt;br /&gt;
を強弁するためなのでしょうね。&lt;br /&gt;
　国語は順当で、算数は６年生にしては簡単すぎるのでは？と思われました。１０年前の４年生が&lt;br /&gt;
受けても、今の６年生とあまり成績が変わらないかもしれませんね。ただ世界の学力テストを意識&lt;br /&gt;
したのか考える問題が応用の問題が若干こっていたように思いました。&lt;br /&gt;
　学校側では答案をコピーして保存するということはせずに、氏名と番号で対照させられるように&lt;br /&gt;
しただけで還元はなにもなし。問題と応えは文科省のHPで入手できるので、そちらで対応というこ&lt;br /&gt;
とにしたようですね。&lt;br /&gt;
　私の学校はたぶん燦燦たる結果になると思います。地域の問題もあろうかと思いますが、それ以上&lt;br /&gt;
に、学力を向上させるための試みがいまひとつの学校のようです。赴任してまだ１月くらいですが、&lt;br /&gt;
うわさにたがわない、悪い学校のようです。&lt;br /&gt;
　今回運よく？学力テストに当たった保護者の方はどのように考えられているでしょうか？国策の&lt;br /&gt;
ためだけで、なんだか子供たちのほうを向いていない気がします。教師としてはやはりきちんと採点&lt;br /&gt;
して、今後に活用できるようにしたいものです。そうでないとせっかくつぶした数時間を埋め合わせ&lt;br /&gt;
るために何かを犠牲にしなくてはならなくなります。&lt;br /&gt;
　それに、もし通っている学校の点数が低かったとしたら、転向させたいと考えますか？担任を変え&lt;br /&gt;
てもらいたいといった要望を出されますか？私としては、長期的な視点に立って結果に一喜一憂しな&lt;br /&gt;
いでいただければと思います。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/takaji8/48135844.html</link>
			<pubDate>Thu, 03 May 2007 20:57:19 +0900</pubDate>
			<category>小学校</category>
		</item>
		<item>
			<title>人間の安全保障 アマルティア・セン著 集英社新書</title>
			<description>　３ヶ月ぶりぐらいの投稿になります。今年の４月に転勤となりまして、自宅からの勤務となりました。&lt;br /&gt;
これからは家族に隠れてやらなくてはならなくなります。仕事のみならずプライベートでもいろいろとやることが多くてなかなか手につかなかった分をなんとか取り戻せればと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　今回の書評は、センの人間の安全保障という新書です。経済学の分野では有名な方でして、アジア&lt;br /&gt;
で初のノーベル経済学賞受賞者です。数学的な部分においても目覚しい業績を残されていますが、&lt;br /&gt;
わかりやすい文章でも知られている稀有な経済学者です。彼の経済学は資本主義と社会主義といった&lt;br /&gt;
カテゴリーには属さずに、むしろ倫理学と経済学を融和させるような立場にあります。&lt;br /&gt;
　学生時代には、倫理学や経済学を学んでいた関係で、双方の境界線上の研究を探していたのです&lt;br /&gt;
が、先例となるべき人があまり多くなくて苦労したものですが、私のような関心をもつ人間にとって&lt;br /&gt;
はとてもありがたい本でした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　本書のないように触れておきましょう。全体を通して自由と平等がある国では、飢餓などの被害が&lt;br /&gt;
少なく、豊かであり、このような政治を実現するために強力な武器になりうるのが、人間の安全保障&lt;br /&gt;
という概念であるということを主張していきます。&lt;br /&gt;
　人間の安全保障とは、最低限の生活を営めない状態へと陥ることのあらゆる危険を回避するという&lt;br /&gt;
概念であり、国の安全保障とは若干違ったニュアンスのあるものです。人権はもとめていくという&lt;br /&gt;
側面が強いのですが、人間の安全保障はむしろマイナス面に着目した保険的な思想です。この概念の&lt;br /&gt;
達成可能性をさまざまな形で論じていきます。その中でもグローバル化や民主化を論じた部分に一番&lt;br /&gt;
