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伊尾木漁港

伊尾木漁港 (石積堤)
住 所:高知県安芸市下山
マピオンマップ↓↓↓↓

解 説:大山岬にある伊尾木(いおき)漁港石積堤は、土佐藩の家老野中兼山が築造した港で、江戸時代の終わりに石組と防波の建設に取りかかったが、藩の財政難から工事は中断。長い時を経て平成12年にようやく完成した。尚、周辺の海岸段丘も必見。
恋人の聖地=2006年選定、夕日のスポット、
文化財:未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選=平成18年選定
資料等:恋人に聖地PROJECT HP、高知県安芸市など
撮影日:2017年4月5日
近隣施設:野良時計土居廓中岩崎弥太郎の生家、道の駅「大山」、

高知県安芸市 【史実・伝承編 伊尾木漁港石積堤】PDF文章より
 伊尾木漁港の整備計画は、江戸時代中期に既に進められ、藩の仕置役の百々弥左衛門が工事を見積もらせたとの記録が残っている。江戸時代末期には、漁港整備を目的に内港の開削を進め、石積みの防波堤建設に取り掛かったが、藩の財政難から工事は中断された。そして、放置された跡地に水が溜まって河野池ができ、「兼山のあほう堀」とも呼ばれた。新田開発や各地の港湾整備など、さまざまな土木事業を手掛けた野中兼山にちなんだものである。
 また、この池には古くから蛇が住んでいるといわれ「河野の池には蛇が居るそうじゃ、その蛇は雄じゃか、雌じゃか、わからんそうじゃ」と囃し唄われた。しかし、昭和のはじめ伊尾木の青年団や消防組が動力ポンプで替干をしたことがあるが、蛇は遂に姿を見せなかったという。
 港の修築計画は、その後幾度となく企画されたが、資金難などを問題にどれも実現しなかった。ようやく、昭和48年(1973)に着工され、平成12年(2000)に完成している。昭和50年代には、発掘調査が行われ、当時の石積堤の一部は歴史的遺産として漁港内に保存された。
 現在では、伊尾木漁港の護岸は河野公園として整備され、太平洋に向けて突き出すような形になっているため、晴れた日にはさんご礁が、冬場には「だるま夕陽」(光の屈折により夕陽が水平線に溶け込み、ダルマのように見える夕陽)が見えるといわれ、美しい景色を楽しむことができる。

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道の駅「大山」
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漁業組合事務所兼市場
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