日本で複葉機を自作していたころの飛行機ファン

まだ手探りで自分の飛行機を工夫して試作していた時代

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◆玉井式3号機はNFSの練習機になった

友野式90馬力エンジンを装備した玉井式日本号(2号一葉半水上機)のあとに陸上機として,玉井式3号機の製作を計画していた.新しい機体は,友野鉄工所の支援を受けて,原愛次郎工学士が設計,玉井清太郎の弟勝一郎の協力で製作し,1916(大正5)年10月5日に完成し,11月4日に試験飛行を行なったが飛行距離は約500mに達した.
 この時点まで玉井清太郎は,千葉県の稲毛で玉井飛行練習所の看板を掲げていたが,月刊雑誌「飛行界」の相羽有記者と共同出資による飛行学校を設立することになった.これに友野鉄工所も協力して東京府下羽田町穴守に日本飛行機製作所を創設した.

川崎大師側の三角州にあった飛行場

 日本飛行学校の飛行場は川崎大帥側三角洲の砂地,総面積30万坪を利用し,飛行学校の校舎は東京府荏原郡羽田町穴守稲荷神社の近くにあった元料亭の空屋を利用した.そのとなりの建物を友野鉄工所から移転した日本飛行機製作所になった.かつて羽田空港が沖合に移転拡張される前の空港大駐車場があったあたりの場所に飛行学校はあった.飛行場はそれよりもかなり南に離れた六郷川の海にそそぐ三角洲の干潟地で,丸太の骨組によしず張りの格納庫が,川崎大師側の梨畑に沿った堤の上に建てられていた.
 日本飛行学校の主事,通称「校長」といわれた相羽有は当時21歳,「教官」となった玉井清太郎飛行士は24歳,使用する機体は斎藤外市から借りたキャメロン25馬力エンジンを装備したNFS玉井式1号機(''' 写真 ''' )で,飛行学校の授業は1916(大正5)年12月から開始された.NFS玉井式1号機というのは,Nippon Flying Schoolの玉井式1号機を表わしていて,それまで玉井式3号機と呼んでいたものを改名したものである.
 飛行学校開校時の練習生には,長田政雄(21歳),石橋熊一(22歳),山田欣一(19歳),長谷川常芳(20歳),信田五平次(18歳),青木茂(19歳)ら,続いて少年飛行士として辻村泰作(当時16歳),のちにゴジラなど怪獣映画の特撮監督になる円谷英二,後の片岡飛行学校長の片岡文三郎,福長朝雄,女性練習生の上野艶子らが参加してきた.
  NFS玉井式1号機は発動機が過熱しやすいため,1回の飛行が10分以内に制限されたが,修理を重ねて短期間ながらよく飛び,羽田飛行場で最初に飛んだ飛行機となった.
 日本飛行学校では,新しくNFS玉井式2号機を製作して1917年1月より飛行訓練に使用した.このNFS玉井式2号機には,1号機から取外したキャメロン(空冷式直列型4気筒35馬力)エンジンを改修して搭載し,原愛次郎工学士が機体を設計し,羽田で製作した.主翼は1号機よりもわずか細長くして翼面積を減少し,胴体を短くして強度を増している.NFS玉井式2号機(全幅10.5m×全長6m,主翼面積28.0m2,自重320kg)は,機体の骨組は桧を主材とし,アルミニウム合金の釘を使用,羽布張りのうえに防水ニス塗装,補助翼は上翼にのみ取付け,NFSでは国産ソーピース式2人乗りトラクターと名付けた.
 NFS玉井式3号機は,相羽校長が斎藤外市から購入したノーム空冷式回転星型7気筒50馬力エンジンを取付け,機体もひとまわり大きくし,同乗席には2人が乗れるようになった.羽田で1917(大正6)年5月4日に初飛行し,同月20日には東京芝浦の埋め立地を飛行場として,大規模な宣伝飛行を東京日日新聞社の後援で行なった.当日の3回目の飛行作業において,東京日日新聞社の湯浅礼三写真班員を同乗させ,東京市を一周する予定で出発したが,離陸間もなく機体が故障して着陸姿勢に移った瞬間,空中分解して墜落し,玉井飛行士と湯浅写真班員は殉職した.これは日本で民間飛行学校の飛行機による最初の死亡事故となり,また新聞社の写真班員が取材飛行中に遭遇した最初の事故でもある.なお完成時にこのNFS玉井式3号機は,国産グラハム・ホワイト式3人乗りトラクターという機名で広報された.
 新造機と教官を失った日本飛行学校は,新しく陸軍第3期飛行練習生出身の川上親孝予備中尉を教官に迎えて,とりあえずNFS玉井式2号機で飛行練習を再開した.ところが1917(大正6)年9月30日夜半に襲ってきた東京湾大津波で沖に流され,翌朝千葉県浦安町の漁綱に無残な姿でひっかかっているのが発見され,キャメロン発動機を回収した.
 相羽校長は練習生の就職を考えて,羽田穴守に自動車練習部を開設した.これは後に蒲田の公認日本自動車学校として分離独立することになる.一方,玉井照高(藤一郎より改名)は飛行練習所の再建を進め,羽田の日本飛行機製作所で新しく玉井式5号機を製作し,その発動機は2号機のキャメロン35馬力をオーバーホールして使用した.

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