著者の持ち味が出ていると思います。&lt;br /&gt;
　文明の衝突論というのは一時もてはやされ、先のイラク戦争でも野蛮な独裁制を民主化するという&lt;br /&gt;
西洋中心主義的な主張がなされました。民主化に悲観的ないし、反対するグループからは、歴史と伝統&lt;br /&gt;
等に照らし合わせて民主化は不可能、あるいは必要ないなどの主張がなされました。&lt;br /&gt;
　しかし著者はグローバル化や民主化は必ずしも西洋由来のものではなく、世界史の中で各地域にその&lt;br /&gt;
萌芽が存在していたことを論じ、受容可能性はあるということを強調します。&lt;br /&gt;
　数学で使われている概念や用語にはインド、イスラムの影響が色濃く出ていますし、民主主義や平等&lt;br /&gt;
の概念は古くはギリシャまでさかのぼることができ、チンギスハンや元朝などは、文化の多様性を認め&lt;br /&gt;
ておりましたし、多くの為政者は自由な議論ができることを重視していました。一般にこういったこと&lt;br /&gt;
は触れられませんし、ここ２世紀足らずの西洋の圧倒的なプレゼンスの前でかき消されてしまった感が&lt;br /&gt;
ありますが、アジアの奥深さを再認識させてくれます。&lt;br /&gt;
　平易な文章に見えますが、実の所かなり歯ごたえのある内容となっています。慣れていない人が&lt;br /&gt;
読むと食傷気味になるかもしれませんね。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/takaji8/48135237.html</link>
			<pubDate>Thu, 03 May 2007 20:25:10 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>遺伝で受け継いだもの、継がなかったもの</title>
			<description>&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　正月になると亡き母を思い出します。また、父も近い時期になくなっています。そういえば祖父も&lt;br /&gt;
このくらいの時期だったですね。どうも年明けになくなるケースが多いようです。法要などを行うと&lt;br /&gt;
今はなき先祖に思いをはせてしまいます。思い出したくないこともまとめてよみがえってきてしまう&lt;br /&gt;
のがいやですが。今回は、ふと思い出してしまった、私が先祖に似たところとそうでないところを&lt;br /&gt;
書いてみたいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;&lt;br /&gt;
&lt;div class=&#039;wiki&#039;&gt;　私の父方の家系は非常に第６感が優れた人が多かったように思います。いつだったか、廃棄物の&lt;br /&gt;
処理場を見て、祖父は「この（タイヤの）山は、後々災厄をもたらすだろうな。おまえが生きている&lt;br /&gt;
間には絶対片付かんぞこりゃ。みんな馬車みたいに車が乗る日が来るだろうね。」などといっていま&lt;br /&gt;
した。当時の私は小さかったこともあって、科学の進歩でどうにかなろうかと思っていましたが、そ&lt;br /&gt;
れのあては外れました。かつては数十万台しかなかった車がいまでは１０００万台以上は国内にあろ&lt;br /&gt;
うかというぐらいです。そういう傾向を如実に読み取ったのでしょうね。&lt;br /&gt;
　父親は人を見る目が非常に優れていました。第一印象だけで深いところまで読めてしまう人でして&lt;br /&gt;
恐ろしいものだと思いました。父が出世するといった政治家は全員総理になっていましたね。&lt;br /&gt;
河野一郎にはかなり期待してたみたいですけど、彼は結局大成しずじまいでして、それを残念がって&lt;br /&gt;
いました。&lt;br /&gt;
　かくいう私はこの直感を受け継がなかったんじゃないかなと最近まで思っていました。弟は、父を&lt;br /&gt;
髣髴とさせるような人物の千里眼を持っていましたが、私はどうも直感で決めるのが嫌いでしたので&lt;br /&gt;
勘が働いていたとしてもかならず理詰めで説明しようと努力しました。&lt;br /&gt;
　私の教え子を見て弟が「ありゃ不幸になる気がする。」といったことがあります。私もその子供の&lt;br /&gt;
