日本で複葉機を自作していたころの飛行機ファン

まだ手探りで自分の飛行機を工夫して試作していた時代

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 北海道の北東部でオホーツク海に面した女満別に飛行場を設置しようとしたのは,冷害を予測し克服するために,オホーツク海の流氷観測や,気象観測に飛行機を利用してみようと考えたのがきっかけである.
 まず中央気象台(現在の気象庁)は飛行機を操縦する気象観測隊員として,根岸錦蔵(静岡県清水市三保出張所の気象観測員)を北海道網走に派遣した.根岸錦蔵は女満別で村営だった競馬場の跡地を滑走路に利用することを提案した.こうして,女満別の村民を総動員して気象観測機用の滑走路(500m)を整備する土木工事が突貫作業で行なわれ,気象観測のための飛行場が1週間で完成した.
 女満別飛行場から中央気象台の流氷観測機が飛び始めたのは,1935年3月23日からである.中央気象台が実施した流氷観測は,根岸錦蔵気象観測隊員が操縦する流氷観測機「海風」(三菱航空機製T-1.2観測機:中島飛行機製ジュピター空冷式星型9気筒420馬力を装備)で沿岸の流氷の上空を飛行して,直径約25cmのゴム風船に赤インクを入れたものを上空から落とし3日後に,飛行機で目印を探してその位置を記録するという方法をとった.
 赤インクのついた流氷を複葉機の上から発見するのは楽な作業ではなかったが,これにより北海道北東部のオホーツク海の海流/風向/風速/流氷の動きが明らかになった.中央気象台の流氷観測は,毎年2〜3月に実施されて8年間継続して行なわれた.気象観測のデータは北海道や東北地域の夏の天候予測に利用された.

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