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すごいタイトルですみません
地元で こんな呼び方をする人がいるもんで。
とっても 真面目な神社なの
謂れ は 後で。
正式名 軽部神社(かるべ神社)っていいます
先日 雨だったんだけれど
吉備路五重塔とコスモス 観に行こうかぁ
って 出かけたんですよ
その帰り
聞いてがいたけれど 行ったことない
この神社に 連れて行ってもらいました
向こう走ってるのは 井原線ですって。
列車が来たので まってぇ と 撮ったんだけれど・・・
この川に
橋が かかっていました
名前は たらちね橋 だそうです
そしてね 銀杏の黄葉の傍に
たらちねの桜 が ありました
小さな 桜の樹
以前あった 垂乳根の桜は 大変立派で
風に揺れるたびに 境内を大きく掃き清めるほどの
見事な枝垂れ桜だったそうです
昭和15年ごろ 樹齢およそ400年くらいで枯死したそうで
根株が保存されていました
ここ軽部神社は
もともと 地元氏神様でした
この境内に 垂乳根の桜 と呼ばれる枝垂れ桜があって
乳神様 として
乳房の病気 安産 育児 などの信仰を集め
女性の乳房を型とった絵馬が奉納されていたんですって。
地元民しか知らない この風習?が
天才たけしの元気が出るテレビ
で放映され
全国区になったそうです
が 小さな神社ですね
だ〜れも参拝者いなくって
申し訳ないなぁ・・・・と 思いつつ
絵馬 撮影して 帰りました
乳神様が実際に祀られていないのに
人は 手を合わせ 祈る
民衆信仰の 素朴な心の美しさ みるようでした
2010年10月26日更新きじです
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吉備路
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6月19日 朝刊に載ったので まぁ 人の多いこと
どこが?って
吉備路つるの里
立派なカメラ持ってる方多くってねぇ
峠の1万円のカメラで パシャ パシャ は 浮いてしまったわ
何があるんです?
って 声かけられて
丹頂鶴の赤ちゃんがいるんですよ
って 答えたら
その方
こっちで写したら
って 親切に行ってくれるも
そこ 立ち入り禁止場所 (-"-)
そこから写せば グ〜 なんだけどね
で 専属さんに 頼みました
ぜ〜んぶ 専属さん撮影です
はい 丹頂鶴のあかちゃん でておいでぇ☟
あっこじゃ
ええどこどこ
の声が・・・・・
聞こえたのかしら?
さぁ お散歩よ
お母さんについて 赤ちゃんが 歩きます
ちなみに この子たち
6月8日 9日 誕生の雛
雛は生まれたらすぐ歩くらしい(間違っていたらすみません)☟
よ〜く 歩けましたね
と つる一 つる二 が 遊んでいると・・・
お前は誰じゃ <(`^´)>
こりゃぁ あっちへいけぇ の図 ☟
ああ やれやれ☝
本当に 油断できゃしないわ
あいつ なにしに きたんじゃわい
いいですか 世の中には 優しい人も怖い人もいるんです
あれは 鷺さんです
きっと あなた達から 美味しい餌を盗ってやろうと
近づいてきたのかもしれません
と 説教 ☟
さぁ はよう 岸に上がりなさい☟
写真が見つからない
ありゃ ここまでまた来たか
お前 飛んでくるからなぁ
さぁ あっちへお行き
もう いないかなぁ・・・ きょろきょろ
今日は あなたたちが新聞に載ったので
たくさんの方が観に来られています
あなたたちは アイドル なんですよ
さぁ ここで ちょっと カメラさんからは距離ありますが
しっかりポーズ決めなさいよ ☟
ああ かぁさん どこへ行くの〜
尻ません。
と尻見せて 親は 去って行き ☟
どうすりゃぁ ええのか わからんなぁ
と 立ち尽くす 鶴子ちゃんでありました ☟
ちょっと 遠くだったのでねぇ
でも 赤ちゃんのかわいい 伝わりましたかぁ
よかった 更新できて。
パソコンにひやひやの峠でした(^^♪
写真は 拡大して みてください
少しは あかちゃん 大きく見えます。
2010年6月21日更新記事です
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おい 丹頂鶴の赤ちゃんが生まれたらしいぞ
どこで?
