日本で複葉機を自作していたころの飛行機ファン

まだ手探りで自分の飛行機を工夫して試作していた時代

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        Expo70のイタリア館
イタリア陸軍航空隊のアルトーロ・フェラーリン中尉をリーダーとするアンサルドSVA9複葉機(SPA6水冷式直列6気筒220馬力エンジン)11機が2月14日にローマを出発し南回り経路を飛行して,5月30日にフェラーリン中尉・カッパニーニ組機とグイドー・マシェロ中尉マレット組機の2機4人が大阪の城東練兵場に着陸,翌31日に東京の代々木練兵場(現在の代々木公園)に到着した.当時の日本人観衆が6万人集まって出迎えた.ローマから東京までの1万1000マイル(総飛行距離は1万6700km)をバグダット,カラチ,広東,北京,大阪など42か所を経由して飛行を続けて,106日間(実飛行時間94時間40分)で目的地に到着した.同時に出発したうちの9機は,途中で事故や故障により脱落してしまった.そのうちの2機はメソポタミア(現在のイラク)でアラブ人に撃ち落とされたという.イタリアの航空産業は,第一次大戦の終了で余剰となった偵察機を長距離飛行用に改造し,飛行機による国際親善飛行を行なうことによって民間航空の可能性を証明した.
 日本に到着した2機のアンサルドSVA9複葉機のうち1機は日本政府に寄贈され,京都で開かれた空中文明博覧会に出品されたあと,靖国神社の境内に展示,保管されていた.日本飛行学校の教材として払い下げられたが,戦災で焼失した.1970年に大阪で開かれた万国博覧会の際にローマから東京の歴史的飛行50周年を記念してイタリア館にSVA9の原寸サイズのレプリカが出展された.万博終了後,SVA9のレプリカは日本政府に寄贈された.その後レプリカは,航空自衛隊の浜松基地にある広報館に展示されている.

アルトーロ・フェラーリン飛行士(Arturo Ferrarin)の主な飛行記録

1920年:アンサルドSVA9複葉機でローマ〜東京間の長距離飛行
1926年:米国で開催されたシュナイダー・トロフィー・レースにマッキM39水上機の3号機で参加
1927年:イタリアのベニスで開催されたシュナイダー・トロフィ・レースにマッキM52の7号機で参加
1928年6月2日:Savoia-MarchettiS64でG.カパニン少佐と2人で4764miles(7667km)を58時間30分で無着陸の周回距離飛行を記録した.
1928年7月3日〜5日:サボイア・マルケッティS.64単葉機で副操縦士マジャー・デル・プリートと2人でイタリアのローマ(モンテセイオ)から大西洋を越えてブラジル(ナタール港)まで無着陸の長距離飛行を実施した(7450kmを44時間9分,平均速度168km/hを記録).

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