玉井式24号練習機:ル・ローン式空冷回転星形9気筒120馬力
第1次大戦後にフランスで大量に市場に放出されたル・ローン120馬力エンジン(空冷回転星型9気筒)を1920(大正9)年に横浜のセール・フレザー商会が輸入した.玉井式24号練習機は,このル・ローン120馬力を購入して装備し1920年12月に完成した.同じ発動機を装備した複葉機は, 伊藤式16型富士号,白戸式31,38,39,40型などが製作された.まだ低価格な陸海軍の払い下げ機が出回る前の国産練習機のブームであった.
東京の洲崎で1921(大正10)年5月に開かれた第2回懸賞飛行競技大会には,玉井照高が玉井式24号練習機で出場し,速度競技で5等となった.なおこの競技会は,国家認定資格としての操縦士免許制度が施行される前の規制のない自由な形式として最後のものであった.
玉井照高が1921(大正10)年12月に玉井飛行場を神奈川県橘樹郡生見尾村生麦(現在の横浜市鶴見区
生麦)に開設した.ここでは,伊藤式恵美号やニューポール練習機などとともに,玉井式24号練習機が練習飛行や遊覧飛行,宣伝ビラまき飛行(1923年4月2日に潮田町が誕生した翌日に「祝町制施行」と印刷した広報ビラを飛行機から散布)に使われたが,9月1日の関東大震災で飛行場が破壊されて使用不能となり,玉井飛行場は閉鎖された.跡地はキリンビール横浜工場となった.
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