総社 三須 きびじつるの里じゃ 行くぞ。
行くと言っても 明日20日は お大師講
うちかた 当番あたっとんのに・・・・
行くと言ったら 行くのが旦那 場所も知らんのに・・・
調べ!!で
私は したいことあったものの 鶴の赤ちゃんもみてぇなぁ
で 付いていきました
きびじつるの里はねぇ
国民宿舎 サンロード吉備路 の 横にありました
サンロード吉備路 周辺は 田植えが終えたり
まだ 最中だったりで 緑の景色 ☟
ねぇ 吸い込まれそうな 景色でしょう
遠く 不思議な 謎の山城 鬼ノ城を望みます ☟
ええなぁ って ええなぁ って
古代人探し しそうになったわ
でも 今日は たんちょう鶴
はようみて 撮影して 帰らねば・・・・
明日(20日)は お大師講
の
せかせか 思いが湧いてきて
鶴さんとお花だけ撮影して 帰りました
この鶴さんたちの写真は また次回に。
今日はお大師講で ばたばたしながら
少し時間できたら みなさん訪問・・・と 思っていたら
ありゃぁ \(◎o◎)/!
パソコン画面が 真っ暗 \(◎o◎)/!
強制終了 電源入れて 立ち上げても駄目
○○に☎
異常が起きているから もってきてください
修理にはきっと10日はかかるなぁ
困るなぁ・・・な私。
パソコンコードみな抜いて パソコンひっくり返して
再度接続して・・・電源入れたら・・・稼働
この方法 仕事でパソコン稼働しなくなったとき
教えてもらった方法。
ほっと 一安心(^^♪
でも 怖いから 今日は ここまで
動き出したパソコンに感謝しつつ。
2010年6月20日更新記事です
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小田川沿いの新緑に癒されながら ゆっくりと矢掛につきました
おっ ここじゃ
本当にどこが真備(マビ)でどこが矢掛(やかげ)か境界不明
着いたところは吉備大臣宮
小さな神社です ☟
受験シーズンには 多くのお参りがあるとか。
これは 私感なんですけどね
学者から右大臣に出世して ねたまれて 左遷
よく似た運命辿る 吉備真備と菅原道真
でも 学問の神さまって道真公でしょう?
これはおかしい
道真公は大宰府に流されて命絶えたけれど
吉備真備は頭脳でまた中央に帰り咲いたじゃないですか
昨夜(5月19日)のテレビでも藤原仲麻呂の乱で
唐で学んだ兵法で勝利してたじゃないですか
ねぇ だから 矢掛のこの吉備大臣宮にお願い事したほうが
学力アップするのではないかしら?