幸薄さを感じとってはいたけれどもそれは、家庭環境を見ているから出てきた結論です。でも、弟は&lt;br /&gt;
そんなところを通り越して言うものですから、正直腹立たしく思って詰問してみました。「おまえは&lt;br /&gt;
何を根拠にしてるんだ？何も知らんだろうが。」「勘だよ。俺は絶対間違ったことないだろ。」と&lt;br /&gt;
妙に自信あり気で、それ以上返す言葉もないわけです。でも、自分はそれを受け継がなかったんだか&lt;br /&gt;
ら、そんな感覚は一部の人のもので普遍性のかけらもないと見下しておりました。&lt;br /&gt;
　たとえば、子供の適正を見抜く上で、左利きだったらもしかしたら国語が苦手かもしれないという&lt;br /&gt;
ような経験則が私にはありますが、それを直感で感じることはできないわけです。でも、弟はそれが&lt;br /&gt;
できてしまうんです。彼の子供たちはそれぞれの才能をうまく伸ばして成長していきまして、今では&lt;br /&gt;
のびのびと暮らしております。別にうらやましいとは思っていませんでした。ただ結論の出し方が異&lt;br /&gt;
なるのみである、その程度に考えておりました。&lt;br /&gt;
　でも、最近になると私も形は違えどそれを色濃く受け継いでいることに気づかされます。たとえば&lt;br /&gt;
本や宿題なんかは、手をかざすだけでいいか悪いかがわかってしまうことが多い。ベストセラーの中&lt;br /&gt;
でも手に力を感じるものは面白いですが、なんだか軽いものはつまらないわけです。子供の宿題も、&lt;br /&gt;
時間がないときは一枚一枚手をかざして力を感じる順番にならべると、なんと点数どおりにほぼ並び&lt;br /&gt;
ます。（文章を書かせるような宿題ですと、それなりに誤差が生じますが。）&lt;br /&gt;
　私はいろいろと教育方法の本を手にとって来ましたが、自分が新しいことを見出すのはあまりなく&lt;br /&gt;
むしろ、自分の中にある答えを確認しているに過ぎないことが多いことにも気づきます。哲学に触れて&lt;br /&gt;
いろいろな価値観に親しんでいただけではなく、父方の家系からいただいた勘がそうさせている部分&lt;br /&gt;
が実は多いようです。私の理屈のつけ方も、どちらかというと後付けで、実は直感をわかりやすく&lt;br /&gt;
事実上説明しているだけに過ぎないと思うようになりました。&lt;br /&gt;
　ただ、私は勘に頼るのだけはやめたいと思っています。人間は完璧ではないわけでして、たびたび&lt;br /&gt;
しくじることもあるわけです。なまじ勘が働いて先入観を抱いてしまうと、後々進路変更することが&lt;br /&gt;
できなくなることだってあります。自分が確信することによって、生きるという実感を人は持つのだ&lt;br /&gt;
とは思いますが、感覚は時に人を欺くのです。デカルトが徹底的な懐疑で予断を退けたように、強力&lt;br /&gt;
な直感を持つがゆえに、それだけいっそう私もそういう勘を退けなくてならない。先生としてお得な&lt;br /&gt;
能力といえるかもしれないですが、それが足かせにならないよう不断の省察を繰り返す、それが、&lt;br /&gt;
この父方の家系からいただいた才能に対する一番の礼儀正しい態度といえるのではないかと思います。&lt;br /&gt;
&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/takaji8/44912699.html</link>
			<pubDate>Tue, 02 Jan 2007 21:21:53 +0900</pubDate>
			<category>小学校</category>
		</item>
		<item>
			<title>科目の存在意義と総合学習その１</title>
			<description>　復古主義的な傾向が顕著になっている昨今、基礎学力強化のための教材が大変人気があるとのこと&lt;br /&gt;
です。しかし、それではかつての詰め込み教育の時代に戻ってしまうだけで、新しいものがなんら&lt;br /&gt;
出てこないということになりかねません。自分たちがつまらないと思っていたものをまた子供に押し&lt;br /&gt;
つけるだけの結果になるということを、どれほど真剣に保護者は考えているのかはわかりません。&lt;br /&gt;
