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水主神社

【水主神社】
 水主神社(みずしじんじゃ)は香川県東かがわ市水主に鎮座しています。
 祭神 倭迹々百襲姫命=日本書紀 夜麻登々母々曽毗売命(ヤマトトトモモソビメノミコト)=古事記
 合祀 水主三山(新宮神社・本宮神社・那智神社)、水神社 祭神水波女命
 水主神社別当寺 大水寺(水徳山宝珠院神宮寺:寛文年中に大水寺と改める) 本尊 阿弥陀如来(円光寺在) 不動明王・二童子(與田寺在) 十一面観音(坂手・観音寺在) 明治の神仏分離令により廃寺

 弥生時代後期、女王卑弥呼の死後、再び争乱が繰り返され、水主神社の祭神倭迹々百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)は、この争乱を避けて、この地に来られたと伝えられています。
 姫は未来を予知する呪術にすぐれ、日照に苦しむ人々のために雨を降らせ、水源を教え、水路を開き米作りを助けたといわれています。
 境内は県の自然環境保全地区に指定され、付近からは縄文時代の石器、弥生・古墳時代の土器が多数発見され、山上には姫の御陵といわれる古墳もあり、宝蔵庫には多くの文化財が納められています。社殿はすべて春日造りで統一されており、社領を示す立石は大内・白鳥町内に今も残っています。
 與田寺へ向かう途中の弘海寺附近には昔有名な「石風呂」があり、宿屋が栄「チンチン同しに髪結うて、水主のお寺(水主神社別当寺大水寺廃寺)へ参らんか。」とこども達が歌ったほど賑やかな土地でありました。

 源義経一行は、大坂峠を越え相生の馬宿の海蔵寺で仮眠をとった後、休憩もせず水主神社に武運長久を祈願、一路田面(たずら)・寒川(さんがわ)・高松(屋島の南辺り)に進撃。別働隊は、丹生から津田・志度へと進軍高松で合流。

 文は現地説明板などより転載しました。
 写真は2012年3月6日撮影
 場所はワイワイマップ『源平ゆかりの地map』にスポット投稿します。

 参道入り口
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 隋神殿
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 手洗盥 
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 拝殿
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 本殿
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  うつぼ船
 社伝によると今から二千余年前水主神社御祭神倭迹々百襲姫命都皇居(今の奈良県桜井市黒田)幼き頃より神意を伺いまじない、占い、知能のすぐれた御方と言われ、都皇居に於いて塵の交なく人もなき皇居の黒田を出られお船(うつぼ船)に乗りまして西へ西へと渡のままに播磨灘(今の東かがわ市引田安堵の浦)に着き水清き所を求めて今の水主の里宮内にお着きになり住まわれ(ここを大内という)土人に弥生米を与えて米作り又水路を開き雨祈で雨を降らせ文化の興隆をなされた御人といわれる。
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  閼伽谷の井戸
 空海が境内で閼伽井戸(あかいど)を掘り水主神社に奉献した。
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  水主神社のいのり杉 
いのり杉は樹齢約800年と言われており、しめ縄が巻かれた姿は神々しく、樹頂付近に若干の枯れ枝が見られるが、杉独特の樹形を保っている。なお、この付近は香川県自然環境保全地域に指定されており、社叢と共に独特の景観を有している。
 樹高 31.0m 胸高幹周 5.5m 枝張り 東西:10.2m 南北12.7m(2001年) 香川県保存木9
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