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○当時の新聞によると,1911年4月24日に大阪の城東練兵場において,森田という人が高度およそ2mで,
距離は約80mの直線飛行に成功したという記録があるようだ.
これは,たぶん森田式グレゴア・ジップ飛行機のことである.
飛行機に興味をもった森田新造(大阪唐物町)は,商用で欧州に出張したおりに,ベルギーで航空機用
発動機グレゴア・ジップ45馬力(水冷式倒立直列型4気筒)を購入して,1910(明治43)年の春に帰国した.
当時の航空機エンジンは,500円ほどの値段になる(輸送費を含めて),森田新造という人は,相当な金持
ちであったのだろう.
そしてブレリオ式とアントワネット式の特徴を採り入れた単葉機の製作をはじめて,1911(明治44)年
4月上旬に森田式グレゴア・ジップ飛行機(木製主材骨組で合板羽布張り構造の機体:全幅9.3m×全長7.
4m,自重は290kg)が完成した.森田新造が試作した単葉飛行機は関西地区を飛んだ最初の国産機という
ことなる.また日本で飛んだ最初の民間単葉機ということにもなる.
4月24日に大阪の城東練兵場において,高度およそ2mで,距離は約80mの直線飛行に成功したという.
しかし,つづいて5月22日に多罹尾助手が飛行練習中に,練兵場内の柳の木に翼端を引っかけて,その破
片が見物中の少年にあたりけがをさせた事故を起こしている.
森田さんの飛行(ジャンプとする意見もあるが)は,所沢の陸軍飛行場で,奈良原三次が奈良原式2号機
で初飛行した5月5日よりも10日ばかり早いのだが....
しかしこの事故のために森田新造は,家族の忠告でその後の飛行を中止し,自作飛行機の製作から手
を引いてしまった.そして関西で最初となる模型飛行機の販売業を開業することになった.
その後,森田新造のグレゴア・ジップ発動機は,伊藤音次郎,山県豊太郎,福長朝雄各氏の飛行機に転
々として取付けられて,飛行を繰り返した.発動機としての寿命が終わると,太平洋戦争時には骨董品
として大阪西区の古物商に保管されていたが,戦災で焼失してしまったようだ.
森田新造さんがベルギーで購入したグレゴア・ジップ発動機は,1909年ころ登場した水冷式のエンジ
ンで,操縦士の視界を良くするために直列4気筒エンジンを倒立させている.つまり自動車の直立エンジ
ンは出力軸となるクランク・シャフトがシリンダの下にあるのだが,Gregoire “Gyp”では出力軸(プロ
ペラを回転させる駆動軸となる)がシリンダの上部に配置されている.排気管の排気スリーブを経由する
プッシュ・ロッドを利用した熱吸収冷却システムなど珍しい機構を採用していた.倒立形式のエンジン
といえば,あのダイムラー・ベンツも採用しているのだが......
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こんにちは。 大道芸観覧レポートという写真ブログをつくっています。 戦時中の模型飛行機の広告もとりあげています。 よかったら、寄ってみてください。 http://blogs.yahoo.co.jp/kemukemu23611
2007/1/30(火) 午後 9:03 [ kemukemu ]
近年、森田式の事を知りました。
森田氏はその後北海道に渡り、「大阪屋」という電器店を開き、現在でも3代目が営業を続けています。
2008/10/7(火) 午前 7:53 [ DES ]