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昼寝城祉

【昼寝城祉】
 昼寝城祉は、香川県さぬき市前山の昼寝山(460m)にある山城です。
 昼寝城は、古代の讃岐公の一族で。世々寒川郡司を務めた寒川氏は、室町時代後期には、大内・寒川の二郡のほかに小豆島も兼領し、この昼寝城を本城に池の内の台ガ山城(さぬき市長尾町名)を出城に、大内郡の虎丸(東かがわ市大内町)引田城(東かがわ市引田町)支城にした。戦国期の終わり頃まではここに城があったと考えられる。
 1980年の調査で、白磁はどの陶磁器や、銅環・銅製切羽などの金属製品、多数の銅銭、砥石、玉石などが出土した。また、最近の調査では、(1988年「中世城郭研究」)「遺構は尾根筋を堀切で遮断、土塁を囲みを構築した本丸曲輪が見られ、シンプルな縄張りであるが、在地領主の小規模城郭としては、防御構築物に合理性が見られ、良くできた城郭と言える。」と評価されている。
 もともと、大多和神社(延喜式内社)から行基菩薩が布施屋を開いたという伝承のある古大窪に通じる道の途中、今も比丘尼(びくに=女性の宗教者がいたか?)渕と呼ばれる所から右に登る道があった。
なぜ、こんな奥地にという疑問があるだろうが、古代の信仰集団の存在や、鉱物資源を求める工人集団の存在を示す遺構があり、今周辺に見られる石垣の見事さから、かなりの人の住居が想像できるのである。 さぬき市教育委員会 以上現地案内板より転載しました。
 元亀三年寒川元隣氏により築城息子の寒川三河守光長氏に引き継がれ天正三年九月阿波の武将海部右近により落城。
 さぬき市指定史跡 四国新聞社選定さぬき百景に指定されている。香川のみどり百選(讃岐山脈の水源の森9にも選ばれています。) 昼寝城は戦時であっても「昼寝してても大丈夫」というのが名前の由来で、天然の要塞が形作られていたのです。かつては山腹一面にサクラが咲き、名所として知られていました。残念ながら昭和30年代に害虫などの影響で次々と枯れて、規模が小さくなってしまいました。その後、地元の人たちの手で植樹活動が続けられています。
 写真は、2010年4月29日撮影
 アクセス:前山ダムより、山王バス停の100m上より町道に入り、約1.2kmで大多和橋に至る。道標に沿って太郎兵衛館方面に約1km進むと昼寝城の標識がある。標識から細い地道を歩いて30〜40分位で祠に到着します。わいわいマップにスポット投稿します。

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閉じる コメント(4)

昼寝城とは、また、のんきないい名前ですね。
讃岐らしさ、という気がします。

2010/6/3(木) 午後 2:02 Odyssey大好き♪ 返信する

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むかし、ここに城があったの? 完全に自然に戻ってますね。

2010/6/3(木) 午後 10:26 [ rec*u*ive_s** ] 返信する

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そん君さん、
なんとか地元の人たちによって本丸(祠があるところ)・武者走り(尾根の狭いところ)・二の丸跡(雑木がなければ見晴らしがよい)は、雑木の伐採と草刈で体裁を保っています。

2010/6/4(金) 午前 11:22 [ ロッキー ] 返信する

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odysseyさん、
昼寝をしていても難攻不落のお城だったみたいです。阿波の国から志度の浦への街道がよく見える位置にあります。今は雑木に覆われていて殆ど見ることができません。

2010/6/4(金) 午前 11:28 [ ロッキー ] 返信する

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