日本で複葉機を自作していたころの飛行機ファン

まだ手探りで自分の飛行機を工夫して試作していた時代

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 英国で蒸気機関が実用化されたころ産業革命が始まり,最初に全鋳鉄製の橋が架けられた.この鉄橋(アイアン・ブリッジ)は現在も当時とかわらない状態で存在し,歩行者用鉄橋として使用されている.
 最初の鉄橋はロンドンから200kmほど離れたイングランドのコールブルックデールにある.鉄橋が完成したのは1779年(7月2日に鋳鉄ブロックのアーチが完成して締結),そして取り付け道路が出来上がって正式に開通したのは1781年(1月1日)だった.この鉄橋の建設は民活方式で行なわれたため,地元の資金で完成し通行料を取ることによって,建設資金を回収するために有料橋として運営された.
 まだ鉄が材料としては貴重な素材だった時代に,武器,農具を別にすれば,鉄を使って橋を作るというのは珍しいことだった.ところで吊橋の主要部材に鉄を使ったのは中国が最初で,記録によると6世紀に船の錨のような鎖を可鍛鉄で作りいくつかの吊橋架けたとされている.
 英国が最初に架けた鉄橋は,すべてが鉄製で,近代の鉄の橋のスタートになっている.
アイアン・ブリッジ(設計者:Thomas Farnolls Pritchard)は渡河幅30.6m,橋の幅が7.5m,使用した鋳鉄の重量が378トンでセバーン川の両岸を結んでいる.鉄橋ができた当時のセバーン川は非常に荒れた川だったらしい.まだ木炭を燃やして製鉄していた時代だから,森林から燃料にする木材を伐採したため,付近一帯を野原にしてしまったためである.そのため毎年のように大洪水が発生していた.
 そんな川に木製の橋を架けてもすぐに流されてしまう.石橋は重いから洪水で足元を洗掘されて崩壊してしまう,ということから軽くて水通しのよい鉄の橋を架けることになったのである.そしてこの鉄橋構想を現実にしたのは,当時としては全盛だった製鉄産業都市コールブルックデールの持っていた地域の活力だったのだろう.
 この鉄橋の形状はこれまでの石造アーチ橋を鉄のブロック置き換えたように見える.また一方で細部の構造は木橋の感覚も受け継いでいるようだ.形式としては,たぶんアーチ橋に分類されるのだろう.橋の部材は半径間を1本もので鋳造しているから,鋳物工場で製作した弓状部材の鋳込み長さは最大で20m余りとなっている.なお当時の材料表によると,鋳鉄のほかに錬鉄も使用されたらしい.クサビやホゾなどの連結材に,木炭で精錬された柔らかい練鉄を使用しているのだ.
 アイアン・ブリッジは完成後すぐに何回も洪水の試練を受けている.しかも橋全体が濁流につかる大洪水だったらしいが,鉄の橋はそのたびに生き残ってきた.
 車両の通行が禁止されたのは1934年になってからだが,馬車や荷車,一時は自動車が橋を渡った時期があったのだろう.歩行者有料通行橋の最後となった債券が民間から地域の自治体に売却されたのは,1950年になっていた.それ以降は英国の文化遺産として管理されて現在まで鉄橋が保存されている.現在では文化遺跡保護のために,同時に200人以上が橋に載らないように注意している.
 コールブルックデールでダービー(Darby)家が石炭による製鉄(コークスを燃料とする製鋼炉)に見通しをつけたのは,18世紀はじめだった.競馬のダービー(Derby)伯爵とは関係はなく,職人系の起業家だったダービー家は,英国で石炭製鉄法を開発して産業革命と関わっている.
 鉄の精錬には木炭を使用していた.日本で行なわれていた「たたら製鉄」も木炭を使用していた.ヨーロッパには石炭が豊富にあったが,石炭に含まれる硫黄が鉄に混入すると,鉄の材質が脆くなってしまうために石炭が使えなかった.ダービー家は18世紀の中ごろになると蒸気エンジンが実用化されたころに,高温操業に耐えるコークス炉を築造し,コークスを完全燃焼させるために蒸気機関を利用した送風を組み合わせることによってコークス製鉄を実用化した.
 こうして英国の産業革命は進み,コールブルックデール製鉄所の鉄の生産量は英国の総生産量の4割を占め,世界最大の規模に達していた.すべてを鉄で構成した橋を架けるにはこのような地元のバックアップがあったのだ.アイアン・ブリッジ建設の出資者で,最強のプロモーターとなったのは,コールブルックデール製鉄所を経営するダービーIII世(Abraham Darby III)だったのだから....
 しかしコールブルックデールの繁栄は19世紀はじめまでだった.コークスを使用した製鉄法が英国全土に普及してしまうと,内陸部に位置する製鉄所は競争力を失ってしまったのだ.
 英国では,アイアン・ブリッジを含めたコールブルックデール一帯の産業遺跡をユネスコの世界文化遺産に登録している(the Ironbridge Gorge Museum Trust).日本は1992年に世界文化遺産制度を批准して自然保護を中心に観光地を登録しているが,明治・大正期の産業遺産も対象に含めてもいいのでは.......

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