と 思いつつ 少々おつむの弱い孫たちに
学力向上願って 二礼二拍手一礼 してきましたよ
この吉備大臣宮の隣が吉備真備公園☟
吉備大臣宮 裏手は 小高い丘
前方後円墳?に似せた この丘の周囲の石には
彫り物がしてありました。その一つ☟
大きく深呼吸。 森林浴満喫できる丘の側には☟
囲発祥の地の碑がありました。
囲碁発祥乃地記念碑について
奈良時代の偉人正二位右大臣吉備真備公は
二度にわたって万里の波濤を越え遣唐使として
唐の都長安に渡航し 国威の発揚に尽力され
天平七年(735年)帰国に際しては 当時最高と言われた
唐の最新の文化を数多くもって帰り日本の政治文化軍制の発達に
大きな功績をあげました
平安時代後期に書かれた 江談抄 には 吉備公が
在唐中唐の囲碁名人と対局し 知恵をもって勝った説話があり
これが日本の著作に現れる囲碁に関する最初の説話であるところ
から 吉備真備公が日本における囲碁の開祖として 伝えられ
その後の各種辞典 また 著作に現れております。
その後に 吉備真備公は日本における囲碁の開祖であり
その居館跡を囲碁発祥の地として 吉備真備公の遺徳を顕彰する
ために ここに記念碑を建立したものである。
と記されていました
日本歴史公園百選・吉備真備公園 ☟
吉備真備公 銅像 ☟
遠くを見つめながら
この国 おえりゃぁせんのう って 言ってるような☝銅像
囲碁磐模した机☟
このそばにあった日時計は撮らず(/_;)
公園横にある 産湯の井戸
真備公は一人 産湯の井戸は二つ
ここに歴史の
吉備大臣産湯の井戸
吉備大臣ご生誕の前夜 東の空から 明るい光の尾をひいて
ひとつの星が流れ お館の西の井戸に落ちました
そして 次の夜 輝くばかりの玉のような男の子が誕生し
お館は歓びにわき この井戸を 星の井戸 と呼び
この水で産湯を使われましたので それから この井戸が
吉備大臣産湯の井戸 と言い伝えられています
と ☝ 記載されています
産湯の井戸☟
これで 吉備真備を訪ねて は おしまいです
皆さま 本当に お付き合い ありがとうございました
これは2010年5月20日更新記事です
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昨夜 NHKで 歴史秘話ヒストリア
「奈良の魔法使い〜日本を救った遣唐使・吉備真備〜」
放送されていましたね
記事にした夜の放送 このタイミングにビックリでした
放送の中で 奈良王朝時代 活躍したもう一人の偉人
和気清麻呂が登場していましたね
和気清麻呂は(わけのきよまろ)和気町出身
清麻呂銅像が和気神社にあります
これは 昔昔の写真の接写。光って見苦しいですが。☟
さて 私たちは まきび公園を後に
次なる目的地 琴弾岩を目指します
どこじゃろ わかる?
まかせとけぇ
頼りない専属運転手の勘に委ねて
少し迷いながら どうにか 到着
琴弾岩☟
琴弾岩
奈良時代に右大臣として中央政権で活躍した吉備真備公が
晩年父祖のちに帰り 中秋の名月の夜に 小田川に臨む
この岩の上で琴を弾かれたと伝えられているところから
琴弾岩と呼ばれている
昭和24年以来 町民は毎年中秋の名月の夜に
この岩に集い 真備公の故事にちなんで
弾琴祭(だんきんさい)を催し
岩上で琴・尺八を演奏して 公の遺徳をしのんでいる
の記載がありました
この弾琴祭の模様は 地元ニュースで流れます
わたしもヨッコラショ 岩に上がってみました
そこから 小田川を眺めます
シジミ採りでしょうか? この日 たくさんの方が 川の中で なにやら撮っていましたよ
ウオーキングされる方のため? こんな☝案内板も。
猿掛山
平安時代末期のち築城
ネット検索してみたら (こんな山城しりませんでした)
いろいろな戦の歴史刻んだお城でした
今は石垣とか堀切とかしか ないそうです
パンフみるな 酔うぞ
旦那さんに注意され
ぽわ〜んとした頭で次は矢掛に向かいました
矢掛は真備町の隣町
ここに下道氏の墓地があり☟
真備公祖母の骨が発見されたので
こちらも
吉備真備公園 があるのです
真備はねぇ 筍 竹細工が特産
そして ピオーネも。
これは 車中から撮った 葡萄ハウス
お仕事なさってたので 恥ずかしくって
車停めて撮影 ようせなんだわ
まだ純情な峠です(^^♪
矢掛 吉備真備公園 は
日本歴史公園百選 のこれまた緑美しい公園でした
真備は日本の囲碁の開祖とか。
この公園に記念碑もありました
ではまた時間があったら 今夜記事に致しますね
それまで さようならです
この記事は2010年5月20日更新記事です
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