メルボルン開催10年を記念してウェーバがF1走行デモ
まず第1戦はオーストラリアGPだが,メルボルンのアルバート・パーク・サーキットで10年目の開催になる.アデレードの市街地サーキットで最終戦を開催していた時代を含めれば,なんと21年目である.
オーストラリアはメルボルンでF1開催10年目を記念して特別なサポート行事が行なわれる.
マーク・ウエーバは昨年ジャガー・チームからウイリアムズ・チームに移ったが,オーストラリア出身のF1ドライバーとして,ジャック・ブラバム(59,60,66),アラン・ジョーンズ(1980年ウイリアムズ)に次いで3人目のワールド・チャンピオンを狙うF1ドライバーとして期待されている.
F1サーカスも年間に19戦も開催されるようになると,主催者側にも国内向け(もちろん外国からの観光客も)F1に関するプロモーション活動が活発に行なわれるようだ.
地元出身のマーク・ウエーバが開幕の1週間前の朝(2/27の午前8時から)に,オーストリアの観光名所として有名なシドニー・ハーバー・ブリッジでウィリアムズF1で30分のデモ走行を披露することになっている.
もちろん安全のため通常の交通は遮断され,オーロラビジョンなどに映像が実況中継される.
F1走行デモが行なわれるシドニー・ハーバー・ブリッジは,世界で2番目に長い単一桁の鉄骨アーチ橋である.この橋は高さが134mで幅49m(広さでは世界一:車道8車線,鉄道は複線,自転車道1本,歩道),長さが503mの巨大な建造物で8年の建設期間をかけ,5万2800トンの鉄材と600万本のリベットを使用して,1932年3月に完成した.いわばシドニー港のシンボルとなるものだが,さらに近くにはあのオペラ・ハウスも追加されている.
観光客向けには,港の上空をヘリコプタや飛行機で遊覧飛行するサービスもあるのだが,一番の贅沢は,なんと複葉機でゆっくりと飛び回るコースも選べるらしい.
ここからは,さらにハーバー・ブリッジに関する蛇足なのだが,第二次大戦中に橋の下をプロペラ機で飛び抜ける,パイロットの度胸試しがはやったそうだ.
最初に米軍所属のカーチスP40キティホーク戦闘機が1機で成功したのが,噂になって始まったらしい.なにしろ,すべてが非公認なものだから,はっきりしないが.....
◇第2時世界大戦中にシドニー・ハーバー・ブリッジの下を飛行した軍用機
1942年2月 米軍所属の1機のカーチスP40キティホーク
1942年3月 P39エアロコブラ
1942年5月 2機のカーチスP40キティホーク
1942年5月 オランダ軍は3機編隊で橋の下を飛行し,旋回して1列になって橋の下を再度通り抜けた.
1942年6月 米軍ボストン第22航空団3機のKittyhawks(エアロコブラ?)
1943年10月22日 オーストラリア空軍のランカスタ爆撃機が戦意高揚のために橋の下をくぐり抜けた.
1944年5月14日 3機の21航空団のVengeances
1945年8月16日 対大日本帝国戦争勝利の日 オーストラリア空軍第94航空団のモスキート偵察機3機
どこかのセントレア港でも知名度アップのために,曲技飛行のまねごとでもやったら....
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