日本で複葉機を自作していたころの飛行機ファン

まだ手探りで自分の飛行機を工夫して試作していた時代

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航空ショーの常連

日本でも,ロック岩崎さんがアクロバット飛行を見せてくれる
設計者のカーチスH.ピッツさんは米国フロリダ州ジャクソンビルで1942年よりアクロバット飛行用にPitts Specialの設計を始めて,最初のPitts Specialは90馬力のフランクリン・エンジンを装備して1944年9月に初飛行している.
それから25年間はPitts Specialはホームビルト・キットとして販売され組立てられた.その間に曲技飛行をするために設計が手直しされ曲技飛行用複葉機として洗練されていった.1962年には180馬力の水平対抗エンジンが標準になった.そして1966年には通常の飛行と反転飛行でも飛行特性が代わらないように2枚の主翼形状を対称に改められた.
1970年よりアクロバット飛行用ピッツとして工場で製造する体制がワイオニング州アフトンに出来上がった.最初のピッツ・スペシャルS-2Aが,アフトンで組立てられたのは1971年からである.1970年代には,米国連邦航空局規則FAR part 23の曲技飛行用途の仕様に準拠した型式証明をピッツ・スペシャルの各バージョンが対応した.
1977年よりカーチス・ピッツは製造権をピッツ・エアロバチックス社に売ってしまったためにS-2Bはハーブ・アンダーソン{ピッツ・エアロバチックス社(現在のアビアット社)の主任設計技術者}が実際に設計を担当した.
80年代前半には曲技飛行機として地位をかため,ピッツS-2Aは75%の鋼管を中心に木とカンバスが75%で構成されているから軽くて頑丈な飛行機となっている.エンジンはアブコ・ライカミング4気筒200馬力を装備し,エンジンの周りは全金属構成になっている.ピッツS-2Sは一人乗りでより高出力な260馬力エンジンを装備し,12inch胴体を伸ばしたものである.それ以降ピッツ・スペシャルS2-Bが連邦航空局の型式証明を受けて一番大量に生産される機種になった.
1991年3月よりアビアット社が型式証明と販売権を獲得し,1995年12月には,ピッツ・スペシャルの設計,定期点検試験飛行などの作業がアフトンで行なわれるようになっている.

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