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史跡・塩飽勤番所

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 史跡・塩飽勤番所は香川県丸亀市本島にあります。
 文化の改新の時に土地や人民を朝廷に収め公地公民となった。新たに土地を開墾したものに私有地を認めこれを名田(みょうでん)といい所有者を名主(みょうしゅ)とよんだ。多くの名田を領したものを大名・少しのものを小名と称した。塩飽水軍は秀吉の朝鮮出征で活躍、その功により朱印状を授かり塩飽七島1250石を650人の水夫が統治し領主(名)であるから人名(にんみょう)と呼んだ。塩飽は650人の人名達の共有領地となる。何処の藩にも属さず、また天領でもなく独立した自治領です。(塩飽だけの特殊な制度) 人名の政治は自治制で「年寄」「年番」「庄屋」によって行われた。年寄りは世襲的に行われ政治も年寄りの家で行われていた。日時が過ぎると年寄りの独裁的な政治になり人名達の不満が広がり、政所を今の地に建てて政治を行うようになった。
 人名制度は明治元年倉敷県に編入されるまで続きました。現在も県境・漁業権が続いている。不思議である。
 香川県立図書館蔵「地域から学ぶ本島の歴史と文化・香川県丸亀市立小学校筆」「瀬戸内海に於かれる塩飽海賊史・真木信夫著」現地案内板などを参考資料としました。
 写真は2009年8月3日撮影

 
長屋門 長屋門の中央が通行所になっていて、右が番部屋、左が供部屋
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 塩飽勤番所 塩飽全島の政務を行った所です。寛政十年完成・文久二年に改築 左の建物が年寄りの詰め所で諸般の事務を執った所
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 倉庫は御朱印庫で石櫃で信長・秀吉・秀次・家康・秀忠の朱印七通と安堵の沙汰書・高松藩と塩飽領との漁区論争の判決書(寛保御十判)・その他貴重な古文書が蔵されていた。
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 詰所の間
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 年寄りの詰所
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 釜場
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 雪隠
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 湯場
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