昔はよかったということになりますと、若い人や新しい物事はいつも間違っていなくてはならなくなります。こういう創造力のない状態からは、早く脱出しなくてはなりません。ちょっと前置きが長くなりましたが、今回は総合学習と基礎学力の両立についての試案を書いて見たいと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　学校で学ぶ科目に無駄なものは基本的にないというのが私の考えです。国語を学ばなければ、&lt;br /&gt;
読み書きができませんし、算数をやらなければ家計簿をつけることすらできない。社会を学ぶことに&lt;br /&gt;
よって、法律を理解することができますし、理科は天気予報や食品の成分を理解するのに不可欠&lt;br /&gt;
です。&lt;br /&gt;
　でも、知識そのものは風化してしまうものです。私の時代には光合成の仕組みはまだわかって&lt;br /&gt;
おりませんでしたが、今では水素伝達系のメカニズムが明らかになっています。歴史の教科書も&lt;br /&gt;
かなり記述が変わっています。そういう意味で単なる丸暗記は後々役にたたないことになるかも&lt;br /&gt;
しれないのです。&lt;br /&gt;
　しかも、日本は工業社会から知的産業を中心とする情報産業社会へと移行しており、かつての&lt;br /&gt;
ようにマニュアルどおりの仕事をこなすのではなく、創造力を駆使した新しいものを生み出す仕事&lt;br /&gt;
をこなす必要が出てきています。ですから、学校もこの時代の流れに従って、将来の経済を担いうる&lt;br /&gt;
人材を育てることを求められるわけです。&lt;br /&gt;
　私はこういう理由で教育の方針を決められるのは正直不愉快でありますが、別の理由から総合学習&lt;br /&gt;
を支持しております。ひとつは、学問の本来のあるべき姿が総合学習であると考えるからです。たいていの科目は生活の必要性等から出てきたもので、現実と無関係なものはほとんどない。物理学の発展と兵器の発展は表裏一体ですし、統計なんかも現実を理解するために行うものですから、算数と社会が用いられている典型例です。もうひとつは、科目相互のつながりが弱いために、非効率的な教え方をしなくてはならない現状があることです。たとえば、産業革命と理科をつなげて学べるとしたら、蒸気について&lt;br /&gt;
の勉強と機関車等がもたらした社会的影響を同時に学ぶことができます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　少し脱線しましたが、総合学習は、科目の勉強と同様非常に重要なものなので、どちらかを取って&lt;br /&gt;
どちらかを捨てるということは、愚かな選択になりうるということを指摘したまでです。でも現実&lt;br /&gt;
には、日本の小学校では３５００時間程度の授業時間しか確保していないわけで、この時間の中で&lt;br /&gt;
どうすればいいのかと問われるかもしれません。&lt;br /&gt;
　そこで私は、各科目に総合の要素を持たせればいいと考えます。先ほど少し触れましたが、社会で&lt;br /&gt;
産業革命の勉強をするときに理科の関連する項目を学んだり、統計の考え方を学ぶことで、社会と&lt;br /&gt;
算数を結び付けたりと、単なる抽象化された概念の学習から、地に足の着いた学習へと変化させるこ&lt;br /&gt;
とを提案したいのです。&lt;br /&gt;
　教科書はそれぞれの科目ばらばらで、科目の間の連携は考えられておりません。編集している教授&lt;br /&gt;
等の中には、他の分野にも造詣が深い人も見受けられます。専門を学んでいて視野が狭くなっている&lt;br /&gt;
研究者はおそらく現在の学問の世界では生き残れないはずですから、なんらかの知見をお持ちだと&lt;br /&gt;
思います。各社はたいてい全教科の科目を作成されているのですから、横の連携を考えていただいて&lt;br /&gt;
もいいのではないか？と思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　次回は、私の実践を少しばかり書いておきたいと思います。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/takaji8/44890540.html</link>
			<pubDate>Mon, 01 Jan 2007 22:38:30 +0900</pubDate>
			<category>小学校</category>
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