日本で複葉機を自作していたころの飛行機ファン

まだ手探りで自分の飛行機を工夫して試作していた時代

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梅田勇蔵(東京市芝区宮本神明)さんは,ちりめんの呉服商を営んでいたが飛行機に関心を持ち,自宅の敷地内に作業所を設けて,自動車で曳航する単葉の滑空機を試作した.ついでこの滑空機にアンザニ25馬力エンジンを装備した試作機を製作し,稲毛の民間飛行場や羽田の三角州で試験飛行を何度か試みたが,飛行することなく失敗に終わった.
 さらに1914(大正3)年の夏には,インディアン60馬力エンジンを手に入れ,東京の代々木練兵場にあった帝国飛行協会の格納庫で複葉機を組立てた.ようやく1915年9月7日に離陸に成功したが,その直後に墜落して破損してしまった.

ようやく1916年に飛行

またアンザニ25馬力のエンジンを装備した一葉半の試作機を,早稲田大学理工科出身の矢野周一さんと塚本吉之助さんの協力により改造し,1916年5月に稲毛の飛行場で完成させた.この試作機はジャンプ程度の離陸が可能だった.このころ,稲毛で梅田飛行機共同練習所の看板を掲げて,アンザニ25馬力つき一葉半機を梅田式トラクターと呼んで飛行練習に使用した.
続いて破損したインデアン60馬力エンジンを装備した複葉トラクターの試作を白戸栄之助さんに依頼して,これも矢野,塚本さんの協力を得て,厳号水上トラクターとして完成した.
梅田さんは白戸さんと共に1916年6〜7月ころには兵庫県の須磨海岸,加古郡高砂町,高松の香西浜などで巡業飛行を行なったが,経営上のもつれから,宮崎県延岡町で飛行機を後藤勇吉さんに売り渡し,梅田さんは飛行機巡業から手を引いてしまった.

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