BLOG青い国四国路

四国の綺麗な所・美しい所・古い所のBOLG

全体表示

[ リスト ]

宗運寺と宗運寺古墳と梅林
 駒石山・観音院・宗運寺は香川県三豊市山本町財田西の天神山の中腹にあります。
宗運寺縁起
 延暦15年(797年)桓武天皇御願、右大臣藤原内麿41歳の建立、比叡山より山王権現の分身、出世大黒天を迎えて鎮守とし「山王山総本寺」と称して、700m西の平地に七堂伽藍を構えていた。
 財田川・河内川に接していたため数度の水災を蒙り三度目の大洪水(天文9年・西暦1540年)に壊滅状態になる。
 大檀主御家中、山下右衛門盛久隠居「宗運」を通して、生駒正親領主の庇護の下にこの高台(現天神山)移転し新たに天満宮を迎えて山王駒石山天満宮宗運寺と公称されていた。
 明治維新の神仏分離の制によって、本堂を中心の伽藍一帯が神社に、客殿を中心としてこの地域が宮寺にと別れたまま現在にいたる。
 本堂・大師堂など別建てのお堂は無く皆この客殿の奥深くにお祀りしてある。元は「金毘羅大権現」と法類で、正面奥に見える「本尊御厨子」は萬延元年二月、大権現宥常猊下の寄進になるものです。
 本尊「木造帝釈天様聖観世音」は1200年前の弘仁佛で香川県指定有形文化財(彫刻)に昭和44年4月3日に指定されています。現地案内板より転記しました

宗運寺古墳
 宗運寺古墳は、玄門、玄室へと棺を横から納めた古墳時代後期(5〜6世紀)の横穴式古墳である。
 角のとれた川原の石を丹念に僅かずつ送り出し法によって積み上げて直方体形成している長楕円形の古墳であるのが特徴である。
 副葬品として、土師器(はじき)・鉄片・陶器片・銅環・須恵器・小刀片等が散乱していた。奥行き6m幅1.6m高さ2mの玄室で附近の吉田古墳と共に底部から天井石まで石室内が凸字型になっているのが特色」で有る。内部を見ることは出来ません。三豊市の史跡に指定されています。(昭和45年11月3日指定) 現地案内板より転記しました。

梅林
 天神山の梅林の丘に「梅かんさつ林:大野小学校」の手づくり看板が架かっている。奥には梅の木が多くある。大野小学校が花が咲く所から梅の果実の採取し加工し給食に使うまでを観察するのかな??。
 写真は、2010年2月10日撮影

 右側を登ると天満神社
イメージ 1

 山門
イメージ 2

 客殿
イメージ 3

 鐘楼
イメージ 4

 天満神社の石燈籠
イメージ 5

 古墳入り口付近
イメージ 6

イメージ 7

 梅林
イメージ 8

イメージ 9

この記事に

閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事