日本で複葉機を自作していたころの飛行機ファン

まだ手探りで自分の飛行機を工夫して試作していた時代

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南里征典は官能小説が多いけど.....

 著者の南里征典さんは,1933年に福岡県で生まれ,新聞記者の生活は20年に及ぶが,1980年に「鳩よゆるやかに翔べ」で作家として登場した.国際冒険小説,本格推理,官能サスペンスと多様な作品を発表し,精力的な執筆活動を続け多数の読者から支持されている.92年に実録航空冒険小説「紅の翼」で第1回文芸家クラブ大賞特別賞を受賞している.

航空冒険小説もあるよ

「紅の翼」はいわば「翼よ,あれがバンクーバーの灯だ」で,太平洋無着陸横断飛行(青森県三沢市からウェルナチ市)を冒険小説にしたものである.1927年の5月に米国の郵便配達飛行士だったリンドバークが,ニューヨーク〜パリ間の大西洋無着陸横断飛行に成功すると,さらにむずかしい太平洋横断がつぎの目標となった.バングボーンとハーンドーンの2人組みが1931年7月28日より「ミス・ビードル号」(ベランカ・スカイロケット)でニューヨークのルーズベルト飛行場を飛び立ち世界一周早周り記録(8日間15時間51分:ポスト,ゲッティ組みが6月にロッキード・ベガで更新)へ挑戦していた.しかし悪天候に邪魔されてハバロスクに到着した時点で,記録更新を断念してしまう.第2段階として太平洋の無着陸横断に切り替えて日本にやってくると,当時の大日本帝国陸軍に不法入国で逮捕されてしまう.
 軍国日本で発生する冒険飛行を妨害する問題を解決して,10月4日に青森県淋代海岸から飛び立つまでの出来事を冒険小説に仕立ている.

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世界の傑作機が月刊で出ていたころ

== B5判(週刊誌と同じサイズ)でなんと68頁(表紙まわりもカウントして)の中綴じ.==

31年前の雑誌だが,現在手に入れるには500円ほどで,伝統の古本屋さんで見つければ....

現在もMOOK扱いで100号を越えて出版が継続されている「雑誌」.
いわば書籍で増補改訂版を発行するように,売れ行きのよい特集号は繰り返し発行されるシステムとなっている.厚さや特集の内容によって,人気のある機種は細分化されている.
 これは,古本屋で入手した本で,「世界の傑作機」シリーズは1965年から「航空ファン」の増刊として刊行が始まり,No.18「A-1スカイレーダー」より隔月に,No.22「F6F ヘルキャット」から月刊になっているようだ.
さて特集の「富士 T-1」については,生産がすでに1963年6月に終了していたが,定期修理の最終号機が2004年1月13日に納入されているから,いよいよ退役もカウント・ダウンに近いのではないだろうか?
 結局,練習機としてT1は2機種で66機(強度試験機の1機は別)が製作され,50年近く使用されることになる.実際に保存されるて残るのは何機になるのだろうか.なにしろ,防衛庁の技術研究本部の開発費の総額が,26億1400万円(1955年〜1962年:T-1関連)もかけているそうだ.
 紙に印刷した雑誌でも25年はもつのだが,パソコンの記録メディアはどの程度の寿命があるのだろうか?なにしろ10年くらい前の5inchFDはもう読む環境を意図して残していなければ,まるで企業の奴隷のように,定期的にデータを保守し続けなければならない.印刷物の耐久性は意外とあるような気がする.酸性紙問題もあったし,カラー印刷の退色はやむを得ないが,内容(コンテンツ)は保存状態がよければ何とか読むことは出来る.電子メディアって,保存したあとになって,本当に読むことができるのだろうか.上位拡張で機能が向上して,限界がくると新しいメディアに移行していると,あるときにただのプラスチックの円盤が残っているだけで,読み出すための駆動装置がどこにもないなんていうSF世界になってしまうのかなあ.

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